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《櫻井ジャーナル》

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2017.03.13
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自衛隊が引き揚げるという南スーダンは破綻国家になっているようだ。中央アフリカも似た状況で、この周辺は不安定な状況になっている。そうした状況に陥った最大の理由は西側巨大資本の侵略にある。

 1974年にアメリカの巨大石油会社シェブロンがスーダンで油田を発見したのだが、90年代の終盤になるとスーダンでは自国の石油企業が成長してアメリカの石油企業は利権を失っていき、中国やインドなど新たな国々が影響力を強めていく。

 そうした中、スーダン南部ではSPLM(スーダン人民解放軍)が反政府活動を開始するのだが、SPLMを率いていたジョン・ガラングなる人物はアメリカのジョージア州にあるフォート・ベニングで訓練を受けた人物。この基地にはアメリカ巨大資本のために働く軍人を訓練するWHINSEC(治安協力西半球訓練所/以前の名称はSOA)があり、反乱鎮圧の技術、ゲリラ戦や心理戦の戦い方、狙撃の訓練、さらに拷問や暗殺のテクニックが教えられている。結局、ガラングが率いる勢力は独立に成功した。国境の周辺に油田があるのはそうした事情があるからにほかならない。

 スーダン西部にあるダルフールでも資源をめぐる戦闘が2003年から激化した。当初、欧米の国々は南スーダンの石油利権に集中、ダルフールの殺戮を無視していたが、ネオコンはダルフールへ積極的に介入する。その資源に目をつけた隣国チャドの政府が反スーダン政府のJEM(正義と平等運動)へ武器を供給したことも戦闘を激化させる一因だ。チャドの背後にはイスラエルが存在していると生前、リビアのムアンマル・アル・カダフィは主張していた。

 自衛隊が戻ってくる東アジアも軍事的な緊張が高まっている。先月、ジェームズ・マティス国防長官が韓国と日本を訪問したが、これも両国にアメリカへの服従を誓わせルことが目的だろう。THAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの配備も急ピッチで進めている。中国の喉元に合口を突きつけて脅すつもりだろう。東ヨーロッパでロシアに対して行っていることと基本的に同じだ。

 勿論、アメリカがTHAADで狙っている相手は朝鮮でなく中国だ。第2次世界大戦の終盤、中国ではコミュニストの紅軍と国民党軍が日本軍と戦っていたが、1944年9月にソ連駐在のアメリカ大使だったアベレル・ハリマンはモスクワでソ連のヴャチェスラフ・モロトフ外相から中国共産党を援助しないと言われた。1945年4月にヨシフ・スターリンやモロトフと会談したパトリック・ハーレーによると、スターリンは蒋介石に好意をよせていたともいう。国際連合の創設に関する会議に中国共産党の代表を呼んだのはアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領だった。(堀田善衛著『上海にて』筑摩書房、1959年)

 ところが、そのルーズベルトは4月に急死している。アメリカの支配層は最新装備の国民党が日本軍の旧式兵器の紅軍に勝利すると確信していただろう。アメリカは国民党軍に対して20億ドルの援助をするだけでなく、軍事顧問団も派遣していたのだ。

 そうした予想に反し、1947年の夏になると人民解放軍(1947年3月に紅軍から改称)が勢力を拡大、48年後半になると人民解放軍が国民党軍を圧倒、49年1月には解放軍が北京へ無血入城し、10月には中華人民共和国が成立する。

 この間、アメリカは破壊工作部隊のOPC(この組織については何度も書いているので、今回は割愛する)が上海などを拠点にして活動していたが、人民解放軍が北京入りする前に拠点を日本へ移動させている。その中心がアメリカ海軍の厚木基地だった。ちなみに、1949年7月5日に下山事件、7月15日に三鷹事件、そして8月17日に松川事件が引き起こされている。

 1950年6月25日に朝鮮戦争が勃発するが、ダグラス・マッカーサーに同行して日本にいた歴史家のジョン・ガンサーによると、半島からマッカーサーに入った最初の電話連絡は「韓国軍が北を攻撃した」というもの。「開戦」の2日前から韓国空軍は北側を空爆、地上軍は海州を占領している。

 しかし、当時のアメリカ軍は山岳地帯での戦闘に不慣れで、釜山の近くまで追い詰められてしまう。そこで旧日本軍の参謀がアドバイスを始め、仁川上陸作戦などで反撃に転じたと旧日本軍の関係者は語っていた。

 その間、1951年4月にCIAの顧問団は約2000名の国民党軍を率いて中国領内への侵攻を試み、翌年8月にも再度、軍事侵攻したが、結局失敗に終わる。その後、アメリカはベトナム戦争を始めるわけだが、朝鮮戦争もベトナム戦争も本当の敵は中国だったと考えるべきだろう。

 朝鮮戦争は1953年7月に休戦協定が成立するが、その2カ月前にベトナムではアメリカの支援を受けていたフランス軍がディエンビエンフーで北ベトナム軍に包囲され、翌年の5月にフランス軍は降伏した。

 その前、1953年1月にドワイト・アイゼンハワー政権が成立し、ジョン・フォスター・ダレスが国務長官に就任するが、この新長官は翌年の1月にNSC(国家安全保障会議)でベトナムにおけるゲリラ戦の準備を提案、それを受けてCIAはSMMを編成して秘密工作が始まった。

 朝鮮戦争もベトナム戦争も最終的な目的は中国だったと考えるべきだろう。中国の完全制圧(略奪)はアヘン戦争からアングロ・サクソンが抱いている野望だ。それにロシア制圧も目指すハートランド理論が重なる。このプランは今でも生きているように見える。






最終更新日  2017.03.13 05:20:26

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