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《櫻井ジャーナル》

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2017.11.16
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中東で新たな戦争が勃発すると懸念する人が少なくない。言うまでもなく、その震源はアメリカ、イスラエル、そしてサウジアラビア。特にイスラエルとサウジアラビアの動きが注目されている。

ジョージ・W・ブッシュ政権は統合参謀本部の懸念を振り切り、アメリカ軍を中心とする連合軍を編成して2003年3月にイラクを先制攻撃、サダム・フセイン体制を倒した。その後も破壊と殺戮は続き、今も終わっていない。

2006年10月にイギリスの医学雑誌「ランセット」が掲載したジョンズ・ホプキンズ大学とアル・ムスタンシリヤ大学の共同研究による調査報告によると、2003年3月から2006年7月までの間に65万4965名以上のイラク人が死亡、そのうち60万1027名は暴力行為(要するに戦闘)が原因だという。イギリスのORB(オピニオン・リサーチ・ビジネス)は2007年夏までに約100万人が殺されたという調査結果を公表している。イラクに親イスラエル体制を築くというプランAは達成できなかったが、「石器時代」にするというプランBは実現したと言えるだろう。

調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュが2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に書いたレポートによると、​アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟がシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を開始​している。この作戦は1991年にポール・ウォルフォウィッツが口にしていたプランに符合する。イラクは破壊したので、次はシリアとイラン、そのイランの影響下にあるヒズボラということだ。(​3月​、​10月​)

工作の中心にはリチャード・チェイニー副大統領(当時。以下同じ)、国家安全保障担当副補佐官のエリオット・エイブラムス、イラク駐在のアメリカ大使で記事が出た直後に国連大使に就任したザルメイ・ハリルザドといったネオコン、そしてサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン王子がいた。

バンダル・ビン・スルタンはブッシュ家と緊密な関係にあり、「バンダル・ブッシュ」と呼ばれているほどだ。そのビン・スルタンも今年(2017年)11月4日からサウジアラビアで始まった粛清で拘束されたと伝えられている。その前、6月21日にはCIAとの関係が深いムハンマド・ビン・ナーイフも皇太子の座を追われている。

2003年にフセイン体制を破壊したブッシュ政権はイラクに親イスラエル体制を築こうとするが、失敗してしまう。その一方でイランとイラクが接近していく。

また、フセイン時代、イラク政府はアル・カイダ系武装集団を人権無視で取り締まっていたが、フセイン後のイラクではそうした武装集団が跋扈するようになる。AQI(イラクのアル・カイダ)はそうしたグループ。その後、AQIは弱小グループを吸収してMSC(ムジャヒディーン会議)を編成、2006年にはISI(イラクのイスラム国)の創設が宣言された。2010年5月からアブ・バクル・アル・バグダディがISIを率いている戦闘の地域をシリアへも拡大させた後、名称はダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)と呼ばれるようになった。

2011年2月にリビア、そして3月にシリアを三国同盟を中心とする勢力が侵略を開始、その手先としてアル・カイダ(CIAの訓練を受けたムジャヒディンの登録リスト)系武装集団が使われた。その中心メンバーはサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団である。

その年の10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制が倒され、カダフィは惨殺された。その際、NATOと​アル・カイダ系武装集団LIFG​との連携があからさまになる。体制崩壊の直後、反カダフィ勢力の拠点だったベンガジの裁判所にアル・カイダの旗が掲げられたのだ。その映像は​YouTube​にアップロードされ、イギリスの​デイリー・メイル紙​も伝えている。

カダフィ体制が倒された後、侵略勢力は戦闘員と武器/兵器をシリアへ運ぶが、その拠点になったのベンガジのアメリカ領事館。2012年9月11日にその領事館が襲撃されてクリストファー・スティーブンス大使が殺されている。サラフィ主義者とムスリム同胞団の対立が関係しているとする情報もある。

リビアからシリアへの輸送工作の拠点がベンガジにあるCIAの施設で、アメリカ領事館も重要な役割を果たしていた。2012年9月10日にはクリストファー・スティーブンス大使がCIAの工作責任者と会談、その翌日には海運会社の代表と会っている。その直後にベンガジの領事館が襲撃されて大使は殺された。その当時、CIA長官だったのがデイビッド・ペトレイアスで、国務長官がヒラリー・クリントンだ。

襲撃の前月、​アメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)は反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団を中心に編成された戦闘集団だと指摘する報告書をホワイトハウスに提出​している。報告書の中で、東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があるとも警告されていた。この警告は2014年、ダーイッシュという形で現実になるが、報告書が作成された当時のDIA長官がマイケル・フリン中将である。

マイケル・フリンはドナルド・トランプ政権で国家安全保障補佐官に就任しするものの、2月13日に辞任させられた。ネオコンをはじめとする好戦派に嫌われた結果だが、その一因は2012年の報告書にあるだろう。

三国同盟を中心とする侵略勢力はシリアへもリビアと同じように直接的な軍事介入で体制を潰そうとする。そこで「政府軍による住民虐殺」や「化学兵器の使用」といった偽情報を流すがロシア政府によって直接的な軍事介入は阻止され、2015年9月30日からはシリア政府の要請でロシア軍が介入、アル・カイダ系武装集団やダーイッシュを本当に攻撃する。その1年前からシリア政府の承諾を得ないまま空爆を始め、インフラを破壊、反政府軍を支援していたアメリカ軍とは根本的に違った。

アメリカはデリゾールでの戦闘にアル・カイダ系武装集団やダーイッシュの戦闘員を集中させるため、イラクのモスルやシリアのラッカなどからデリゾールへの移動を黙認してきたことは本ブログで何度も指摘した。​西側支配層の宣伝機関に堕しているBBCもこの事実を認める報道​をしている。アメリカとヨーロッパとの間で利害が衝突しはじめているようにも見える。

ここにきてアル・カイダ系武装集団やダーイッシュは壊滅寸前。そこでアメリカは侵略の手駒をクルドへ切り替えようとしたが、思惑通りには進まなかったようだ。そこでサウジアラビアやイスラエルの姿が浮上してきた。両国の政府高官は頻繁に行き来しているようで、AFPによると、今年9月にモハメド・ビン・サルマン皇太子もイスラエルを秘密裏に訪問したとイスラエルの高官は語っている。トルコ政府によると、アメリカ軍はシリア北部に13基地を建設済みで、​ジム・マティス国防長官はダーイシュを口実にしてシリア占領を続ける意思​を示している。

イスラエルとサウジアラビアだけでイランやヒズボラとの戦争を始めることは難しいと考えられ、アメリカを引き込もうとしているはず。マティスの発言はイスラエルやサウジアラビアの意向に沿うものだと言えるだろう。サウジアラビアで粛清が始まる数日前、ドナルド・トランプの義理の息子にあたるユダヤ系のジャレッド・クシュナーがサウジアラビアを訪問した事実も興味深い。世界はサウジアラビアとイスラエルの動向に注目している。





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最終更新日  2017.11.16 05:44:35



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