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《櫻井ジャーナル》

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2014.04.06
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 欧米の巨大資本はカネ儲けのためなら国連事務総長でも殺害すると思われている。こうした考えを補強する記事がイギリスのガーディアン紙に掲載された。

 それによると、1961年9月にダグ・ハマーショルド国連事務総長が乗っていたDC-6はベルギー、またはローデシア政府によって撃墜されたとアメリカ大使だったエド・ガリオンが示唆、ベルギーやローデシアが雇っていた傭兵の活動を止めさせるために圧力を加えるよう、自国の政府に求めていることを示す文書が見つかったというのだ。

 ガーディアン紙は2011年にもこの問題を取り上げている。ハマーショルドが乗っていたDC-6が別の比較的小さな航空機に撃ち落とされるところを目撃したという人物の証言を同紙は紹介したのだ。

 当時、ハマーショルドはコンゴで始まっていた戦乱を調停しようとしていた。1960年にベルギーからコンゴは独立、選挙で勝利したパトリス・ルムンバが初代首相に就任したのだが、資源の豊富なカタンダをベルギーは分離独立させ、利権を確保しようと計画、傭兵を雇って戦争を始めていたのである。

 アメリカのアレン・ダレスCIA長官もルムンバを危険視、コンゴ駐在のクレアー・ティムバーレーク大使はクーデターでの排除を提案したという。CIA支局長はローレンス・デブリン。このとき、ティムバーレーク大使の下には後の国防長官、フランク・カールッチもいた。

 ダレスはデブリンにルムンバ暗殺を命令、「病気を引き起こす毒物」を開発していたシドニー・ゴットリーブが1960年9月にコンゴ入りしている。その毒物は使われなかったようだが、その月にクーデターでルムンバ政権は倒されてモブツ・セセ・セコが実権を握った。自宅軟禁になったルムンバは逃走試みるが、その年の12月に拘束され、翌年の1月に拷問を受けた後に殺害されている。

 この当時、コンゴのイギリス大使館に領事/1等書記官として赴任していた情報機関幹部のダフニ・パークは死の少し前、彼女がルムンバ殺害を手配したと語ったという。コンゴがソ連と結びつくことを恐れたのだという。

 その後もコンゴでの戦闘は続き、ハマーショルドは停戦を実現しようと活動する。その過程で、彼はイギリスの外交官がカタンダの反乱軍を秘密裏に支援している疑いを持つ。死の数日前にはカタンダへの攻撃をハマーショルドは国連軍に許可している。

 その作戦中にハマーショルドを乗せた航空機が撃墜されたというのだが、撃墜した飛行機を操縦していたパイロットの通信を聞いたという人物がいる。キプロスにあるNSAの基地にいたチャールズ・サウソールで、パイロットがDC-6を確認、銃撃し、火を噴いて墜落していく様子を報告していたという。国連はNSAを含むアメリカの機関に対し、保有する証拠を公開すべきだという声が出ているようだが、当然だ。

 アフリカは資源の宝庫である。その資源を略奪することで欧米の巨大資本は莫大な富を獲得し、その富を使って支配力を強めてきた。したがって、アフリカが自立することを彼らは許さない。

 それは今も同じで、2007年にアメリカはアフリカ大陸を担当する統合軍、AFRICOMを創設、アフリカを統合、欧米から自立させようとしていたリビアのムアンマル・アル・カダフィを11年10月に殺害した。アフリカとの関係を強めていた中国を追い出そうともしている。






最終更新日  2014.04.07 00:19:46



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