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《櫻井ジャーナル》

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2022.05.17
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 アメリカのジョー・バイデン政権やイギリスのボリス・ジョンソン政権はウクライナでの戦闘を長引かせようとしている。​4月9日にジョンソン英首相がキエフを訪れた直後、ロシア政府とウクライナ政府の停戦交渉が止まり​、ウォロディミル・ゼレンスキー政権が好戦的になったのはそのためだろう。

 アメリカ政府がウクライナで戦争を始めたのは2013年11月のことだが、その前に1990年代から始まった旧ソ連圏の制圧作戦があった。その作戦の背景には19世紀から続くイギリス支配層の長期戦略がある。

 ソ連消滅後、ロシアは弱体化したこともあって自重していた。それを見てネオコンをはじめとするアメリカの好戦派はつけ上がり、世界各地を侵略、今、その矛先をロシアや中国に向けている。アメリカに対して厳しく対応しなかったロシアを批判する人がアメリカにいるのはそのためだ。

 イギリスの支配層がロシアの制圧を目指して南コーカサスや中央アジア戦争を始めたのは19世紀のこと。いわゆる「グレート・ゲーム」だ。これを進化させ、理論化したのがイギリスの地理学者、ハルフォード・マッキンダー。ユーラシア大陸の周辺部を海軍力で支配し、内陸部を締め上げるという戦略だ。

 これをアメリカの支配層は踏襲、ロシアを中心として作られたソ連がターゲットになる。ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」やズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」はその理論が基盤になっている。ブレジンスキーはジミー・カーター大統領の国家安全保障補佐官を務めていたが、次のロナルド・レーガン政権も引き継ぐ。

 レーガンは大統領に就任した翌年の6月、ローマ教皇庁の図書館でヨハネ・パウロ2世とふたりで会い、ポーランドや東ヨーロッパについて話し合った。そしてソ連の解体を早める秘密キャンペーンを実行することで合意する。その目的を「神聖ローマ帝国」の復興と表現する人もいた。(Carl Bernstein, “The Holy Alliance,” TIME, Feb. 24, 1992)

 そして1984年、ユーゴスラビアを経済的に破綻させる目的でレーガン大統領はNSDD133に署名した。しかも西側支配層にとって都合の良いことに、ソ連では1985年に西側を信仰しているミハイル・ゴルバチョフが最高指導者に就任した。







 1986年2月にはフィリピンのフェルディナンド・マルコスをアメリカ軍が拉致して国外へ連れ出した。その黒幕はポール・ウォルフォウィッツだと言われている。この作戦はマルコスがコントロールしていた財宝が関係していると言われている。

 フィリピンでマルコスが実権を握れたのは資金力があったからだが、その資金は日本軍が隠した財宝の一部を掘り出すことで手に入れたと言われている。マルコスはイメルダ・ロムアルデスと結婚したが、この女性を紹介したアメリカ軍の情報将校は財宝に関する詳しい情報を持っていたというのだ。その将校の上官だったエドワード・ランズデールは後にCIAの幹部として様々な秘密工作を指揮、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺でも名前が出てきた。

 レーガン政権で副大統領だったジョージ・H・W・ブッシュは1989年に大統領となり、ソ連を破壊することでマーガレット・サッチャー英首相と合意する。そのソ連の大統領だったゴルバチョフを91年7月にロンドンで開催されたG7首脳会談に招待、そこで新自由主義の導入を求めた。

 しかし、ゴルバチョフはその要求を拒否。同年8月に「クーデター未遂」があり、それが切っ掛けになって実権を失う。そして西側支配層の操り人形だったボリス・エリツィンが実権を握り、ソ連を解体へと導くことになった。エリツィンは12月にベラルーシのベロベーシで勝手にソ連の解体を決めたのだ。

 こうした動きはソ連国民の意思を反映したものではなかった。例えば1991年3月にロシアと8つの共和国で行われた国民投票では、76.4%がソ連の存続を望んでいた。国民投票が実施された共和国の人口はソ連全体の93%で、ソ連全体の意思だと思って構わないだろう。(Stephen F. Cohen, “Soviet Fates and Lost Alternatives,” Columbia University Press, 2009)

 ゴルバチョフがソ連の最高指導者になる頃までにCIAのOBグループはKGB中枢の腐敗グループを仲間に引き込んでいたとされている。KGBグループには1982年から88にかけてKGB議長を務めたビクトル・チェブリコフ、KGBの頭脳と呼ばれたフィリップ・ボブコフなどが含まれていたという。

 KGBの幹部はCIAのOBグループに買収されたわけだが、その買収資金としてマルコスが管理していた財宝が使われたと言われている。そしてソ連を破壊することに成功したのだが、このクーデターは「ハンマー作戦」と名付けられている。

 クーデターが最終段階に入った頃、ゴスバンク(旧ソ連の国立中央銀行)に保管されていた金塊2000トンから3000トンが400トンに減っているという報告が頭取から議会にあった。残りは行方不明だという。

 ソ連の消滅を受け、ディック・チェイニー国防長官やポール・ウォルフォウィッツ国防次官を含むネオコンはアメリカが「唯一の超大国」になったと認識、どのようなことでも好き勝手にできる時代になったと信じた。そうした単独行動主義を危険だと考えてネオコンと対立したジョージ・H・W・ブッシュ大統領は再選されず、1993年1月からビル・クリントンが大統領になる。

 クリントン大統領はスキャンダル攻勢で苦しんだが、ユーゴスラビアへの軍事侵攻に消極的だった。その流れが大きく変化したのは国務長官がウォーレン・クリストファーからマデリーン・オルブライトへ交代した1997年に1月からだ。

 1998年4月にアメリカ上院はソ連との約束を無視してNATOの拡大を承認、その年の秋にオルブライト国務長官はユーゴスラビア空爆を支持すると表明、99年3月にアメリカ/NATO軍はユーゴスラビアを先制攻撃。その際にスロボダン・ミロシェヴィッチ大統領の自宅を破壊し、中国大使館を爆撃している。この時からNATOは旧ソ連圏を侵食していった。そしてアメリカとイギリスはウクライナを支配地にしようとしている。それが不可能ならウクライナを「石器時代」にしようとするだろう・・・リビアのように。







最終更新日  2022.05.17 00:00:07



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