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《櫻井ジャーナル》

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2018.12.25
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 アメリカのジェームズ・マティス国防長官はアメリカ軍をシリアから撤退させる命令書に署名したという。ドナルド・トランプ大統領はトルコ軍が残されたダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)を殲滅すると語っている。

 トランプ政権の内部にも今回の決定に反発している人は少なくない。そのひとりがマティス長官だ。12月23日にはフランスのエマニュエル・マクロン大統領もトランプの撤退命令を非難している。アメリカほどではないが、フランスやイギリスの軍隊もシリア領内に軍隊を侵入させ、軍事基地を建設している。そこからフランスは撤退しないということだろう。イギリスも居座りそうだ。

 イギリスとフランスのサイクス・ピコ協定のコンビである。第1次世界大戦の最中、イギリスとフランスはオスマン帝国の領土分割などを決め、途中でロシアを引き込む。この協定が締結されたのは1916年。この当時、イギリスはロシアの帝政を崩壊させる工作を進めていた。

 1917年3月の二月革命(ロシアで使われていた旧暦では2月)で成立した臨時革命政府の中心は産業資本家で、その背後にはイギリスがいた。社会革命党からこの政府へ法務大臣として入閣したアレキサンドル・ケレンスキーはイギリスと関係が深かったと言われている。この年の7月にケレンスキーは首相に就任、戦争の継続を図るが、これはイギリスの意向に沿うものだ。

 アメリカ軍の穴を埋める形でサウジアラビア、アラブ首長国連邦、スーダンなどがシリアへ軍隊を送り込むとも中東では報道されている。新たな侵略軍だが、シリア軍やロシア軍が領土の奪還作戦を本格化させたなら、ひとたまりもないだろう。

 ジハード傭兵の主力はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団で、その主要な供給源はサウジアラビア。シリアに侵攻させる部隊を傭兵から正規軍に交代させるというようにも見える。

 ジハード傭兵の移動は2011年10月にリビアでムアンマル・アル・カダフィ政権がNATO軍とアル・カイダ系のLIFGに倒された後にも見られた。そのときの移動先はシリア。

 侵略軍であるジハード傭兵は2012年5月にシリアのホムスで住民を虐殺するが、西側の政府や有力メディアはその責任を政府軍に負わせた。

 その虐殺を現地に入って調べた2012年5月、シリア北部ホムスで住民が虐殺された際、西側の政府やメディアは政府軍が実行したと宣伝していたが、現地を調査した東方カトリックのフランス人司教はその話を否定する。虐殺を実行したのは政府軍と戦っているサラフィ主義者や外国人傭兵だというのだ。

 その報告はローマ教皇庁の通信社が伝えている。その司教によると、「​もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。​」とその司教は書いている。その報告から6年。司教の発言は今でも生きている。

 先日、スーダンのオマル・アル-バシール大統領がシリアを訪問してバシャール・アル・アサド大統領と会談しているので、軍隊を派遣するとしても友好的なものになるのだろうが、サウジアラビアやアラブ首長国連邦は違うだろう。サウジアラビアはアメリカやイスラエルと「三国同盟」を形成している。

 すでにダーイッシュやアル・カイダ系武装集団、つまりジハード傭兵の幹部はアメリカ軍がヘリコプターなどで救出している。アフガニスタンなどへ運んだと伝えられているが、北アフリカ、シナイ半島のエジプト領、アゼルバイジャンへ移動させているともいう。







最終更新日  2018.12.25 02:36:15

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