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《櫻井ジャーナル》

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2015.02.28
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 ボリス・ネムツォフというロシアの政治家が2月27日、赤の広場近くの路上で射殺されたという。「反体制」という修飾語がつけられているが、それはウラジミル・プーチンが実権を握ってから。アメリカの傀儡体制だったボリス・エリツィン時代は成功した体制派で、ロシアの副首相も務めている。つまり、ロシア国民の資産を盗み、「オリガルヒ」と呼ばれる富豪を生み出す一方、庶民を貧困化させ、街に犯罪者と娼婦を増やした勢力に属しているということ。ネムツォフの場合、「反体制」とは「親ウォール街」を意味しているわけで、プーチンのライバルなどと言える存在ではなく、「プーチンに反対する若手最有力政治家」だと私には表現できない。

 しかし、西側の有力メディアにとってネムツォフの死はプーチンを攻撃する願ってもない材料になる。プーチンが殺したというイメージを広げるだけなら証拠は必要ない。ただ単に「プーチン政権下、ジャーナリスト殺害頻繁」という切り口で宣伝、ロシア嫌い/嫌露派はそれで満足することになるだろう。勿論、そうした材料を西側へ与えるほどプーチンは愚かでない。

 ロナルド・レーガン政権で財務次官補を務めたポール・クレイグ・ロバーツは今回の事件に関し、CIAがプーチンを攻撃するために手駒のネムツォフを暗殺したのでなければ、ロシアのナショナリストが彼をアメリカのエージェントだと考えて殺したのだろうとしている。確かに、そのどちらかである可能性が高い。それが合理的な見方だが、そうした見方をすると西側の支配層からは睨まれ、場合によっては報復される。

 ベトナム戦争以降、アメリカの支配層は報道のコントロールを強化している。記者や編集者を買収していることは、例えば、元ワシントン・ポスト紙記者のカール・バーンスタインが1977年にローリング・ストーン誌で明らかにした(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)ほか、フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)の元編集者でヘルムート・コール首相の顧問を務めた経験もあるウド・ウルフコテは、ドイツだけでなく多くの国のジャーナリストがCIAに買収され、例えば、人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開しているとしている。構造的な問題は、ノーム・チョムスキーとエドワード・ハーマンが『同意の製造』(Edward S. Herman & Noam Chomsky, "Manufacturing Consent," Pantheon, 1988)で分析している。その一方、権力者に服従しないジャーナリストは排除され、変死することも珍しくはない。

 日本ではアメリカに「報道の自由」があると信じている人が少なくない。その象徴とされているのが「ウォーターゲート事件の追及」だが、CIAとメディアの癒着を明らかにしたバーンスタインは、この事件を追いかけた記者のひとり。その記者がワシントン・ポスト紙を辞めてローリング・ストーン誌の記事を書いた意味は重い。この雑誌記事は日本で無視されているようだが、その意味はさらに重い。

 アメリカは21世紀に入ると、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、ウクライナなど世界各地で戦争を始めているが、ベトナム戦争の時代とは違い、取材を厳しく制限して「大本営発表」的な仕組みを作っている。この仕組みから外れて取材するジャーナリストは攻撃され、犠牲になった人もいる。そうしたひとりがシリアのアレッポで殺された山本美香。

 彼女は反政府軍に同行して取材していたようだ。反政府軍の立場からシリアを取材する場合、トルコから密輸ルートを使ってシリアへ入っているようなので、それだけでも危険が伴う。山本が殺された時期、シリア政府のイメージを悪魔化するために「ジャーナリストの死」を演出しようとしていた疑いもある。

 例えば、イギリスのテレビ局、チャンネル4のケース。チームの中心的な存在だったアレックス・トンプソンによると、彼らは反政府軍の罠にはまり、危うく政府軍から射殺されるところだったという。取材していたチームを反政府軍の兵士は交戦地帯へと導き、政府軍に銃撃させるように仕向けたというのだ。

 イギリスやドイツなどの情報機関から政府軍の位置は知らされているはずで、危険な場所を避けることは可能だった。意図的に戦闘の最前線へ連れて行かれたとしか考えられない。トンプソンたちは危険を察知して逃げることに成功したが、運が悪ければ殺されていた。殺されれば、政府軍が西側のジャーナリストを殺したと宣伝できる。実際、山本の場合は宣伝に利用された。

 ウクライナではロシアのジャーナリストが殺され、キエフ政権に拘束されている。自分たちが事実に反する「報道」を繰り返していることを明らかにするライバルを排除してもらいたいと思っているのかどうかは知らないが、西側メディアはそうした出来事を無視する。

 2004年7月にモスクワで射殺されたフォーブス誌のポール・クレブニコフの場合、西側やエリツィン政権から嫌われていた。オリガルヒ、特にボリス・ベレゾフスキーの不正を追及していたのだ。

 ベレゾフスキーの背景はチェチェンの戦闘集団や犯罪組織。このベレゾフスキーを日本では「民主化」を象徴する「実業家」として紹介していたが、実際は違うことをクレイブニコフは明確にしている。こうした状況があるため、クレイブニコフ暗殺の背後にベレゾフスキーがいるのではないかと疑う人も少なくない。(Paul Klebnikov, "Godfather of the Kremlin", Harcourt, 2000)

 後にベレゾフスキーは経済的に厳しい状況になり、ロシアへ帰る決断をするのだが、それから間もなく、2013年3月に急死した。反ロシアのネットワークやプロジェクトを熟知しているはずの人物がロシアへ戻れず、西側支配層は安堵したことだろう。

 記者だけが「犠牲者」の演出に利用されるわけではない。1976年7月4日にイスラエル軍が実行した人質救出を目的とする「サンダーボルト作戦」の場合、イギリス政府が公開した1976年6月30日付けの文書によると、イスラエルの治安機関シン・ベトがPFLP(パレスチナ解放人民戦線)と手を組んで実行したものだという。この情報は、パリ駐在のイギリス外交官がえたものだという。

 PFLPの協力を得てテル・アビブ発パリ行きのエアー・フランス139便を6月27日にハイジャックをイスラエルは演出、その旅客機が降りたウガンダのエンテベ空港へイスラエル政府は特殊部隊を含むチームを送り込み、人質105名のうち102名を救出、その際に地上部隊を指揮していたヨナタン・ネタニアフが死亡している。この特殊部隊員はベンヤミン・ネタニヤフ首相の兄だ。この事件でパレスチナ人の凶暴性、そしてイスラエルの人質救出成功を宣伝することができた。

 1985年のあった「アキレ・ラウロ号事件」も犠牲者を演出した一例。イスラエルの情報機関ERD(対外関係局)に所属していたアリ・ベン-メナシェによると、イスラエルの情報機関はモハメド・ラディ・アブドゥラというヨルダン軍の元大佐を介して命令をアブル・アッバスなる人物に伝える。

 アッバスはシチリア島のドンから資金を得ていると信じ、自分がイスラエルに操られていることは知らなかった。そして襲撃チームを編成、アキレ・ラウロ号を襲う。その際にイスラエル系アメリカ人が殺され、イスラエルに取っては効果的な宣伝になった。






最終更新日  2015.02.28 16:27:44



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