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《櫻井ジャーナル》

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2014.05.08
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 安倍晋三政権は日本を集団的自衛権の行使する国にしようと必死だ。言うまでもなく、集団的自衛権のパートナーはアメリカ。必然的に「北大西洋条約機構」、つまりNATOと結びつくことになる。このNATOはアフガニスタンを占領、リビアを攻撃し、シリアやウクライナへも攻め込もうとしている。世界展開を狙っているのだ。日本はその仕組みに組み込まれようとしている。リビアは現在、「テロリスト」の活動拠点。今後、対岸のヨーロッパを攻撃する出撃基地になる可能性もある。

 NATOは1949年に創設された軍事同盟で、当初は北アメリカの2カ国(カナダとアメリカ)と西ヨーロッパの10カ国(イギリス、フランス、イタリア、ポルトガル、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、ベルギー、オランダ、そしてルクセンブルク)で構成されていた。

 1952年にギリシャとトルコ、55年にドイツ、1982年にスペイン、ソ連消滅後の1999年にチェコ、ハンガリー、ポーランド、2004年にブルガリア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、2009年にアルバニア、クロアチアが加盟している。

 創設の目的はソ連軍の侵略に備えるということだったが、ソ連は第2次世界大戦でドイツ軍に攻め込まれて2000万人以上が殺され、工業地帯の3分の2を含む全国土の3分の1が破壊され、軍も疲弊していた。つまり、ソ連軍には軍事侵攻する余力は残されていなかった。

 そのドイツは1945年5月に降伏する。反ファシストのフランクリン・ルーズベルト米大統領が急死した翌月のことだった。早速、反コミュニストのウィンストン・チャーチル英首相はソ連を奇襲攻撃しようと考え、JPS(合同作戦本部)に作戦の立案を命令、数十万人の米英軍が再武装したドイツ軍約10万人と連合して奇襲攻撃するという「アンシンカブル作戦」ができあがる。

 米英独の奇襲攻撃は日本が降伏する前、7月1日に開始されることになっていたが、イギリスの参謀本部が反対して実行はされなかった。日本はこの計画を知っていたのか、知らなかったのか・・・

 本ブログでは何度も書いていることだが、NATOには破壊/テロ活動を目的とする「秘密部隊」が存在する。ソ連軍に占領された際、レジスタンスを行うことが目的だとされているのだが、実際は西ヨーロッパの左翼勢力を破壊する活動を展開する。その秘密部隊は全てのNATO加盟国に存在、中でもイタリアのグラディオは有名だ。

 イタリアと同じように左翼の強かった国がフランス。NATOが創設される2年前に社会党系の政権が誕生しているが、その政権で内務大臣を務めたエドアル・ドプによると、米英の情報機関、つまりCIAとMI6はクーデターを計画、シャルル・ド・ゴールを暗殺する手はずだったという。フランスの情報機関SDECEが関与していたとも疑われている。

 この計画は首謀者としてアール・エドム・ド・ブルパンが逮捕されて失敗に終わるが、1962年にはジャン=マリー・バスチャン=チリー大佐を中心とするグループがド・ゴール暗殺を試みて失敗している。このグループの背後にはNATOの秘密部隊が存在していたと言われている。ド・ゴールは1968年に起こった「5月革命」の対応に失敗、翌年、政権の座を去ることになった。

 暗殺未遂から4年後にフランス軍はNATOの軍事機構から離脱、その翌年にはSHAPEがパリを追い出され、ベルギーのモンス近郊へ移動している。フランスがNATOの軍事機構へ完全復帰したのは2009年のこと。そのときの大統領はニコラ・サルコジ。

 サルコジの父親は1977年に離婚、義理の母親であるクリスティーヌはフランク・ウィズナー・ジュニアというアメリカ人外交官と再婚する。アレン・ダレスの側近で、OPCを指揮していたフランク・ウィズナーの息子だ。OPCはCIAに吸収されるが、人脈は組織内組織として生き残り、NATOの秘密部隊と密接に結びついている。ニコラはクリスティーヌとも親しい関係を維持、ウィズナー・ジュニアとも親しくなり、必然的にアメリカの情報機関にもつながったはずだ。

 第2次世界大戦後、ソ連ほどではないが、戦場になったヨーロッパも疲弊していた。そのヨーロッパを支配する道具として米英の支配層はNATOを使ってきたが、フランスとドイツはそれなりに抵抗していた。1991年にはフランスのフランソワ・ミッテラン大統領とドイツのヘルムート・コール首相が米英からの自立を目指し、「WEU(西ヨーロッパ連合)」や「ユーロ軍」を実現しようとして潰されている。

 2003年に米英がイラクを先制攻撃する際、フランスとドイツは反対したが、そのときのフランス大統領はジャック・シラク。アメリカの支配層は怒り、ウィズナー・ジュニアはシラクをはじめとするド・ゴール派を乗っ取り、さらにリベラル派を潰す作戦を展開した。そしてサルコジを大統領へ据えることになる。後にシラクは刑事訴追され、2011年に執行猶予付きながら、禁固2年が言い渡された。

 サルコジが大統領に就任した2007年の段階でNATOは完全な米英の機関になった可能性が高い。そのNATOを背景にしてウクライナではネオ・ナチが殺戮と破壊を繰り返し、オデッサの惨劇が引き起こされたわけだ。中東/北アフリカで展開された「アラブの春」やウクライナのクーデターを理解せず、集団的自衛権を理解することはできない。NATOと集団的自衛権は密接に結びついている。





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最終更新日  2014.05.09 00:17:28
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