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《櫻井ジャーナル》

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2018.10.13
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 アメリカで中間選挙の投票日が近づく中、​フェイスブックは500ページ、251アカウントを削除​、​批判​されている。削除されたアカウントの中には有力メディアの偽情報を指摘してきたものも含まれ、私企業による言論統制にほかならない。この検閲にはNSC(国家安全保障会議)でサイバー問題の責任者を務めた経験があるナサニエル・グレイチャーが加わり、ツイッターも同調している。




 フェイスブック、ツイッター、グーグル、ユーチューブといったインターネットの巨大企業はNSAやCIAといったアメリカの情報機関と連携していることが知られている。NSAはイギリスの電子情報機関GCHQとUKUSA(ユクザ)を編成、そこにはカナダ、オーストラリア、ニュージーランドのアングロ・サクソン系諸国の情報機関も参加している。この5機関の中心は言うまでもなくNSAとGCHQで、他の3機関はその下で活動、各国政府を監視する役割も担っている。

 アメリカでは1970年代に入って情報機関による秘密工作が問題になり、75年1月には上院で「情報活動に関する政府工作を調査する特別委員会」が、その翌月には下院で「情報特別委員会」が設置された。委員長は上院がフランク・チャーチ、下院がルシアン・ネッツィ(後にオーティス・パイクへ変更)だったことから、それぞれチャーチ委員会、パイク委員会と呼ばれている。日本では1973年3月に聴聞会がスタートした上院外交委員会の多国籍企業小委員会をチャーチ委員会と呼ぶが、これは日本独特の風習。

 アメリカの巨大金融資本は第2次世界大戦後、情報をコントロールするためにモッキンバードと呼ばれるプロジェクトを始動させた。その中心にはアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、そしてフィリップ・グラハムがいた。

 ダレスはOSS(戦略事務局)とCIA(中央情報局)で中心的な役割を果たし、ウィズナーはダレスの側近として破壊活動を指揮していた。このふたりはOSS長官だったウィリアム・ドノバンと同様、ウォール街の弁護士。ヘルムズは母方の祖父がBIS(国際決済銀行)の初代頭取、そしてグラハムの義理の父は世界銀行の初代総裁。

 ワシントン・ポスト紙はウォーターゲート事件でリチャード・ニクソン大統領を辞任に追い込んだが、その取材で中心になったのはカール・バーンスタインとボブ・ウッドワード。同紙へ入る少し前までウッドワードはONI(海軍情報局)の将校で、ジャーナリストとしては素人に近かった。「ディープスロート」という情報源を連れてきたのはウッドワードだったが、取材は事実上、バーンスタインが行ったと言われている。

 そのバーンスタインは1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、ローリング・ストーン誌に「CIAとメディア」という記事を書いている。CIAが有力メディアをコントロールしている実態を暴露したのだ。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)

 当時のメディアには気骨ある記者や編集者がいて統制の間隙を縫って権力犯罪を明らかにしていたが、CIAと有力メディアが連携していたことも事実なのだ。議会の委員会もこうした事実を知っていたが、記者、編集者、発行人、あるいは放送局の重役から事情を聞いていない。当時のCIA長官、つまりウィリアム・コルビーやジョージ・H・W・ブッシュたちから調査をやめるように働きかけられたことが影響したと言われている。

 それでも議会や一部ジャーナリストの調査を懸念した支配層は報道統制を強化するためにメディア支配の規制を緩和、アメリカでは1983年には50社が90%のメディアを所有していたのに対し、2011年になると90%を6社が支配している。それでも検閲しきれなかったインターネットに対する統制を始めたわけだ。ウィキリークスやアレックス・ジョーンズに対する言論弾圧はその序章だったと言えるだろう。







最終更新日  2018.10.13 09:15:20

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