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《櫻井ジャーナル》

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2018.01.05
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アメリカ政府はイランのデモを利用して揺さぶりをかけている。ウクライナのクーデターやリビアやシリアにおける体制転覆工作では、平和的なデモ、それを暴力集団が乗っ取り、暴力行為で治安当局を挑発、戦乱という流れだった。暴力行為には銃撃が含まれ、一般市民も犠牲になっている。イランでも似た手口が使われているようだ。

こうした工作を隠すために使われるタグが「民主化」や「人権」。西側の有力メディアがプロパガンダの主力になることは言うまでもないが、1990年代以降、「人権擁護団体」が重要な役割を果たしてきた。イランでもHRW(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)が登場、その事務局長は政府支持派のデモの写真を抗議活動の様子を撮影したものだとしてツイートしている。









2011年にバーレーンで撮影された映像をイランにおける30万人のデモだとツイッターで伝えられたことを本ブログでも紹介したが、これまでもアメリカの侵略作戦にとって都合の良い偽情報は伝えられてきた。こうした偽情報を信じれば、支配者が定めた枠組みの中で民主化や人権を擁護している気持ちになれる。

1990年8月にイラク軍がクェートへ軍事侵攻した。石油採掘をめぐる対立がこじれてのことだ。イラクのサダム・フセインが軍事力の行使を決断した一因はアメリカ政府がイラク軍のクウェート侵攻を容認するかのようなメッセージを出していたことにあるのだが、これは罠の可能性があるとPLOのヤセル・アラファト議長やヨルダンのフセイン国王は警告していた。そうした意見をフセインは無視したわけだ。この時も偽情報が流されている。

イラク軍がクウェートへ攻め込んだ2カ月後、アメリカ下院の人権会議で「ナイラ」なる少女がイラク軍の残虐性を涙ながらに告発、アメリカで好戦的な雰囲気を高めることに成功した。この「告発劇」はPR会社のヒル・アンド・ノールトンが演出したもので、主演の少女はアメリカ駐在クウェート大使の娘。つまり、彼女は戦争を目撃していない。彼女の話は嘘だった。そして1991年1月にアメリカ軍を中心に編成された連合軍がイラクを攻撃する。

1991年12月にソ連が消滅した直後、92年2月に国防総省のDPG草案という形でネオコンは世界制覇プランを作成した。これは本ブログで何度も書いてきたことだ。ボリス・エリツィンが大統領になったロシアはアメリカの属国。ネオコンはアメリカが唯一の超大国になったと認識、自立した姿勢を崩そうとしない体制や潜在的なライバルを潰そうとする。手始めのターゲットにされたのがユーゴスラビアだ。

1992年の段階で西側の有力メディアはユーゴスラビアを悪魔化して描くプロパガンダを開始している。そうした中、最も「活躍」したひとりがニューズデイのヨーロッパ支局長だったロイ・ガットマン。ボスニアで16歳の女性が3名のセルビア兵にレイプされたと書いているが、彼は現地を取材していない。ヤドランカ・シゲリというクロアチアの与党HDZ(クロアチア民主団)の副党首に聞いた話を垂れ流したのだ。

ガットマンの記事が発表されるとセルビア人によるレイプという話は西側で売れ筋のテーマとなり、多くのマスメディア関係者が現地を訪れている。そうしたひとり、アレクサンドラ・スティグルマイアーはボスニア・ヘルツェゴビナで実態を調べ始めるが、西側が望むような事実は見つけられなかった。

レイプ証言を映像化しようと現地入りしたフリーランスのジャーナリスト、マーティン・レットマイアーもガットマンたちが伝えた話を裏付ける事実を見つけられない。レイプ現場とされた場所にはセルビア人警察官の未亡人が住む小さな家があるだけで、あるはずのスタジアムはなかった。セルビアの収容所でレイプされ、妊娠した女性で混雑しているとされた病院を取材したところ、スタッフは過去7ヶ月の間にレイプで妊娠した患者は3名だけだと語る。

事実を重視したジャーナリストは西側の有力メディアから相手にされず、偽情報を流したガットマンは脚光を浴び、1993年にピューリッツァー賞を贈られている。シゲリは人権問題のヒロインとなり、1996年にはジョージ・ソロスと近い関係にあることで知られているHRWは彼女を主役にしたドキュメント映画を制作している。

ちなみに、当時の状況について、ICRC(赤十字国際委員会)はガットマンたちとは違うことを言っている。つまり、戦争では全ての勢力が「不適切な行為」を行っているが、セルビア人による組織的なレイプが行われた証拠はないというのだ。(Diana Johnstone, "Fools' Crusade," Monthly Review Press, 2002)

情報をコントロールし、人々を操ろうというプロジェクトをアメリカ支配層は第2次世界大戦後から始めている。モッキンバードだ。その中心人物はアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムだった。

この4名は金融界との関係が深い。ダレスとウィズナーはウォール街の弁護士であり、ヘルムズの母方の祖父は国際決済銀行の頭取だった人物。グラハムの妻、キャサリンの父親は世界銀行の総裁である。

モッキンバードが始まった頃、アメリカ支配層は破壊工作(テロ活動)を目的とした秘密機関のOPC(政策調整局)を設置している。局長に選ばれたのはアレン・ダレスの側近だったフランク・ウィズナー。この点だけでもテロ活動とプロパガンダが密接な関係にあることがわかる。

OPCの機関のベースになったジェドバラは大戦の終盤、米英の特殊工作機関、つまりイギリスのSOE(特殊作戦執行部)とアメリカの戦時情報機関OSS(戦略事務局)によって編成されている。OPCは1950年10月にCIAと合流、翌年1月にアレン・ダレスがCIA副長官になる。そして1952年8月にOPCを中心にして計画局(The Directorate of Plans)が編成された。そこが行った秘密工作の一端が1970年代に議会で明らかにされ、1973年3月に名称は作戦局(The Directorate of Operations)へ変更される。2005年に組織が手直しされ、現在はNCS(国家秘密局)として活動している。






最終更新日  2018.01.05 09:34:13

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