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《櫻井ジャーナル》

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2016.07.10
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 安倍晋三政権を支えている「日本会議」をアメリカのニュース・サイト、デイリー・ビーストの記事は「神道カルト」と呼び、安倍と近い関係にある麻生太郎の改憲に関する発言も紹介している。2013年7月に麻生は改憲派に対し、「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。あの手口を学んだらどうか。騒がないで、納得して変わっている。」と語っている。

 今年4月に扶桑社新書として菅野完の『日本会議の研究』が出版されてから日本会議は注目されるようになったようだ。この団体の歴史は、1973年6月に神社本庁と生長の家などが伊勢神宮で開いた懇談会から始まる。その懇談会を母体にして創設されたのが「日本を守る会」で、1997年5月に「日本を守る国民会議」と統合されて日本会議はできあがった。

 「日本を守る会」が宗教色の濃い団体なのに対し、「日本を守る国民会議」のメンバーは財界、学者、旧日本軍が目立った。1978年7月に結成されたとこの名称は「元号法制化実現国民会議」で、81年10月に改組されて「日本を守る国民会議」と名乗るようになった。

 「日本会議」の歴史が始まった1974年、月刊誌の文藝春秋に「田中角栄研究」が掲載され、田中攻撃が本格化する。1974年11月に田中角栄は自民党総裁の辞任を表明、76年2月にアメリカ上院外交委員会の多国籍企業小委員会で「ロッキード事件」が浮上、その年の7月に東京地検特捜部は田中を受託収賄と外国為替外国防衛機管理法違反の容疑で逮捕した。日本で「レジーム・チェンジ」が始まったと言えるだろうが、打倒すべきレジームは「55年体制」と呼ばれるようになる。

 安倍首相らは靖国神社の参拝にも執着している。この神社の創建は1869年で、当初の名称は「招魂社」だった。1879年には現在の名称に変更され、所轄は第2次世界大戦に日本が敗れるまで陸海軍省。日本軍と一心同体の関係にあったわけだ。天皇を「現人神」だと教育するカルト国家だった戦前の日本において、招魂社/靖国神社は支配システムで重要な役割を果たしていた。

 こうした歴史があるため、GHQ/SCAP(連合国軍最高司令官総司令部)の内部でも将校の多数派が靖国神社の焼却を主張したというが、朝日ソノラマが1973年に出した『マッカーサーの涙/ブルーノ・ビッテル神父にきく』によると、これを阻止したのがイエズス会のブルーノ・ビッテル(ビッター)とメリノール会パトリック・J・バーン、ふたりのカトリック司祭だったという。

 ビッテルは1898年にドイツで生まれ、1920年にイエズス会へ入り、アメリカで過ごしてから1934年に来日している。ニューヨークのフランシス・スペルマン枢機卿の高弟だとされているが、この枢機卿はCIAと教皇庁を結ぶ重要人物だった。このビッテルを多くの日本人が知るのは経済犯罪に絡んでのことであろう。

 今と違って国外へ自由に出られない時代、日本人エリートは海外旅行する際、日本カトリック教団本部四谷教会のビッテルを介して「闇ドル」を入手していたとされている。霊友会の小谷喜美会長もビッテルからドルを手に入れたのだが、これは法律に違反した行為であり、事件になってしまう。

 この事件でビッテルも逮捕されたのだが、警視庁が押収した書類は「ふたりのアメリカ人」が持ち去り、捜査は打ち切りになった。秘密裏に犬養健法相が指揮権を発動したと言われている。

 ビッテルは旅行者の便宜を図っていただけではない。1953年にドワイト・アイゼンハワーが大統領に就任するが、その副大統領はリチャード・ニクソン。当時は若手で大抜擢だが、その理由は闇資金の調達にあったと信じられている。

 一般に企業の闇献金だとされているのだが、月刊誌「真相」の1954年4月号によると、実際の原資は闇ドルの取り引きで蓄積された儲けだったという。1953年秋にニクソンは来日するが、その際にバンク・オブ・アメリカの副支店長を大使館官邸に呼び出した。その際、闇資金の運用についても話し合われるのだが、この会議にビッテルも同席したとされている。

 ところで、田中が自民党総裁を辞める8カ月前、フィリピンで任務を遂行中だった小野田寛郎が投降しているが、そのフィリピンでは旧日本軍が隠したとされる略奪財宝が話題になり始める。その話題をワシントン・ポスト紙のコラムニストだったジャック・アンダーソンが取り上げたのは1975年7月のことだった。

 日本軍が占領地で略奪した財宝に関する話を日本の学者やマスコミは触れたがらないのだが、ドイツ軍がヨーロッパで盗んだ金塊、いわゆるナチ・ゴールドとの関連でも出てくる。降伏した直後の混乱した日本では金塊やダイヤモンドが発見され、1947年には衆議院決算委員会で「日銀の地下倉庫に隠退蔵物資のダイヤモンドがあり、密かに密売されている」と発言した議員もいる。世耕弘一だ。ちなみに、その孫が世耕弘成である。

