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《櫻井ジャーナル》

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2016.08.18
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シリアに対して侵略戦争を繰り広げている武装勢力に対する攻撃にロシア軍がイランのハマダン基地を使い始めた一因として、偵察衛星に対する対策がロシアでは挙げられている。侵略軍を支援する国から偵察衛星の情報が提供され、事前に隠れるようになっていたというのだ。これまでロシア軍は超音速長距離爆撃機Tu-22M3を使って攻撃する場合、ロシアの基地からシリアへ向かっていたのだが、ハマダンを使うようになって飛行距離は約3分の1に短縮され、侵略軍側の余裕は少なくなった。

 シリア侵略の主体はアメリカの好戦派、イスラエル、サウジアラビアで、その手先としてアル・カイダ系武装集団やそこから派生した「ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)」が実際に戦っている。アメリカなどの特殊部隊が侵略軍に同行しているとも言われているので、偵察衛星の情報を入手し、分析することは難しくなさそうだ。

 ダーイッシュなるタグが広く知られるようになったのは2014年だろう。この年の1月にファルージャで彼らは「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にモスルを制圧、その際にトヨタ製小型トラック「ハイラックス」の新車を連ねた「パレード」を行い、その後継は撮影されて世界中に伝えられた。

 当然、アメリカの軍や情報機関は偵察衛星、無人機、通信傍受、人間による情報活動などで武装集団の動きを知っていたはずだが、その時に何もしていない。ダーイッシュを敵だと認識していたなら、車列は格好のターゲットだ。

 本ブログでも繰り返し指摘しているが、アル・カイダ系武装集団の歴史は1970年代の終盤までさかのぼることができる。ジミー・カーター大統領の補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキーはソ連軍をアフガニスタンへ誘い込み、「ベトナム戦争」を味わわせるという計画を立て、戦闘集団を編成したのだ。そこからアル・カイダは生まれる。

 ブレジンスキーのプランに従って編成された武装集団の戦闘員の中心はサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団。ワッハーブ派はサウジアラビアの国教であり、ムスリム同胞団もこの国と関係が深い。1979年4月、ブレジンスキーはフガニスタンの「未熟な抵抗グループ」への「同情」をNSC(国家安全保障会議)で訴え、CIAはゲリラへの支援プログラムを開始する。

 7月にカーター大統領はアフガニスタンでの秘密工作を承認、9月にはモハメド・タラキが暗殺されてハフィズラ・アミンが実権を握り、12月にソ連軍の機甲部隊が軍事侵攻したわけだ。

 戦闘員を集め、雇用していたのはサウジアラビア。その責任者だった人物が同国の総合情報庁長官を務めていたタルキ・アル・ファイサルで、オサマ・ビン・ラディンがその下で戦闘員を集めていた。その戦闘員を訓練、武器/兵器を提供するのがアメリカの情報機関や特殊部隊である。ブレジンスキー自身、戦闘集団と接触している。

 2005年、ロビン・クック元英外相はガーディアン紙に、アル・カイダはCIAから軍事訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルだと書いているが、これは事実だと考えられている。なお、この記事が出た翌月、クックは保養先のスコットランドで心臓発作に襲われて急死した。享年59歳。

 後にブレジンスキーはフランスのヌーベル・オプセルヴァトゥール誌からインタビューを受け、ソ連を挑発するために実行した秘密工作について質問されている。戦争を引き起こしたことを後悔していないかと聞かれたのだが、彼は後悔していないとした上で、「秘密工作はすばらしいアイデアだった」と答えている。(Le Nouvel Observateur, January 15-21, 1998)

 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官(SACEUR)はCNNの番組でダーイッシュを作り上げたのはアメリカの友好国と同盟国だと語っているが、勿論、アメリカ自身がその中心だ。また、2012年から14年までDIA局長を務めたマイケル・フリン中将は退役後、アル・ジャジーラのに対し、ダーイッシュはバラク・オバマ政権が決めた政策によって勢力を拡大したと語っている。実際、2012年8月の報告書でホワイトハウスに対し、そうしたことを警告していた。アメリカにはいくつかの勢力が潜在しているが、まだネオコン/シオニストなど好戦派の影響力は強い。






最終更新日  2016.08.18 13:44:56


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