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《櫻井ジャーナル》

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2019.09.12
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 9月11日には歴史の節目になる出来事が引き起こされた。アメリカ国内の刑務所化を加速させ、中東など国外で侵略戦争を本格化させた2001年の攻撃がひとつだが、1973年9月11日にも節目になる出来事があった。チリのサルバドール・アジェンデ政権をリチャード・ニクソン政権は軍事クーデターで倒したのだが、この体制転覆は新自由主義を世界へ広める突破口として利用されたのである。

 チリを含むラテン・アメリカはヨーロッパに富をもたらしてきた。侵略の対象になり、略奪されてきたのだ。11世紀から15世紀にかけて「十字軍」と称するヨーロッパの軍事組織は中東を侵略したが、15世紀から17世紀にかけての期間はヨーロッパの支配層は海賊として世界を荒らし回っている。

 ラテン・アメリカに到達した海賊は1521年にアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪う。この略奪を指揮していたのがエルナン・コルテスだ。インカ帝国(現在のペルー周辺)ではフランシスコ・ピサロが侵略、金、銀、エメラルドなどを略奪。1533年にインカ帝国を滅ぼされた。

 ヨーロッパの海賊は貴金属製品を盗んだだけでなく、先住民を使って鉱山開発も行った。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山だろう。18世紀までにポトシ銀山だけで15万トンが運び出されたとされているが、実態は不明である。そうした財宝はヨーロッパに富をもたらし、支配力の源泉を提供することになった。

 当初、ラテン・アメリカを支配したのはポルトガルやスペインのようなラテン系の国だが、19世紀の終盤になると北アメリカの侵略が一段落したアメリカの支配層が南に矛先を向けた。

 アメリカが南を侵略する切っ掛けになったのが1898年2月15日の出来事。キューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインが爆沈したのだ。アメリカはスペインが爆破したと主張、宣戦布告して米西戦争が始まる。ウィリアム・マッキンリー大統領は戦争を回避しようとしていたが、海軍次官補だったシオドア・ルーズベルトが独断で戦争へアメリカを向かわせたという。この戦争に勝利したアメリカはスペインにキューバの独立を認めさせ、プエルトリコ、グアム、フィリピンを買収することになり、ハワイも支配下においた。

 それ以降、ラテン・アメリカはアメリカを拠点とする巨大資本の植民地になるのだが、第2次世界大戦後、この地域でも独立国が生まれる。それを潰すのがCIAの破壊工作部門の仕事のひとつ。チリもそのターゲットになった。

 アジェンデは巨大資本の活動を制限し、労働者の権利を認める政策を掲げ、大統領に選ばれた。アメリカは選挙に介入するのだが、それでもアジェンデは1970年の大統領選挙で勝利したのである。

 CIAはアジェンデ政権を倒すためにチリ軍を使ったが、この軍隊が最初から反アジェンデだったわけではない。チリ軍参謀総長だったレネ・シュネイデルは憲法遵守の立場だった。そこでCIAは1970年10月にシュネイデルを暗殺、それと同時にアメリカの金融機関やIBRD(世界銀行)はチリへの融資を停止して経済面から揺さぶりをかけている。1972年9月には労働組合がストライキを敢行、社会を不安定化させていく。そうしたときのため、CIAは労働組合をコントロール下におくわけだ。

 軍事クーデターで実験を握ったピノチェトはアメリカ巨大資本のカネ儲けに邪魔な人びとを誘拐し、相当数が殺害された。サンチアゴの国立競技場は「拷問キャンプ」と化したと言われている。

 このクーデターで巨大資本に盾突く勢力は潰滅、ピノチェト体制は新自由主義を導入する。シカゴ大学のミルトン・フリードマン教授のマネタリズムに基づき、大企業/富裕層を優遇する政策を実施したのだ。

 この政策はイギリスのマーガレット・サッチャーが導入した後、世界へ広がっていく。そのひとつの結果が富の集中。一部の人が巨万の富を手に入れる一方、大多数の人びとは貧困化して社会は崩壊していくわけだ。19世紀なら侵略と略奪で国内の安定を図ることもできたが、そうした手法は限界に達している。







最終更新日  2019.09.12 15:33:20

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