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《櫻井ジャーナル》

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2018.11.08
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 イスタンブールのサウジアラビア領事館で殺されたと見られている​ジャマル・カショーギの言動はイスラエルの会社NSOグループが開発したスパイウェアー、ペガサスによって監視されていたとエドワード・スノーデンは11月6日に語った​。ペガサスが組み込まれていたと見られているのは、カナダに住むカショーギの友人が使っているスマートフォン。その携帯電話でサウジアラビアの政治や彼らのプロジェクトについて話し合っていたという。

 NSOの創設者はイスラエルの電子情報機関8200部隊(ISNU)の出身。私企業を起こす「元隊員」が少ないないのだが、それらの実態は8200部隊と関係の深いフロント企業だと見られている。アメリカでも1970年代後半からCIAは議会の監視の目を避けるために「民営化」を推進してきた。

 8200部隊と緊密な関係にあるアメリカのNSAやイギリスのGCHQ、つまりUKUSAは全ての通話を傍受、記録していると言われているので、カショーギや彼の友人たちの通話だけでなく、サウジアラビア政府側の通話も傍受していたはず。つまり、UKUSAはカショーギ殺害を予測できたはずだということだ。

 1970年代のアメリカ議会では、上院のチャーチ委員会や下院のパイク委員会が情報機関の秘密工作を追及していた。現在の議会は当時と違って支配層の完全なコントロール下にあるが、それでも民営化の流れは止まっていない。それだけメリットが大きいということだろう。

 1976年にはフランス、サウジアラビア、エジプト、モロッコ、そして王政時代のイランの情報機関がサファリ・クラブなる集合体を形成している。これもアメリカ議会による調査に対抗することが目的で、実際に主導権を握っていたのはCIA。そこで第2のCIAとも呼ばれた。CIAとサファリ・クラブとの連絡係を務めていたシオドア・シャックレーは後のアメリカ大統領、ジョージ・H・W・ブッシュと親しく、1980年代に発覚したイラン・コントラ事件でも名前が浮上する。なお、このクラブにはジャマル・カダフィの伯父、アドナン・カショギも参加していた。

 アメリカはでは1974年にリチャード・ニクソンが大統領を辞任、副大統領だったジェラルド・フォードが昇格、デタント派が粛清され、ネオコンが台頭している。そうした中、CIAの秘密工作の一端を議会で明らかにしたウィリアム・コルビーCIA長官は解任され、引き継いだのはジョージ・H・W・ブッシュ。この人物はエール大学でCIAにリクルートされ、秘密工作で指導的な立場にいた可能性が高い。

 1991年までのどこかの時点でブッシュやシャックレーを含むCIA人脈はソ連の情報機関だったKGBの中枢と結びついたと見られている。両機関を結びつけたのはイスラエルのモサドで、実際に動いていたのはイギリスのミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと1985年までアメリカの上院議員だったジョン・タワー。

 1989年にタワーは国防長官に指名されるが、スキャンダルで実現しなかった。手続きの途中でイスラエルのスリーパーだということが発覚したことが原因だと言われている。このタワーは1991年4月に飛行機事故で死亡した。その7カ月後にはマクスウェルの死体がカナリア諸島沖で発見された。この年の12月にソ連が消滅している。

 アメリカの情報機関はグーグルやフェイスブックといったインターネット関連の巨大企業やコンピュータ関連の会社と緊密な関係にあり、情報の収集や分析に協力している。その情報機関は私企業化が進んでいるわけで、強大な私的権力が形成されつつあるとも言えるだろう。

 その私的権力に含まれる​フェイスブックはアメリカの中間選挙を前に、ページとアカウントの大規模な削除を実施​した。ターゲットの中には有力メディアのフェイク・ニュースを明らかにしていた人びとも含まれている。この私的権力による検閲にはNSC(国家安全保障会議)でサイバー問題の責任者を務めた経験があるナサニエル・グレイチャーが加わっている。

 強大な私的権力が国をも支配するシステム、それはファシズムにほかならない。







最終更新日  2018.11.08 12:00:06



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