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《櫻井ジャーナル》

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2015.10.10
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 シリアでロシア軍が行っている空爆で大きなダメージを受けたアメリカの好戦派はロシアを罵倒しながら兵器と戦闘員の補充を目論む一方、アフガニスタンで戦闘員を訓練、ロシアのカフカスや中国の新疆ウイグル自治区へ送り込んで「報復テロ」を実行するつもりだとも言われているが、彼らが厳しい状況に陥っていることは間違いないだろう。

 ロシアの空爆により、アメリカ/NATO、イスラエル、ペルシャ湾岸産油国などが手駒として使ってきたアル・カイダ系のアル・ヌスラやIS(ISIS、ダーイシュなどとも表記)の戦闘員に多くの死傷者が出ているほか、司令部や武器庫が破壊され、シリアからヨルダン、あるいはトルコへ逃れたり、避難先からEUを目指している戦闘員も少なくないとも言われている。チェチェンからシリアへ入っていた相当数の戦闘員も戦死しているようだ。ロシア軍はトルコの戦闘機を威嚇、ISの兵站ラインを守るためにシリアへ侵入することを許さない姿勢を見せたともいう。

 アメリカが主導して行ってきた攻撃が効果を上げてこなかったのに対し、ロシアによる空爆が結果を出している理由はいくつか挙げられている。現地にいる人からの情報力がアメリカの場合は貧弱なのか、トルコから攻撃に関する情報が漏洩しているのか、あるいはアメリカにISを攻撃する意思はないのか・・・。最後の理由が最も説得力がある。理由はともかく、こうした敗走が起こる原因は、彼らが侵略軍にすぎないということにあるだろう。その実態はアル・ヌスラやISで、アメリカの好戦派を中心とする勢力の傭兵だ。

 シリアの戦乱が「政府による民主化運動の弾圧にある」という話をアメリカは軍事侵略を始める際、盛んに宣伝していたが、それを前提にすると現在の状況を理解することが難しくなる。ユーゴスラビアの「人権」にしろ、イラクの「大量破壊兵器」にしろ、アメリカが軍事侵略するために使った嘘だった。シリアの「民主化弾圧」も同じだ。

 戦乱が始まった頃、シリア駐在のフランス大使だったエリック・シュバリエによると、武装蜂起は外国から入ってきたグループに扇動されたもので、報道とは違い、緊張が高まるにつれて市民の運動は小さくなって激しい弾圧という事態にはならなかったという。この事実をシュバリエ大使は実態をアラン・ジュペ外務大臣兼国防大臣(当時)に報告するが、封印されてしまった。

 2012年5月にホムスのホウラ地区で住民が虐殺され、西側の政府やメディアはシリア政府側が実行したと宣伝していたが、そうした話と事実との間に矛盾点が多く、事件直後から疑問を抱く人は少なくなかった。

 そのホウラを調査した東方カトリックの修道院長も反政府軍のサラフ主義者や外国人傭兵が実行したと報告、その内容はローマ教皇庁の通信社が伝えた。その中で修道院長は次のように語っている:

「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は、地上の真実と全く違っている。」と修道院長は主張、キリスト教の聖職者、マザー・アグネス・マリアムは外国からの干渉が事態を悪化させていると批判している。

 また、ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙も、キリスト教徒やスンニ派の国会議員の家族が犠牲になっていると伝えた。

 2012年8月にDIA(アメリカ軍の情報機関)が作成した文書によると、反シリア政府軍の主力はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI。この勢力は西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコの支援を受けているとしている。修道院長がホウラの虐殺を実行したグループと重なる。

 DIAによると、アル・ヌスラはAQIがシリアで活動するときに使う名称。AQIは2004年に組織され、06年にISIが編成された際の中核組織。ISIは現在、ISと呼ばれている。アル・ヌスラもISも実態は同じということだ。

 シリアのバシャール・アル・アサド体制をアメリカの好戦派が倒すと言い始めたのは湾岸戦争が停戦になった直後、つまり1991年のこと。その年の終わりにソ連が消滅する。

 ヨーロッパ連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官だったウェズリー・クラーク大将によると、その年、国防次官だったポール・ウォルフォウィッツはイラク、イラン、シリアを殲滅すると口にしている。湾岸戦争の経験から彼は自分たちが軍隊を出してもソ連軍は出てこないと考えるようになったようだ。ロシア軍に対しても同じように見ていたのだろう。

 そして1992年初頭、ネオコン/シオニストに支配されていた国防総省の内部で作成されたDPGの草案は、潜在的ライバルを潰すという目標を掲げた。アメリカを「唯一の超大国」と位置づけ、世界制覇を目指すというわけだ。その作業の中心がウォルフォウィッツだったことから、「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。

 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された後、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺はイラク、イラン、シリアのほか、リビア、レバノン、ソマリア、スーダンを攻撃することを決めている。そして2003年、ジョージ・W・ブッシュ政権はイラクを先制攻撃してサダム・フセイン体制を倒した。

 2007年3月5日付けニューヨーカー誌で調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュは、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアがシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作を開始した書いている。その中でサウジアラビアと緊密な関係にあると指摘されているのがムスリム同胞団とサラフ主義者。工作の実行部隊ということになる。現在、シリアでアサド体制を倒すために戦っている勢力と同じだ。

 WikiLeaksが公表した文書によると、ハーシュの記事が出る前年、2006年にアメリカ政府はサウジアラビアやエジプトと手を組み、宗派対立を煽ってシリアを不安定化させる工作を始めている。2009年には「人道」というキーワードが出てくる。

 2003年にイラクを軍事侵略して以来、アメリカは中東、北アフリカ、ウクライナへ戦乱を広げてきたが、そうした戦乱を広げてきた武装勢力をロシア軍が空爆で攻撃、大きなダメージを与えた。それを見てイラク政府がロシアへ空爆を要請する姿勢を見せ、イラクの首都、バグダッドにロシア、シリア、イランの統合調整本部を作るという話が伝えられている。






最終更新日  2015.10.11 02:09:35

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