 こうした「隠退蔵物資」を摘発する目的で1947年に「隠匿退蔵物資事件捜査部」が設置される。後の東京地検特捜部だ。

 フィリピンでアメリカ軍は日本軍から略奪財宝に関する情報を集めようと必死になっていたようだが、その情報をサンタ・ロマーナなる人物が1945年10月に聞き出し、それはエドワード・ランズデール大尉(当時)へ伝えられた。その当時、ランズデールの上官はチャールズ・ウィロビー少将だ。後のフィリピン大統領、フェルディナンド・マルコスにイメルダ・ロムアルデスを紹介したのは、このロマーナだ。マルコスはこうした財宝を手にし、富を築いて大統領にもなったとも言われている。

 ランズデールはその後、東南アジアだけでなくキューバに対する秘密工作でも重要な役割を演じ、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺でも名前が出てくる人物。そのランズデールは東京でダグラス・マッカーサー最高司令官やG2(情報部門)を統括していたウィロビー少将、またGS(民政局)のコートニー・ホイットニー准将へ伝えた。さらにワシントンDCに向かい、ジョン・マグルーダー准将へも説明している。マグルーダーの命令でランズデールはハリー・トルーマン大統領の国家安全保障を担当スタッフにも会ったという。

 1971年1月になると、ロゲリオ・ロハスなる人物が旧日本軍の掘ったトンネルで重量が1トンという金の仏像を発見したという話が流れた。ロハスが仏像の買い手を探している最中、1971年4月に「国家捜査局犯罪捜査部の係官」と称する一団が現れ、仏像、ダイヤモンド、日本の刀剣などを持ち去ってしまった。押収令状にサインした判事はマルコス大統領のおじだったという。

 しばらくして別の判事が軍隊に対して仏像を裁判所へ提出するように命令、出されたものはブロンズ製だった。ロハス側は明らかに別物だと主張、5月4日には議会でも事情を説明しているが、その14日後に彼は逮捕された。

 拷問を受けた後に保釈されるが、7月に再び逮捕され、約1カ月にわたって拘束されている。保釈後に反マルコス派の議員が政治集会で彼に話させようとしたのだが、その集会で手榴弾が爆発、政府はこの事件を利用して反対派を検挙、逃亡していたロハスも翌年7月に逮捕され、9月に戒厳令が布告された。

 1970年代になってマルコスは金塊を処理するため、麻薬と交換するという方法を思いつく。そこで相談した相手がコスタリカのホセ・フィゲレス大統領で、採掘と冶金の専門家だというロバート・カーチスを紹介される。

 ところが、作業の途中、ジャック・アンダーソンの記事が出てマルコスはカーチスが情報を漏らしたと考えたようだ。身の危険を感じたカーティスは手元にあった財宝の保管場所を示す172枚の地図を撮影してフィルムをネバダに送り、オリジナルは廃棄してしまった。

 1981年8月になると、富士銀行が全国紙に広告を掲載、「偽造別段預金証書」が出回っているとして注意を喚起している。ただ、同行は私文書偽造で被害届は出さなかったと言われている。

 その後、M資金話が世間を賑わせるようになり、ジョン・F・ケネディ政権で司法次官補を務めたノーバート・シュレイが弁護士として東京の第一勧業銀行を訪れ、きわめて高額な「小切手」を示している。シュレイによると、問題の債券は大蔵大臣だった渡辺美智雄の指示に基づき、大蔵省(現在の財務省)印刷局滝野川工場で印刷されたのだという。(Sterling & Peggy Seagrave, “Gold Warriors”, Verso, 2003)

 シュレイが1991年1月7日に書いた覚書によると、当初は調達した資金を吉田茂とダグラス・マッカーサーが管理し、警察予備隊(自衛隊の前身)という一種の軍隊を組織する際に200億円が使われたという。戦争の放棄を謳った憲法があるため、武力組織を創設する際に資金的な問題が生じ、それを解決するために闇資金を利用したというのである。(Norbert A. Schlei, “Japan’s “M-Fund” Memorandum”, January 7, 1991)

 1992年1月にシュレイの顧客はトラップに引っ掛かって逮捕され、シュレイも巻き込まれてしまう。結局、1997年にシュレイは無罪になるが、弁護士としてのキャリアはすでに破壊されていた。

 そうした最中、1983年8月にマルコスの政敵だったベニグノ・アキノが射殺され、フィリピン国内では反マルコスの声が高まる。1986年2月には大規模な抗議活動が展開され、100万人がマニラの通りを埋めたとも言われているが、そうした混乱の中、マルコスは家族と一緒にハワイへアメリカ軍によって連れ出された。この作戦の黒幕はネオコンの大物、ポール・ウォルフォウィッツだと言われている。マルコスが権力の座を追われると財宝に関する裁判がアメリカでも起こされ、情報は外へ漏れ始めた。

 ジャック・アンダーソンは1993年に『The Japan Conspiracy(日本語版:ニッポン株式会社の陰謀)』という小説を発表した。日本の国粋主義者がアメリカの一部支配層と手を組んでアメリカを支配しようとするという話だ。これを安倍たちとネオコン、日米好戦派の連合と解釈すると、21世紀の日米を予言しているようにも思える。この小説では活動の原資として「O資金」なるものが登場するが、これは明らかに「M資金」をイメージしている。






最終更新日  2016.07.11 04:30:38
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