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7月10日は参議院議員選挙の投票日だったが、日本にはアメリカの支配層が警戒するような政党は存在しない。筋金入りのネオコンで「ランボー」と呼ばれるラーム・エマニュエル駐日米国大使から「民主主義の模範を示した」と言われるほど情けない国だということだ。 しかし、世界ではアメリカの独裁体制に対する反乱が始まっている。ラテン・アメリカではアメリカの傀儡体制が倒れて民主主義体制が復活しているほか、ヨーロッパで権力バランスが変化していると言えるだろう。 イギリスではジョー・バイデン米大統領と連携してロシアや中国との戦争を推し進めてきたボリス・ジョンソン首相が辞任、フランスでは6月の議会選挙でエマニュエル・マクロン大統領の与党「LREM」は345議席から245議席へ減らす大敗を喫し、左翼が集結した「不服従のフランス」は67議席増やして131議席へ、マリーヌ・ル・ペンが率いる「国民連合」は7議席から89議席へ増やしている。 バイデンは大統領に就任して早々、ルビコンを渡った。1992年2月に打ち出した世界制覇プランを実現するため、ロシアや中国に対して「超限戦」を始めたのである。反ロシア感情が強い東ヨーロッパ系の勢力はロシアやソ連の打倒を重視している一方、経済が急成長している中国を重視する勢力もいるが、これは順番の問題にすぎない。いずれも最終的にはロシアと中国を潰そうとしている。 ユーラシア大陸の沿岸部を支配し、内陸部を締め上げ、最終的にはロシアを制圧するという世界制覇プランをイギリスが立てたのは19世紀のことである。それをまとめ、1904年に「歴史における地理的要件」というタイトルで発表したのがイギリスの地理学者で地政学の父とも言われるハルフォード・マッキンダーである。 そうした戦略を実際に始めたイギリスの支配グループは優生学を信奉していた。そうしたグループのひとりがセシル・ローズ。彼は1877年にフリーメーソンへ入会、その直後に『信仰告白』を書いた。アングロ・サクソンは最も優秀な人種であり、その居住地が広がれば広がるほど人類にとって良いことだと彼はその中で主張している。領土を拡大して大英帝国を繁栄させることは自分たちの義務であり、領土の拡大はアングロ・サクソンが増えることを意味するとしている。(Cecil Rhodes, “Confession of Faith,” 1877) ローズの仲間にはナサニエル・ド・ロスチャイルド、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット、アルフレッド・ミルナー、サリスバリー卿(ロバート・ガスコン-セシル)、ローズベリー卿(アーチボルド・プリムローズ)がいる。 ミルナーは1854年にドイツで生まれ、オックスフォードで学んでいる。大学時代の友人に経済学者のアーノルド・トインビーがいた。歴史学者として有名なアーノルド・J・トインビーは彼の甥だ。 ローズたちの戦略はアメリカに引き継がれ、ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」やズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」もマッキンダーの理論に基づいている。 1991年12月にソ連が消滅、アングロ・サクソンの長期戦略はほぼ達成されたと少なからぬ人は考えたようだ。そして1992年2月、国防総省のDPG(国防計画指針)草案として世界制覇プランを作成した。アメリカの国防次官だったポール・ウォルフォウィッツが中心になって書き上げられたことから「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 アメリカの世界支配を確たるものにするため、潜在的なライバルを潰すともしている。西ヨーロッパ、東アジア、旧ソ連圏、南西アジアがライバルに成長しないように全力を挙げ、力の源泉であるエネルギー資源を支配、アメリカ主導の新秩序を築き上げるというビジョンだ。その潜在的ライバルには日本も含まれていることを日本人は理解しているのだろうか? しかし、このプランを危険だと考える人は支配層の内部にもいた。例えばジョージ・H・W・ブッシュ大統領、ブレント・スコウクロフト国家安全保障補佐官、ジェームズ・ベーカー国務長官など。ドクトリンが有力メディアにプランの内容がリークされたのも、そうした背景があるのだろう。ブッシュ大統領は再選されなかった。 その後、ビル・クリントンが大統領になるが、この人物も当初はウォルフォゥイッツ・ドクトリンを実行しようとしなかった。有力メディアがユーゴスラビアへの軍事侵攻を煽っていたが、動こうとしなかったのだ。 ネオコンからスキャンダル攻撃を受けていたクリントンが方針を変えるのは第2期目に入り、国務長官がクリストファー・ウォーレンからマデリーン・オルブライトへ交代してから。オルブライトはコロンビア大学でズビグネフ・ブレジンスキーから学んだ人物で、ヒラリー・クリントンと親しいという。ブレジンスキーはポーランド出身、オルブライトはチェコスロバキア出身で、いずれも反ロシア感情が強い。 ジョージ・ケナンは1998年5月、NATOの拡大がロシアを新たな冷戦に向かわせると警告したが、アメリカ/NATOは1999年3月にユーゴスラビアを先制攻撃、5月には中国大使館を爆撃した。空爆したのはB2爆撃機で、目標を設定したのはCIA。アメリカ政府は「誤爆」だと弁明しているが、3機のミサイルが別々の方向から大使館の主要部分に直撃していることもあり、中国側は「計画的な爆撃」だと主張している。 その翌年のアメリカ大統領選挙でネオコンに担がれたジョージ・W・ブッシュが選ばれ、2001年1月に大統領となってからウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づく政策を推進していく。そして2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、ネオコンがホワイトハウスで主導権を握る。そしてブッシュ・ジュニア政権はアフガニスタン、そしてイラクで戦争を始めた。 ところが、ネオコンが想定していなかったことがロシアで起こる。ウラジミル・プーチンを中心とするグループが曲がりなりにも再独立させてしまったのだ。ネオコンは軌道修正せず、ロシアを再び従属国にしようとする。 そして登場してくるのがバラク・オバマ。ムスリム同胞団を中心とする武装勢力を使ってリビアやシリアの体制を転覆させようとする。リビアでは成功したが、シリアでは失敗した。続いてウクライナではネオ・ナチを使ってクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ大統領を排除した。そしてドンバスの戦争が始まる。2014年のことだ。 その後、アメリカやその従属国はウクライナのクーデター体制へ兵器を供給、兵士を訓練して戦力の増強を図ってきた。そして今年3月にドンバスを攻撃、ロシア語系住民を「浄化」する計画だったことを示す文書や情報があるが、その前にロシア軍が介入してきた。 そして現在、ウクライナのクーデター体制は苦境に陥り、アメリカに従属してきたEUは崩壊しそうな雲行きだ。そうした中、イギリスで政権が交代、フランスでは与党が選挙で惨敗した。アメリカのプランに従って中国と戦争する準備を進めている日本では変化が見られない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.07.11 11:22:27
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