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《櫻井ジャーナル》

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2014.06.16
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 アメリカの支援で戦力を増強したISIS(ISILやIEILとも表記)がイラクの諸都市を制圧し、首都のバグダッドを狙う勢いなのだという。イラクを先制攻撃、殺戮、破壊、略奪でし始めたのはアメリカであり、その結果として生じた「アナーキー」な状態を利用してアル・カイダ(実態はスンニ派系の傭兵集団)がイラクを蹂躙できるようになったのである。

 イラク、リビア、シリアはイランと同じようにアル・カイダと敵対していた国。こうした国々をアメリカのジョージ・W・ブッシュ政権と手を組んで破壊したイギリスのトニー・ブレア元首相は中東の破壊と殺戮を何とも考えていない。イスラエルをスポンサーにしていたブレア(本ブログでは何度も取り上げたので今回は詳細を割愛)としては、イスラエルが安泰ならば良いのだろう。

 ISISは体制崩壊後のリビアで武器を入手、さらにシリアでアメリカ/NATO/ペルシャ湾岸産油国から武器の提供を受け、軍事訓練も受けてきた。そのISISがイラクで現政権を脅かす事態になることも指摘されていたわけで、そんなことはアメリカ政府も予測していただろう。中東を破壊する役割を負っていると見ることもできる。ちなみに、ISISはイスラエルやサウジアラビアを攻撃しない。

 本ブログでは何度も書いているので食傷気味かもしれないが、ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターや国防総省の本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されて間もない段階でジョージ・W・ブッシュ政権はイラク、シリア、イラン、レバノン、リビア、ソマリア、スーダンに攻め込む計画を立てていた。

 2003年3月20日にアメリカ軍はイギリス軍を引き連れ、イラクへの本格的な軍事侵攻を始める。投入された兵力は約30万人、そのうち98%は両軍が占めていた。その結果、サダム・フセイン体制は倒れ、アル・カイダがイラク領内で活動できるようになる。

 1991年にもアメリカ軍は他国の軍隊を引き連れてイラクを軍事侵攻したが、このときはサダム・フセイン体制を崩壊させないまま停戦、「アナーキー」な状態にはならなかった。そこでネオコンは怒り、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)はイラン、イラク、シリアを殲滅すると口にしたわけだ。

 アメリカ支配層の中にはイラクをペルシャ湾岸へイランのイスラム革命が波及するのを防ぐ防波堤だと考えるグループもいたが、ネオコンは1980年代からサダム・フセイン体制の打倒を画策していた。フセインを排除し、ヨルダン、イラク、トルコの親イスラエル国帯を築いてシリアとイランを分断しようとしたのである。イラクをめぐる対立が「イラン・コントラ事件」や「イラクゲート事件」の発覚につながっている。

 イラクから見ると、イラン・イラク戦争は湾岸産油国のために戦っているのであり、戦争で疲弊した自分たちを支援して当然だったのだが、1980年代にクウェートはOPECの定めた原油相場を下回る価格で原油を販売、しかも1986年にサウジアラビアとクウェートは40%以上の増産を決めている。

 クウェートが相場を引き下げてイラクの原油収入を減少させるとフセインは考えたわけだが、それだけでなく、イラクとクウェートとの国境近くにあるルマイラ油田でクウェートは領土を侵し、盗掘しているという疑いを持つ。

 そこで、CIAは1988年の段階でイラクがクウェートへ軍事侵攻すると危険性があると認識していたが、ロナルド・レーガン政権やジョージ・H・W・ブッシュ・シニア政権はイラクの軍事的な動きに無関心であるかのように装っていた。

 1990年7月24日にアメリカ国務省のスポークスパーソン、マーガレット・タトワイラーは、クウェートを守る取り決めをアメリカは結んでいないと発言、25日にはエイプリル・グラスピー米大使がサダム・フセインと会談、その際にブッシュ大統領の指示に基づいてアラブ諸国間の問題には口を出さないと伝えている。26日の記者会見でクウェートとの国境近くに軍隊を集結させているイラクにアメリカ政府は抗議したかと質問されたタトワイラーは、そうした抗議に気がつかなかったと答えている。

 一連の動きに不審を抱いた人物もいる。PLOのヤセル・アラファト議長やヨルダンのフセイン国王。ふたりは、アメリカ支配層の少なくとも一部がフセインを罠にかけようとしていると疑ったのだ。アラファトはフセインに対し、挑発されてもクウェートを攻撃するべきでないとアドバイス、その足でクウェートへも行ってイラクとの金銭的な問題を解決するように提案するが、クウェート側は聞く耳を持たなかったという。

 アメリカがクウェート侵攻を容認していると考えたイラクは8月2日に軍隊を入れるのだが、これはアラファト議長やフセイン国王が懸念したように罠だった。その直後、アメリカ下院の人権会議に「ナイラ」なる少女が登場、アル・イダー病院でイラク兵が赤ん坊を保育器の中から出して冷たい床に放置、赤ん坊は死亡したと涙ながらに訴えた。

 この少女はアメリカ駐在クウェート大使の娘で、イラク軍が攻め込んだときにクウェートにはいなかった。つまり、病院の話は全て嘘。広告会社ヒル・アンド・ノールトンがイラクを悪役にするために考えた演出だった。このとき、クウェート政府がヒル・アンド・ノールトンへ支払った金額は1000万ドルだという。

 2003年にアメリカがイラクを先制攻撃する際にも偽情報が使われている。2001年9月11日の攻撃にイラクが関係しているかのように情報が操作されたが、これは全くの嘘。逆にイラクからアメリカ政府へ警告があったと言われている。今にもイラクがアメリカを核攻撃するかのようにブッシュ・ジュニア政権は宣伝した板が、勿論、これも嘘。

 偽情報を広める工作で中心的な役割を果たしたのは国防総省の内部に作られたOSP。ダグラス・フェイス国防次官が2002年に設置、エイブラム・シュルスキーが室長を務めていた。つまり、ネオコン人脈。1970年代、ジョージ・H・W・ブッシュ長官時代のCIAで「ソ連脅威論」を広めるために活動した「Bチーム」と役割は似ている。

 イラクだけでなく、ユーゴスラビアにしろ、リビアにしろ、シリアにしろ、ウクライナにしろ、アメリカの好戦派/ネオコンは偽情報を広め、あたかも「自衛/防衛戦争」であるかのようにして侵略戦争を始めている。偽情報を広める役割を負っているのは勿論、メディア。その象徴的な存在だった存在がニューヨーク・タイムズ紙のジュディス・ミラーだ。

 日本でもマスコミが戦意高揚に努め、平和を訴える人びとを激しく攻撃していた。それでも、そのときは橋田信介のようなジャーナリストがテレビで好戦的な「空気」に抵抗していたが、今のマスコミは総崩れ。それだけでなく、「リベラル派」や「革新勢力」を自称する人びとも戦意高揚のために声を上げている。なお、橋田は2004年、イラクで甥の小川功太郎と一緒に射殺された。

 何度も書いているように、集団的自衛権とはアメリカが組織している「拡大版NATO」へ日本を組み込む仕組み。日本とオーストラリアの軍事関係者が接触するのも、そうしたプランを実現するためだ。経済的に破綻しているアメリカは軍事力で世界を制覇しようとしているのだが、日本を手先として利用するつもりだ。尖閣列島(釣魚台群島)を防衛する義務があるとアメリカ軍は思っていないだろうが、中国と戦争する口実に使う可能性はある。集団的自衛権は中国、ロシア、イランとの戦争(核戦争になる可能性もある)を想定している。






最終更新日  2014.06.17 02:12:30

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