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《櫻井ジャーナル》

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2017.03.11
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シリアやイラクでアル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)が敗走する中、アメリカの第11海兵遠征部隊の一部がシリアで戦闘態勢を整えたという。これまでアメリカは特殊部隊をシリアへ潜入させて拠点を築いていたが、今回は海兵隊を侵入させたわけで、ロン・ポール元下院議員(1997年〜2013年)はその目的をアメリカ軍がシリア北東部の要衝ラッカをシリア政府軍より先に制圧することだと推測、軍事的エスカレーションだと批判している。

 また、アレッポのマンビジにはアメリカ陸軍の第75歩兵連隊の車列が入ったとも伝えられている。アレッポは現在、ロシア軍の支援を受けたシリア軍が制圧寸前。アメリカ軍としては完全に抑えられる前に部隊を送り込んだとも解釈できる。この軍事作戦をシリア政府が承認したという話はなく、シリアへの侵略にほかならない。

 第11海兵遠征部隊にしろ、第75歩兵連隊にしろ、ダーイッシュやアル・カイダ系武装集団に替わってシリア侵略を続けようとしていると見られても仕方がない。こうした「ムジャヒディン」ではシリア軍とロシア軍に太刀打ちできないことから、アメリカ軍が出て来たということだろう。かなり危険な行為だ。

 こうした動きは大統領の交代と関係ない。バラク・オバマ政権は偽情報を利用してシリアをアメリカ軍/NATO軍に直接攻撃させようと目論んでいる。また、WikiLeaksが公表した民間情報会社ストラトフォーの電子メールによると、シリアで戦闘が始まった直後からアメリカ、イギリス、フランス、ヨルダン、トルコの特殊部隊が入っている可能性がある。イスラエルの情報機関モサドと関係が深いとされるデブカは、イギリスとカタールの特殊部隊がシリアへ潜入しているとしていた。

 また、イギリスのエクスプレス紙は2015年8月、すでにイギリスの特殊部隊SASの隊員120名以上がシリアへ入り、ダーイッシュの服装を身につけ、彼らの旗を掲げて活動していると報道した。ダーイッシュを騙すためだという説明も可能だが、ダーイッシュと一緒に戦っていた可能性もある。シリア政府によるとドイツも特殊部隊を侵入させたという。

 こうした行動は米英の基本的なパターンだ。例えば、1941年6月にドイツ軍がソ連に向かって進撃を開始、7月にレニングラード(現在は帝政時代のサンクト・ペテルブルグに戻った)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫り、42年8月にはスターリングラード市内へ突入、市街戦が始まっている。

 この間、フランクリン・ルーズベルト米大統領はソ連支援に前向きだったが、実際は傍観している。後にルーズベルト政権の副大統領になるハリー・トルーマンは「ドイツが勝ちそうに見えたならロシアを助け、ロシアが勝ちそうならドイツを助け、そうやって可能な限り彼らに殺させよう」と主張していたが、これはアメリカやイギリスの支配層で一般的な姿勢だった。

 状況が変わるのは1942年11月。ソ連軍が猛反撃を開始、ドイツ軍25万人は完全に包囲され、43年1月には生き残った9万1000名の将兵が降伏している。これを見たアメリカとイギリスの首脳は5月にワシントンDCで協議、7月にシチリア島へ上陸する。この島はコミュニストの影響力が強かったため、それに対抗する意味もあってアメリカ軍はマフィアと手を組んでいる。戦後、シチリア島がマフィアに支配された原因はここにある。

 そして1944年6月、映画の宣伝で人びとの印象に強く残っているノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)が実行され、45年2月にヤルタ会談、4月にルーズベルト大統領が急死、そして5月にドイツが降伏する。ウィンストン・チャーチルが米英独の連合軍でソ連を奇襲攻撃するというアンシンカブル作戦を作成させたのはその直後だ。

 シリアでも、規模は小さいながら、この時を似たようなことをしている。ドナルド・トランプはロシアとの関係修復を訴えて民主党、共和党の一部、有力メディア、リベラル派から激しく攻撃されていた。そうした勢力に引きずられているようにも見える。アメリカの好戦派はロシア軍がアメリカ軍の行動を止めようとすることはないと思っているのかもしれないが、今回の軍事作戦はロシアとの戦争を勃発させかねない。






最終更新日  2017.03.11 12:14:46


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