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《櫻井ジャーナル》

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2020.01.06
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 イラク議会は1月5日、イラク国内に駐留している外国の軍隊は国外へ出るように求める決議を採択した。アメリカ軍やその同盟国の軍隊は出て行けということだ。

 これはイラク国内で言われてきたことだが、イラクを公式訪問したコッズ軍のガーセム・ソレイマーニー司令官をアメリカ軍が空港で暗殺したことで議会の決議になったと言える。空港の安全を守ることはアメリカ軍に課せられた義務だった。

 2006年5月から14年9月までイラクの首相を務めたノウリ・アル・マリキもアメリカを批判しつづけてきた。

 マリキ政権は遅くとも2011年の段階でジハード傭兵の動きを懸念、アメリカ政府に対してF-16戦闘機を供給するように要請し、契約している。ところが戦闘機は納入されず、新たな支援要請も断られてしまう。ヘリコプターの部品なども手に入らなくなったという。

 そこでマリキ政権は2013年6月、ロシアに支援を要請して受け入れられ、数日のうちに5機のSu-25近接航空支援機がイラクへ運び込まれた。

 その2013年にマリキはアメリカから、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)の部隊がシリアとイラクの国境沿いに集結していることを示す航空写真などの情報を示されたとしている。

 その年にアメリカの政府や有力メディアはシリアが化学兵器を使ったと宣伝している。前年、つまり2012年8月にバラク・オバマ大統領は、シリアに対する直接的な直接的な軍事介入のレッド・ラインを生物化学兵器の使用だとしていたが、同じ月にアメリカ軍の情報機関DIAはオバマ政権にとって都合の悪い事実を報告している。

 リビアでアメリカ/NATO軍がアル・カイダ系武装集団と連携、その武装集団がムアンマル・アル・カダフィ体制を崩壊させた後、NATO軍は戦闘員と武器/兵器をシリアへ移動させていた。

 そうした報道に対し、オバマ大統領は「穏健派」を支援しているのだと主張していたが、​DIAはサラフィ主義者やムスリム同胞団が反シリア政府軍の主力だと指摘していた​。その反政府軍としてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだと指摘されていた)だともしていた。

 アメリカ政府は2013年にリビアと同じように軍事介入する予定で、その口実に化学兵器話を使おうとしたのだが、化学兵器を使用したのは、そうした反政府軍だとする調査報告も相次いだ。

 2014年1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国が宣言され、6月に攻勢をかける。この際にトヨタ製の真新しい小型トラック「ハイラックス」を連ねた「パレード」を行い、その様子を撮影した写真が配信されて名前は世界に売られた。

 2013年の段階でアメリカ側はシリアとイラクの国境沿いに武装集団が集結していることを把握していたわけで、14年の動きも知っていたはず。何しろ、アメリカの情報機関や軍は衛星や航空機による偵察、通信傍受、人間による情報活動などで常に情報を収集し、分析している。

 こうした展開になることを2012年の段階でDIAから警告されていたオバマ政権がダーイッシュを攻撃するはずはなかったとも言える。その当時、DIA局長だったマイケル・フリン中将が言っていたように、ダーイッシュによるシリア東部からイラク西部にかけての地域の占領はオバマ政権の政策だった。

 2014年4月にはイラクで議会選挙があり、マリキを党首とする法治国家連合が勝利したが、マリキは選挙前の3月、反政府勢力へ資金を提供しているとしてサウジアラビアやカタールを批判、その一方でロシアへ接近していた。

 通常ならマリキが首相を続けたはずだが、アメリカはこの人物を好ましくないと判断したようで、首相選定に介入する。マリキは外され、ハイデル・アル・アバディが選ばれた。

 ところが、アバディになってもアメリカに対する批判はイラクから消えない。そうした反米感情を恫喝で抑え込んできたのがアメリカだが、ソレイマーニーの暗殺でアメリカはレッド・ラインを超えてしまった可能性がある。

 






最終更新日  2020.01.06 13:56:37



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