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《櫻井ジャーナル》

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2018.02.15
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朝鮮に対し、アメリカは「鼻血を流す」程度の先制攻撃を計画しているという話が流れている。核兵器を開発していることが攻撃を目論む理由だということになっているが、アメリカは核兵器を保有しているからといって攻撃することはない。そのうえ、アメリカにとって朝鮮は東アジアを不安定化する上で重要な国だ。ジャーナリストのF・ウィリアム・イングダールによると、CIAの幹部でエール大学時代からジョージ・H・W・ブッシュと親しかったジェームズ・R・リリーは、​もし朝鮮が存在しなかったなら、東アジアに第7艦隊を置いておくためにそうした国を作る必要があった​と彼に語ったという。

ところで、現在、核兵器を保有していると言われている国は9カ国ある。アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、そして朝鮮。アメリカの情報機関で分析を担当していた人物によると、日本が核兵器を開発中だとCIAは確信している。核弾頭を保有している可能性も否定はできない。

第2次世界大戦、日本でも核兵器の開発が進められていたことが知られている。理化学研究所の仁科芳雄を中心とした陸軍の二号研究と海軍が京都帝大と検討していたF研究だ。陸軍は福島県石川郡でのウラン採掘を決め、海軍は上海の闇市場で130キログラムの2酸化ウランを手に入れて1944年には濃縮実験を始めたという。

1945年に入るとドイツは約540キログラムの2酸化ウランを潜水艦(U234)で運ぼうとしたが、アメリカの軍艦に拿捕されてしまう。日本側は知らなかったようだが、アドルフ・ヒトラーの側近だったマルチン・ボルマンは潜水艦の艦長に対し、アメリカの東海岸へ向かい、そこで2酸化ウランを含む積み荷をアメリカ海軍へ引き渡すように命令していたという。このUボートに乗り込んでいた日本人士官は自殺、積み荷はアメリカのオーク・リッジ国立研究所へ運ばれたとされている。(Simon Dunstan & Gerrard Williams, “Grey Wolf,” Sterling, 2011)

戦後、1964年に中国が初めて核実験を実施すると、佐藤栄作政権は核武装への道を模索(Seymour M. Hersh, “The Price of Power”, Summit Books, 1983)、65年に佐藤首相がアメリカを訪問してリンドン・ジョンソン大統領と会談した際、「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えている。(NHK「“核”を求めた日本」2010年10月3日)

CIAなどが核兵器開発の中心になっていると疑っていた「動力炉・核燃料開発事業団(現在は日本原子力研究開発機構)」が設立されたのは1967年のこと。1969年に日本政府は西ドイツ政府と核兵器に関して秘密裏に協議、この年に成立したリチャード・ニクソン政権で大統領補佐官に就任したヘンリー・キッシンジャーは彼のスタッフに対し、日本もイスラエルと同じように核武装をすべきだと語っていたという。(Seymour M. Hersh, “The Samson Option,” Random House, 1991)

ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、東電福島第一原発で炉心がメルトダウンするという過酷事故を引き起こした2011年3月当時、日本には約70トンの核兵器級プルトニウムを蓄積していたという。そうした状況を生み出す大きな節目になったのが1987年のアメリカにおける予算。

1972年からアメリカではCRBR(クリンチ・リバー増殖炉)計画が進められていたのだが、77年に大統領となったジミー・カーターの政策で計画は中止になる。1981年から大統領を務めたロナルド・レーガンはこの計画を復活させるが、87年に議会は予算を打ち切ってしまう。

そこで登場してくるのが日本の電力会社。その際、日本側から核兵器に関する技術を要求、それは受け入れられた。中でも日本人が最も欲しがっていたサバンナ・リバーにある高性能プルトニウム分離装置に関する技術も入手する。小型遠心抽出機など関連する機器は東海再処理工場のRETF(リサイクル機器試験施設)へ送られている。この施設では高速増殖炉の使用済み核燃料を再処理し、兵器級プルトニウムを取り出すことが可能。また日本から毎年何十人もの科学者たちがクリンチ・リバー計画の関連施設を訪れ、ハンフォードとサバンナ・リバーの施設へ入っている。

