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《櫻井ジャーナル》

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2020.07.31
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 ​アメリカの国防総省はドイツに駐留しているアメリカ軍3万4500名の中から1万2000名を引き上げる​ようだ。6月の段階では9500名を削減すると言われていたが、人数が増えている。1万2000名のうち約6400名はアメリカへ帰還させるが、約5400名はヨーロッパの別の国へ移動させるという。ポーランド政府はドイツから引き揚げるアメリカ軍を受け入れる用意があると表明している。ただ、これまでもドナルド・トランプ大統領は部隊の撤退を口にしながら実現しなかったことがあり、実際に引き上げるのかどうかは不明確だとする見方もある。

 トランプ大統領はアメリカ軍がヨーロッパに駐留している理由を防衛のためだとしているが、本ブログでは繰り返し書いてきたように、ソ連/ロシアを締め上げることのほか、西ヨーロッパを支配することが主な目的。それをトランプは理解していないのかもしれない。

 西ヨーロッパ各国にはアメリカを後ろ盾とする勢力が存在、そうした勢力を使ってコントロールしてきたのだが
、21世紀に入ってからEUとアメリカの利害が衝突し始めている。ドイツをはじめとするEUの国々は安定したエネルギー資源の供給源としてロシアとの関係を強めようとしてきたのだが、それを嫌うアメリカの支配者はさまざまな妨害をしてきた。2014年2月のウクライナにおけるクーデターもそうした工作のひとつである。パイプラインの多くがウクライナを通過しているからだ。

 2015年にはロシアからEUへバルト海経由で天然ガスを運ぶ新たなパイプライン、ノード・ストリーム2の建設が合意された。2012年にはノード・ストリームと呼ばれるパイプラインが稼働しているのだが、それに並行する形で建設している。

 アメリカの意向を受けてポーランドはノード・ストリーム2の建設を妨害してきたものの、止まらない。そこでアメリカ政府は建設に参加している企業を直接脅して作業を中断させたが、遅れが出るだけだと見られている。

 アメリカ軍はNATO軍の一部としてヨーロッパに駐留しているのだが、このNATOは1949年に創設された。ソ連に対抗することが目的だとされたが、その当時のソ連はドイツとの死闘で疲弊、西ヨーロッパに攻め込む能力はなかった。

 イギリスの長期戦略に基づいてソ連を締め上げ、ふたつの大戦で弱体化して米英の属国と化したヨーロッパ諸国が自立することを防ぎたかったのだろう。

 第2次世界大戦でナチスが支配するドイツと西ヨーロッパで戦っていたレジスタンスはコミュニストが主力。そのレジスタンス対策としてアメリカとイギリスの情報機関はジェドバラというゲリラ戦用の組織を編成した。

 しかし、レジスタンスの活動が活発だったフランスやイタリアではコミュニストを支持する人が多く、そのコミュニストの影響力を弱めることはイギリスやアメリカの支配者にとって急を要した。

 ジェドバラの人脈は戦後も生き続け、アメリカ国内では軍の特殊部隊やCIAの秘密工作部門で核になる。西ヨーロッパではNATO参加国の内部で秘密部隊を作り、そのネットワークはCCWU(西側連合秘密委員会)、後にCPC(秘密計画委員会)が指揮する。その下部組織として1957年に設置されたのがACC(連合軍秘密委員会)。その下にNATOの秘密ネットワークが存在している。

 秘密部隊としてはイタリアのグラディオが有名だが、フランスで1961年に創設された反ド・ゴール派の秘密組織OAS(秘密軍事機構)もその人脈に属していた。こうした人脈が存在することは1947年6月にフランスの内務大臣だったエドアル・ドプが指摘している。

 OASは1961年4月にスペインのマドリッドで秘密会議を開き、クーデターについて話し合っている。アルジェリアの主要都市を制圧した後でパリを制圧するという計画だ。

 CIAに支援を受け、4月22日にクーデターは実行に移されるのだが、大統領になったばかりのジョン・F・ケネディはジェームズ・ガビン駐仏大使に対し、必要なあらゆる支援をする用意があるとド・ゴールへ伝えるように命じた。アルジェリアにいるクーデター軍がパリへ侵攻してきたならアメリカ軍を投入するということだ。CIAは驚愕、クーデターは4日間で崩壊した。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

 その後、ド・ゴール大統領はフランスの情報機関SDECEの長官を解任し、そのグループの暴力装置だった第11ショック・パラシュート大隊を解散させた。

 OASは1962年に休戦を宣言するが、それに納得しないジャン=マリー・バスチャン=チリー大佐に率いられた一派は同年8月22日にパリで大統領の暗殺を試みるが、失敗。暗殺計画に加わったメンバーは9月にパリで逮捕された。全員に死刑判決が言い渡されたが、実際に処刑されたのはバスチャン=チリー大佐だけだ。

 この暗殺未遂から4年後の1966年にフランス軍はNATOの軍事機構から離脱、翌年にはSHAPE(欧州連合軍最高司令部)をパリを追い出している。フランスがNATOの軍事機構へ一部復帰すると宣言したのはソ連消滅から4年後の1995年。NATOへの完全復帰は2009年だ。

 アメリカは唯一の超大国で刃向かうことはできないとその頃までは考えられていたのだが、ウラジミル・プーチンが大統領になってからロシアが曲がりなりにも自立に成功、状況は変化した。そこでネオコンなどアメリカ支配層の一部はロシア潰しに躍起なのだが、成功しているとは思えない。







最終更新日  2020.07.31 09:07:42



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