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《櫻井ジャーナル》

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2016.05.20
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 衆議院で議員定数を6議席減らして465議席にするという「改正法」が成立したという。「選挙制度改革」を口実に使っているが、本当に選挙制度を改革したいなら、諸悪の根源である小選挙区制を廃止するべきだろう。少なくとも小選挙区制について国全体で徹底的に議論し、その是非を国民に問わなければならない。

 議席数の削減を推進している勢力は安全保障関連法や秘密保護法を強引に成立させ、住民基本台帳やマイナンバー制度を導入、TPP(環太平洋連携協定)を実現させようとしている。つまり、国外ではアメリカの侵略戦争に荷担、国内では民主主義の基本である「知る権利」を国民から奪い、その国民を監視、管理、そして政府、議会、裁判所を機能不全にしようとしているわけで、議席を削減する目的も同じだろう。

 極論を言うならば、議員定数をゼロにすれば議席は「公正」になる。今回、「改正法」に賛成した議員は国をそうした方向へ導こうとしているとしか考えられない。(何も考えず、目先の利益を追いかけているのかもしれないが。)中身だけでなく、外観としての民主主義も破壊しようとしている。

 日本の「エリート」を操っているグループにリチャード・アーミテージがいる。アーミテージは1967年にアナポリスの海軍兵学校を卒業、ベトナムへ行き、フェニックス・プログラムに参加したとする少なからぬ証言がある。元グリーン・ベレーで、極秘機関「情報支援活動(ISA)」に所属していたジェームズ・グリッツ(通称、ボ・グリッツ)中佐はアーミテージが麻薬取引に絡んでアメリカ政府と犯罪組織の仲介役を務めていたとするクン・サ(東南アジアにおける麻薬取引の大物)の証言を伝えている。

 フェニックス・プログラムはCIAと特殊部隊が中心になって実行された作戦で、「ベトコンの村システムの基盤を崩壊させるため、注意深く計画されたプログラム」。アメリカの侵略に反対している地域で農民を皆殺しにすることもあり、1968年3月16日に南ベトナムのソンミ村のミ・ライ地区とミ・ケ地区で実行された虐殺はその作戦の一環だったと言われている。現在、アメリカの好戦派は中東/北アフリカでアル・カイダ系武装集団、ウクライナではネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)を使い、同じことをしている。

 1967年5月、DEPCORDSとしてサイゴン(現在のホーチミン)入りしたロバート・コマーは6月にCIAとMACV(ベトナム軍事支援司令部)の極秘プログラムICEXを始動させる。この年のうちにICEXはフェニックス・プログラムと改名された。作戦を指揮したのはCIAで、殺人担当チームは軍の特殊部隊から引き抜いて編成している。その下の実働部隊はPRU(地域偵察部隊)という傭兵部隊で、そのメンバーは殺人やレイプ、窃盗、暴行などで投獄されていた囚人たちだ。

 1970年前後にフェニックス・プログラムを指揮したウィリアム・コルビーはアレン・ダレスの側近で、大戦中にはジェドバラという破壊工作部隊に所属し、戦後はOPCで活動した。1973年から76年にかけてはCIA長官を務めたが、その間、上院の「情報活動に関する政府工作を調査する特別委員会」、いわゆるチャーチ委員会でフェニックス・プログラムについて証言、1968年8月から71年5月までの間にこのプログラムで2万9587名のベトナム人が殺され、そのほかに2万8978名が投獄されたと語っている。実際は6万人程度が殺されたと言われ、かなり少ない数字だが、それでもフェニックス・プログラムを認めたことはアメリカ支配層にとって衝撃で、CIA長官を解任される一因になった。

 フェニックス・プログラムで中心的な役割を果たしたひとりにセオドレ・シャックレーという人物がいる。ジョージ・H・W・ブッシュと親しかったようだが、麻薬取引にも関与していた。その下で航空機による支援活動を行っていたのが、まだ少佐だったリチャード・シコード。その下でオリバー・ノースも活動していた。

 1980年代にふたりと同じように「イラン・コントラ事件」(アフガニスタン工作の一部)で名前が出てくるジョン・K・シングローブ陸軍大佐(当時)もベトナム戦争では秘密工作に関係していた。アーミテージもこの事件に連座している。つまり、ベトナム戦争で秘密工作に参加していたメンバーがイラン・コントラ事件、つまりアフガニスタン工作にも加わっているということだ。ノースはCOGでも名前が浮上する。

 本ブログでは何度も書いてきたが、このアフガニスタンの工作でアメリカはサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団を中心とするイスラム武装勢力を編成、その戦闘員リストとしてアル・カイダが作成された。現在、中東/北アフリカで続いている戦乱はここから始まっている。

 ノースたちはベトナム戦争でアメリカが負けた原因は戦場でなく、アメリカ国内にあると信じた。戦闘では勝ったが、国内で情報が漏れ、反戦活動が広がったことに敗北の理由を求めたのだ。そこで、戦争に勝つため、情報を統制し、反戦平和を求める活動をそれまで以上に厳しく弾圧するべきだという結論に達する。そうした流れの中、COGは始められた。アーミテージが民主主義を破壊しようとするのも必然ということだ。






最終更新日  2016.05.20 21:37:43
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