ところで、1945年4月に急死したフランクリン・ルーズベルト大統領の後任として副大統領から昇格したハリー・トルーマンは中国に国民党政権を樹立するつもりだったが、大方の予想を裏切る形でコミュニストが勝利してしまう。1949年1月に解放軍は北京に無血入城、コミュニストの指導部も北京に入りし、5月には上海を支配下においた。

中華人民共和国が成立するのはその年の10月だが、そのときに天安門広場でコミュニストの幹部を一気に暗殺し、偽装帰順という形で各地に配置した軍隊に蜂起させて中国を制圧しようという計画があった。

この計画は失敗に終わるが、翌年の1950年3月にアメリカの破壊工作(テロ)部隊のOPCと国民党軍がビルマ(現在のミャンマー)の一部を占領、その年の6月に朝鮮戦争が勃発した。

実は、戦争勃発の3日前、アレン・ダレスの兄であるジョン・フォスター・ダレスが朝鮮半島から日本へわたり、吉田茂と会談した後にニューズウィーク誌の東京支局長だったコンプトン・パケナムの家で夕食会に参加している。日本側から出席したのは大蔵省の渡辺武、宮内省の松平康昌、国家地方警察企画課長の海原治、外務省の沢田廉三だ。

そして1950年10月にOPCはCIAに吸収され、51年1月にはアレン・ダレスが破壊活動担当の副長官としてCIAへ入る。1952年8月にOPCを中心に計画局が設置され、53年2月にダレスはCIA長官に就任した。その間、1951年4月にCIAの顧問団に率いられた国民党軍約2000名が中国へ軍事侵攻、一時は片馬(ケンマ)を占領した。翌年の8月にも国民党軍は中国に侵攻して国境から約100キロメートルほど進んだが、この時も人民解放軍の反撃で失敗に終わった。その後もアメリカは中国支配を目論んでいる。

中国との関係修復に乗り出したリチャード・ニクソン大統領はスキャンダルで失脚、1980年代に中国は新自由主義を導入してアメリカ支配層の影響下に入ったと見られていたが、ネオコンの世界制覇プランを見てロシアへ接近、今では戦略的パートナーになった。アメリカは基軸通貨を発行する特権で支配システムを維持している国だが、その特権が中国とロシアによって揺さぶられている。

世界の覇者になるという1992年2月に立てられた計画に執着するアメリカの支配層としては、中国とロシアを屈服させるか破壊するしかない。ソ連の消滅とロシアの属国化を受けてネオコンは1992年の計画を立てたのだが、21世紀に入ってロシアは独立した。それでも軍事力で脅せば屈服する、アメリカが軍事力を行使してもロシアや中国は出てこないという前提でネオコンは動いた。1991年1月にアメリカ軍を主力とする軍隊がイラクを攻撃したが、その際にソ連軍が出てこなかったことから、そうした考えを持つようになったようだ。

その後、2003年3月にアメリカ主導軍はイラクを先制攻撃、サダム・フセインを排除しているが、この時もロシアは出てこなかった。そして2008年8月にアメリカやイスラエルを後ろ盾とするジョージア(グルジア)が南オセチアを奇襲攻撃する。この時もロシア軍は出てこないと思ったのだろうが、実際は猛烈な反撃でジョージア軍は粉砕された。おそらくそれ以上にアメリカの好戦派がショックを受けたのが2015年9月のシリアへのロシア軍の介入。しかもアメリカが思っていたより兵器の能力がかなり高かった。

朝鮮半島では中国がアメリカに対し、朝鮮への先制攻撃は許さないと警告している。「鼻血を流す」程度なら大丈夫だというのはアメリカ側の希望的観測。現実はそうした推測通りに展開してこなかったが、ネオコンは最初の思い込みから逃れられないようだ。韓国政府が軍事的な緊張を緩和させようと動いているのは当然。そうしたことに異を唱える隣人がいるとするならば、その人は正気でないのだろう。







最終更新日  2018.02.15 04:09:33

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