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《櫻井ジャーナル》

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2015.12.16
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 IS(ISIS、ISIL、ダーイッシュなどとも表記)は戦闘や移動の手段として小型トラックをよく使う。2014年1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧した際にトヨタ製の真新しい小型トラック「ハイラックス」を連ねてパレードしていたが、今話題になっているのはフォード製の小型トラック「F-250」。

Daesh/Ford

 フォード車の場合、パレードしたわけではない。荷台に設置した対空機関銃を撃っている様子がインターネット上に流れたのだが、その小型トラックには前の持ち主の名前と電話番号が書かれたままで、問題が起こった。

 その元持ち主は配管業者で、会社のイメージが低下して嫌がらせの電話がかかるようになり、仕事に支障をきたしているようだ。そこで中古車のディーラーを訴えたという。問題の小型トラックを売る際、中古車に書かれた文字などを消してから転売することになっていたのだが、業者はその義務を怠ったことが理由だとしている。

 トヨタ車の場合、アメリカ国務省がシリアの反政府勢力へ提供した小型トラックの一部だということが判明しているが、フォード車の場合は2013年10月に中古業者へ売られ、11月のオークションで落札、12月にテキサス州ニューストンからトルコへ運ばれた。そこからISの手に渡ったわけである。

 トルコが武器を含む物資の供給拠点、つまり兵站ラインの出発点だということは本ブログでも繰り返し書いてきた。世界的に見れば、公然の秘密。アル・カイダ系武装集団やISが資金源にしている盗掘石油の密輸ルートで最も重要なものはトルコへつながり、そこからイスラエルへ運ばれている。こうした動きを当然、アメリカ政府も熟知しているはず。

 ISがモスルを制圧する際、そうした動きをアメリカ軍は偵察衛星、偵察機、通信傍受、地上の情報網などでつかんでいたはずだが、傍観していた。モスル制圧の際、イラク軍は戦うことなく武器弾薬を置いたまま撤退、ISの武装を充実させることになった。その当時に首相だったノウリ・アル・マリキはメーディ・サビー・アル・ガラウィ中将、アブドゥル・ラーマン・ハンダル少将、ハッサン・アブドゥル・ラザク准将、ヒダヤト・アブドゥル・ラヒム准将を解任している。ISのモスル制圧はアメリカがイラク軍の一部勢力と手を組んで仕組んだことだったように見える。

 その後、盗掘密輸の関連施設や燃料輸送車をアメリカ軍が率いる同盟軍は攻撃せず、物資をIS側へ「誤投下」していたことが伝えられてきた。アメリカ軍の内部からは、4レーンを使って走る燃料車の車列を見ても黙っているようにアメリカ軍のパイロットは命令されているとする話が聞こえてくる。正体不明の航空機が物資をISやアル・カイダ系のアル・ヌスラへ投下しているとする報告もあるようだ。四輪駆動車のハンビーやM1エイブラムズ戦車などが大量に並んでいるのを発見しても、国防総省の命令で手を出さないことになっていたという。

 アメリカ軍がISの兵站ラインや盗掘石油の輸送をを攻撃してこなかったことを問われたCIAのマイケル・モレル元副長官は副次的被害のほか、環境破壊を防ぐためだと主張して失笑を買った。アメリカ政府が言うところの「テロとの戦い」がインチキだということを知られるようになり、弁明に窮しているということだろう。

 ISの戦闘員が2012年にヨルダン北部に設置された秘密基地でアメリカの情報機関や特殊部隊によって軍事訓練を受けたと言われているが、その年の8月にアメリカ軍の情報機関DIAが作成した文書の中で、反シリア政府軍の主力はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIで、西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコの支援を受けているとしている。

 シリアで体制転覆を目指す戦闘が始まった当時からAQIは反政府軍側。彼らはアル・ヌスラという名前を使い、シリア各地で軍事作戦を展開したともいう。そのDIAは2013年6月、アル・ヌスラに神経ガスの生産、使用する能力があると警告する報告書を提出している。

 アメリカを中心とする同盟軍がイラクを先制攻撃、サダム・フセイン体制を破壊した翌年の2004年にAQIは組織され、06年にISIが編成されるときには、その中心になった。このISIは活動範囲をシリアへ拡大し、今ではISと呼ばれている。つまり、AQIもアル・ヌスラもISも実態は同じだ。

 DIAの報告書でも反シリア政府軍の中心メンバーはサラフ主義者やムスリム同胞団だとしているが、アル・カイダ系武装集団の戦闘員は同じことが言える。1970年代の後半にズビグネフ・ブレジンスキー米大統領補佐官(当時)がソ連軍と戦わせる戦闘集団を編成した時から変化はない。

 このサラフ主義者はサウジアラビアの国教であるワッハーブ派と重なる。西側ではスンニ派と表現することが少なくないが、一般のスンニ派とは根本的に違う集団だ。フセイン体制で実権を握っていたのがスンニ派で、ISの内部にフセイン時代の軍幹部が参加していることは確かだが、ISをフセイン体制の残党だと考えるべきでない。

 フセイン体制を倒すべきだと1980年代から主張していたのはネオコン/シオニストやイスラエル。元々はCIAの手先として台頭した人物だが、ネオコンやイスラエルからみると自立しすぎていた。

 そこで完全な自分たちの傀儡体制を築くか、戦乱で破綻国家にしてしまおうと考える。そのプランを1991年にネオコンのポール・ウォルフォウィッツ国防次官は口にしたわけだ。その体制転覆にシーア派を利用したのだが、フセイン体制を倒した後に傀儡体制を樹立することに失敗、イラクは現在、イランやロシアへ接近している。

 アメリカ軍が「シーア派を使いスンニ派を虐殺。そのスンニ派から生まれたのがイスラム国」だと説明する人もいるようだが、正しいとは言えない。ISは「スンニ派から生まれた」のでなく、アメリカをはじめとするNATO、サウジアラビアなどのペルシャ湾岸産油国、そしてイスラエルのプランに従い、ワッハーブ派を中心とする戦闘員で編成された武装集団なのであり、シーア派もスンニ派もキリスト教徒も無神論者も虐殺している。ISは「造反者」でも「レジスタンス」でもなく、ウォルフォウィッツ・ドクトリンを実現するための「傭兵」にすぎないと言うべきだろう。






最終更新日  2015.12.16 22:30:29



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