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《櫻井ジャーナル》

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2014.11.20
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 総選挙を決断した安倍晋三。一見「右翼」に見えるが、実際はウォール街の支配者たちの命令に従い、アメリカの戦争に協力し、日本の巨大企業や富裕層を豊かにしようとしているだけのこと。彼が「回帰」したがっている戦前もJPモルガンをはじめとするウォール街の影響下にあった。このことは本ブログで何度か書いた通りだ。安倍に限らず、日本政府の政策はアメリカ支配層の戦略を知ることなしに理解することはできない。

 こうした日米構図が崩れたのは1933年から45年4月まで、つまりフランクリン・ルーズベルトが大統領だった時期だけだ。1933年にはJPモルガンを中心とする勢力がファシズム体制を目指したクーデターを計画していたとスメドリー・バトラー少将やジャーナリストが議会で証言している。ちなみに、日本が「満州国」なる傀儡国家をでっち上げたのは1932年のことだ。

 少し前、控えめで穏やかに話すアメリカの言うことを聞く人はいないとコンドリーサ・ライス元国務長官はFOXニュースのインタビューで語っている。暴力で脅さなければ誰もアメリカに従わないということだが、日本は例外らしい。

 通常、暴力で脅す前に買収を図る。これは政治家や官僚だけでなく、メディアの人間も同じだ。ドイツの有力紙、フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)の元編集者でヘルムート・コール首相の顧問を務めた経験もあるウド・ウルフコテによると、ドイツだけでなく多くの国のジャーナリストがCIAに買収され、例えば、人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開している

 そうした仕組みを作り挙げるため、アメリカの支配層はドイツの有力な新聞、雑誌、ラジオ、テレビのジャーナリストを顎足つきでアメリカに招待、取り込んでいく。そうして築かれた「交友関係」を通じてジャーナリストは洗脳されるわけだ。日本にも「鼻薬」を嗅がされたマスコミ社員は少なくないと言われている。

 こうした買収工作は1970年代にカール・バーンスタインがローリング・ストーン誌で明らかにしている。言うまでもなく、バーンスタインはウォーターゲート事件を調べたワシントン・ポスト紙の記者。彼によると、CIAに雇われているジャーナリストは400名以上で、大手メディアの大半が協力関係にあることも具体的に指摘している。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)

 関東大震災以降、日本はJPモルガンの影響下にあったが、ナチス時代のドイツへも多額の資金がウォール街から流れていたことがわかっている。そうしたこともあり、第2次世界大戦が勃発した段階で「日本・アングロ(米英)・ファシスト同盟」を結成してソ連と戦おうという案があったとされている。(Anthony Cave Brown, ““C”: The Secret Life of Sir Stewart Graham Menzies”, Macmillan, 1988)

 ウィンストン・チャーチルは首相時代、1945年5月にドイツが降伏するとJPS(合同作戦本部)に対し、ソ連に軍事侵攻するための作戦を立案するように命令している。「アンシンカブル作戦」だが、それによると、7月初頭に数十万人の米英軍が再武装したドイツ軍約10万人を伴って奇襲攻撃することになっていた。実行されなかったのは、参謀本部が計画を拒否したため。

 その直後にチャーチルは首相を辞任するが、1946年にはアメリカで「鉄のカーテン」演説を行って冷戦の幕開けを宣言、イギリスのデイリー・メール紙によると、彼は1947年にアメリカのスタイルス・ブリッジス上院議員と会い、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得して欲しいと頼んでいたという。

 1980年代に入ってアメリカでは「クーデター」が始まっている。本ブログでは何度か取り上げたCOGがその中核にある。一種の戒厳令プロジェクトで、1982年に核戦争への準備としてスタート、88年には対象が「国家安全保障上の緊急事態」に変化し、2001年9月11日に始動するわけだ。「愛国者法」は19年をかけて作成された法律だということになる。

 その間、1991年にソ連が消滅した。そこでアメリカ支配層の一角を占めるネオコン/シオニストはアメリカが「唯一の超大国」になったと認識、潜在的なライバルを潰すという方針を打ち出す。そして作成されたのがDPG(国防計画指針)の草案。国防次官だったポール・ウォルフォウィッツを中心に書き上げられたことから「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。

 このウォルフォウィッツはシリア、イラン、イラクを殲滅すると1991年に語っていたという。これはウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官の話。湾岸戦争でジョージ・H・W・ブッシュ大統領がイラクからサダム・フセインを排除する前に停戦したことにネオコンは怒り、この発言につながった。

 アングロ・サクソンの一部は単にソ連を倒したかっただけでないことをロバート・ゲーツ元国防長官の回顧録『任務』が示唆している。それによると、1991年の終わりにソ連が崩壊した際、チェイニーは次のように言ったという。ソ連や帝政ロシアだけではなく、ロシアそのものが取り除かれるところを見たいと語っていた。そうすれば、残りの世界への脅威には2度とならないということだったという。(Robert M. Gates, “Duty,” Alfred A. Knopf, 2014)つまり、自分たちの言いなりにならない、脅しに屈しないのはロシアだけだとチェイニーは考えているのだろう。

 第1次世界大戦の最中、1917年3月に帝政ロシアは革命(二月革命、または三月革命)で倒されているが、その時に樹立された臨時革命政権の中枢は産業資本家。この政権に反対していた勢力からはイギリスの傀儡と言われていた。

 このとき、ウラジミール・レーニンやレフ・トロツキーといったボルシェビキ(ロシア社会民主労働党の一分派)の幹部は亡命中か、刑務所の中。イギリス政府はレーニンやトロツキーを嫌っていたが、逆に目をつけたのがドイツ。戦争に反対していたこともあり、ボルシェビキの幹部が帰国するのを助けている。

 そして11月の革命でボルシェビキは資本家の政権を倒した。このふたつの革命は全くの別物なわけだが、混同した「解説」を目にすることが少なくない。それではチャーチルやアメリカの好戦派がソ連を倒そうとした理由は理解できないだろう。こうした反ソ連/ロシア勢力にとってナチスは大戦中から同盟者であり、ウクライナでその末裔を利用しているのは必然だ。






最終更新日  2014.11.21 12:28:49


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