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《櫻井ジャーナル》

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2020.05.15
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 マイケル・フリン元国家安全保障補佐官に対する全ての起訴を取り下げるとアメリカ司法省は5月7日に発表した。地方判事のエメット・サリバンはその決定を保留するよう5月12日に命じたが、アメリカ支配層内の権力抗争で力関係に変化が出てきているのかもしれない。

 ドナルド・トランプは2016年の大統領選挙でロシアとの関係修復を訴えて当選した。バラク・オバマ政権が進めていたロシアとの関係を悪化させ、軍事的な緊張を高める政策を否定したのだが、トランプの外交政策を作成するにあたってフリンは重要な役割を果たしていたと言われている。

 2009年1月にアメリカ大統領となったオバマは翌年8月にPSD-11を出し、ムスリム同胞団を主力とする体制転覆プロジェクトを始める。オバマ政権ではロッキード・マーチンの代理人と呼ばれていたヒラリー・クリントンが国務長官に就任するが、その側近中の側近と言われたヒューマ・アベディンはムスリム同胞団と密接な関係にあった。

 PSD-11は「アラブの春」という形になって現れ、2010年12月にチュニジアで政権が転覆、11年2月にはリビア、3月にはシリアで戦争が勃発する。いずれもムスリム同胞団が中心的な役割を果たしていた。

 欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めていたウェズリー・クラークによると、1991年の段階で彼はイラク、シリア、イランを殲滅すると語っていた。(​ココ​や​ココ​)

 その年の12月にソ連が消滅させるが、そうした展開を見通し、アメリカは唯一の超大国として好き勝手に動けると考えてのことだ。潜在的ライバルの中国やEUを潰すだけでなく、旧ソ連圏の復活を阻止、エネルギー資源を支配しようと考え、世界を制覇するための詰めの戦争を始めようとしていたのだ。1990年代に日本の体制が大きく揺らいだのもアメリカの戦略が影響している。

 詰めの戦争を始める口実に使われたのが2001年9月11日に引き起こされた攻撃(いわゆる9/11)。ニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのだが、その犯人を「アル・カイダ」だとジョージ・W・ブッシュ政権は詳しい調査もせずに断定、その攻撃とは無関係のイラクを先制攻撃したのだ。

 イラクを攻撃してサダム・フセイン体制を倒し、破壊と殺戮を繰り広げたが、イラクに出現した政権は国民の意思を反映してイランとの関係を強めていく。これはアメリカ支配層にとって好ましくない。そうした情況を打開するため、オバマ政権はムスリム同胞団を中心とするジハード傭兵を使うことにしたのだ。

 9/11から数週間後、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺で攻撃予定国リストが作成された。そこにはウォルフォウィッツが挙げていたイラク、シリア、イランのほかレバノン、ソマリア、スーダン、そしてリビアが載っていたという。

 リビアも資源国だが、それ以上に重要だったのはムアンマル・アル・カダフィ体制の経済政策。欧米の支配システムから抜け出せないアフリカ大陸の国々を自立させるため、カダフィはアフリカ独自の通貨を導入しようとしていた。金貨ディナールだ。

 アフリカが自立した場合、イギリスやフランスは大きなダメージを受け、破綻する可能性も小さくない。少なくとも支配システムは崩れるだろう。リビア侵略にイギリスとフランスがアメリカ以上に熱心だったのはそのためだ。(つづく)







最終更新日  2020.05.15 20:00:06



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