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《櫻井ジャーナル》

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2019.06.03
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 ​ビルダーバーグ・グループの会議​がスイスのモントルーにあるホテル・フェアモント・ル・モントルー・パレスで5月30日から6月2日にかけて開かれた。テーマには安定した戦略的秩序、中国、ロシア、資本主義の未来、Brexit(英国のEU離脱)、ソーシャル・メディアの武器化、サイバーの脅威といったものが含まれている。資本主義に基づく自分たちの支配システムが中国やロシアによって脅かされているという認識が見える。

 1954年に創設されたこのグループはアメリカ支配層とヨーロッパ支配層の利害調整機関と見られ、会合の参加者をチェックするとアメリカ大統領選挙の行方を予測できるとも言われている。

 2015年6月にオーストリアで開かれた会合にジム・メッシナというヒラリー・クリントンの旧友が出席したことから次期大統領はヒラリーに内定したと噂され、実際、2016年の大統領選挙では途中までヒラリーが勝つと予測されていた。

 その後、ウィキリークスが公表したヒラリー・クリントン関連の電子メールの中に、2015年5月の時点で民主党幹部たちがヒラリー・クリントンを候補者にすると決めていたことを示唆しているものも含まれている。これはバーニー・サンダースの支持者を怒らせた。

 第2次世界大戦の前からアメリカやイギリスの支配層の内部にはヨーロッパを統合しようという動きがあり、1948年にはACUEが設立された。その主要メンバーにはアメリカの金融資本の代理人で情報機関を動かしていたウィリアム・ドノバンやアレン・ダレス、イギリスの金融資本と強く結びついている首相経験者のウィンストン・チャーチルたちが含まれていた。

 ビルダーバーグ・グループはACUEの下部機関で、その創設者としてオランダ女王の夫、ベルンハルト殿下やユセフ・レッティンゲルが名を連ねている。レッティンゲルは戦前からヨーロッパをイエズス会の指導の下で統一しようと活動、大戦中はロンドンへ亡命していたポーランドのウラジスラフ・シコルスキー将軍の側近だった。


 1973年5月にスウェーデンで開かれた秘密会議でアメリカとイギリスの代表が400%の原油値上げを要求、オイル・ショックにつながったとサウジアラビアのファイサル国王の腹心で石油鉱物資源相を務めた​シェイク・ヤマニはオブザーバー紙の記者に語っている​。この秘密会議はビルダーバーグ・グループの会合だった。1973年5月11日から13日にかけてスウェーデンで開かれている。


 ヤマニによると、ファイサル国王は価格の高騰が代替エネルギー源の開発を刺激、石油ビジネスにとって良くないと考えていた。そこでヤマニをイランのパーレビ国王の下へ派遣したのだが、そこで「なぜ原油価格の値上げに君たちは反対するのだ?そう願っているのか?ヘンリー・キッシンジャーに聞いてみろ、値上げを望んでいるのは彼なんだ」とパーレビから言われたという。

 石油相場がお急騰した直接的な原因は1973年10月の第4次中東戦争。戦争勃発から10日後、OPECに加盟するペルシャ湾岸の6カ国が原油の公示価格を1バーレルあたり3.01ドルから5.12ドルへ引き上げると発表している。

 この戦争はエジプト軍の奇襲攻撃で始まり、イスラエルは窮地に陥った。ヘンリー・キッシンジャーはエジプトのアンワール・サダト大統領をアラブ世界の英雄に仕立て上げると同時にイスラエルへ和平交渉に応じるようプレッシャーをかけようとしたとされているのだが、石油相場を急騰させることもシナリオに含まれていたはずだ。

 当初、戦争はキッシンジャーの思惑通りに進むが、これを懸念する声が国防長官や統合参謀本部議長などから出てくる。そして統合参謀本部ではイスラエルを助ける方法を検討するが、キッシンジャーは妨害したという。後にネオコンの中心的な存在になるリチャード・パールやポール・ウォルフォウィッツはキッシンジャーの動きに激怒している。(Len Colodny & Tom Shachtman, “The Forty Years War,” Harper, 2009)

 その結果、アメリカ国内の石油産業やイギリスの北海油田が利益を生むという結果ももたらされ、1974年にはアメリカ政府がサウジアラビアと石油取引に関する協定を結ぶ。

 その協定によって石油取引の決済はドルに限定され、石油を求める国々はドルを集めて産油国へ支払うことになる。産油国に集まったドルはアメリカ財務省証券や高額兵器の購入などでアメリカへ還流、その代償としてアメリカ政府はサウジアラビアと油田地帯を軍事的に保護し、支配一族の地位を永久に保障することになった。別の産油国とも基本的に同じ内容の取り決めをアメリカは結んだとされている。この仕組みがいわゆるペトロダラーだ。おそらく日本ともドル還流の取り決めがあるだろう。

 ドルを還流させる仕組みができると、アメリカはドルを発行し、物を買うという無限ループの恩恵に浴すことになる。この仕組みが崩れると、ドルは「軍票」と化す。

 こうした仕組みを導入した背景にはアメリカ経済の破綻がある。そのため、1971年8月にリチャード・ニクソン大統領はドルと金の交換を停止すると発表せざるをえなかった。国際収支の赤字で金の流出が止まらなかったのである。

 ペトロダラーの仕組みを作り上げることに成功したアメリカだが、不安材料はあった。ファイサル国王はPLO議長だったヤセル・アラファトの後ろ盾的な存在で、アメリカと一線を画していた。

 その不安材料は1975年3月に排除される。国王の執務室で甥のファイサル・ビン・ムサイドに射殺されたのだ。ビン・ムサイドはクウェートのアブドル・ムタレブ・カジミ石油相の随行員として現場にいたという。この暗殺犯はアメリカでモサドの操り人形にされていたことが判明している。







最終更新日  2019.06.03 15:27:15



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