《櫻井ジャーナル》

2017/05/04(木)04:18

シリアへ侵攻したジハード部隊が敗走している中、アメリカ、イギリス、ヨルダンに侵攻の動き

アメリカ、イギリス、ヨルダンがヨルダンからシリアの南部地域へ侵攻しようとしているとする情報が流れている。2011年3月にバシャール・アル・アサド体制の打倒を目指す軍事作戦が始まるが、その最大の拠点はトルコだった。 2011年10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィ政権がアル・カイダ系武装集団LIFGとNATOの連携で倒されると、戦闘員と武器/兵器がシリアへ運び込まれるが、トルコ経由。運ばれた物資の中には化学兵器も含まれていた。こうした輸送の拠点がベンガジにあったCIAの拠点。アメリカ領事館も重要な役割を果たしていた。 その当時、CIA長官だったのがネオコンのデイビッド・ペトレイアスで、CIAに協力していた国務省の長官がヒラリー・クリントン。2012年9月11日にリビア駐在のアメリカ大使だったJ・クリストファー・スティーブンスが領事館で殺されるが、その前日に大使はCIAの工作責任者と会談、襲撃の直前には海運会社の代表と会っていた。10月にはアメリカ、イギリス、ヨルダンが反シリア政府軍を訓練、11月には対戦車兵器(TOW)や携帯型地対空スティンガー・ミサイルの扱い方を教えていた。 領事館が襲われる前の月にアメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)は報告書を作成、その中で反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIだと指摘している。つまり、バラク・オバマ政権が主張するところの「穏健派」は事実上、存在しないというわけだ。 また、オバマ政権が政策を変更しなかったならば、シリアの東部(ハサカやデリゾール)にはサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があるとも警告、それはダーイッシュという形で現実のものになった。ちなみに、この報告書が書かれた当時のDIA局長がトランプ政権で安全保障担当補佐官に就任する予定のマイケル・フリン中将だ。 この報告書が書かれた2012年8月にはバラク・オバマ米大統領がシリアに対する直接的な軍事介入のレッド・ラインは生物化学兵器の使用だと宣言、12月になるとヒラリー・クリントンがバシャール・アル・アサドは自暴自棄になって化学兵器を使う可能性があると主張した。そして1月29日付けのデイリー・メール紙はシリアで化学兵器を使ってアサド政権に責任をなすりつけて非難、国際的な軍事行動へつなげる作戦をオバマ政権は許可したと報道する。偽旗作戦を実行するというわけだ。そして実際、3月と8月に化学兵器の使用を口実にして西側は攻撃しようとするが、すぐに嘘が明らかにされ、しかも9月上旬に発射されたミサイルは地中海に落下していまった。最近の動きは2012年から13年にかけての展開に似ている。

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