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ロシア軍のウクライナに対する攻撃が激しくなっている。これまでウラジミル・プーチン露大統領はドナルド・トランプ米大統領との話し合いで戦争を終結させることを諦めたようだ。 ここにきてロシア軍はキエフなどでUMPK(統合滑空補正モジュール)を装着したFAB-3000を使ったという。この爆弾には高性能炸薬が充填され、強固な陣地や地下壕の破壊、厳重に防衛された地域への攻撃などで使われる。ここにきてロシア軍はNATOの将兵がいる司令部なども攻撃するようになった。 ウクライナでロシア軍が戦っている相手はNATO軍にほかならないのだが、その始まりは1991年1月20日にクリミアでクリミア自治ソビエト社会主義共和国再建の是非を問う住民投票だと言えるだろう。その投票では94.3%が賛成、承認された。ところがそれを西側諸国は無視するのだが、その半年後にウクライナの最高会議で独立宣言法が採択されると承認したのだ。 ロシアに親戚がいるウクライナ国民は多く、独立に合理性はなかったのだが、欧米諸国はウクライナを欲しがった。西側の私的権力に操られていたボリス・エリツィン大統領は1991年12月8日、ゲンナジー・ブルブリス、ウクライナのウクライナのレオニード・クラフチュク大統領、ビトルド・フォキン首相、ベラルーシのソビエト最高会議で議長を務めていたスタニスラフ・シュシケビッチとバツァスラフ・ケビッチ首相をベロベーシの森に集めて秘密会議を開いた。そこで彼らは国民に諮ることなくソ連からの離脱を決め、ソ連は消滅する。ロシアとウクライナは行政区画の問題ではなく、国の問題になった。 独立してもウクライナの東部や南部に多いロシア系住民は西側への従属に反対、彼らに支持されたビクトル・ヤヌコビッチは2004年の大統領選挙で勝利、大統領に就任しそうになる。それを妨害するため、西側が仕掛けたのが「オレンジ革命」だ。その結果、新自由主義者 ネオコンはウクライナでビクトル・ヤヌコビッチが大統領に就任することを阻止するため、2004から05年にかけて「オレンジ革命」を仕掛け、金融界出身でIMFなどから支援されていたビクトル・ユシチェンコを大統領に据える。彼が推進した新自由主義的な政策は国民の大半を貧困化させ、人気は急速に低下した。 そのため、2010年の大統領選挙ではヤヌコビッチが勝利、その政権を倒すためにバラク・オバマ政権は2014年2月にキエフでクーデターを成功させ、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を暴力的に倒したのだが、ロシア文化圏である東部や南部の住民はクーデターを拒否、クリミアはロシアと一体化する道を選び、東部のドンバス(ドネツクとルガンスク)では武装抵抗が始まった。この時にプーチン政権が動かなかったことを批判する人が西側にもいる。 オバマ大統領はロシアとの関係を悪化させる政策を進め、2016年のアメリカ大統領選挙でヒラリー・クリントンがドナルド・トランプに敗れると、外交官を含むロシア人35名を追放した。その一方で、民主党全国委員会(DNC)はCIAやFBIと共同でロシア政府がアメリカの大統領に介入したとするロシアゲート事件をでっち上げ、反トランプ宣伝を開始した。 その宣伝もあり、次の選挙でトランプはオバマ政権で副大統領を務めていたジョー・バイデンに敗れるのだが、このバイデンは大統領に就任するとプーチン大統領を人殺し呼ばわりし、ロシアとの戦争へ向かう。そうした政策に少なからぬアメリカ国民が反発、次の選挙でトランプが勝利するのだが、第2期目のトランプはロシアとの戦争を継続、イスラエルの命令に従ってイランを攻撃している。 ソ連消滅後、西側を支配する私的権力は存在意義がなくなったずのNATOを東へ拡大させるが、これは本ブログで繰り返し書いてきたように新たなバルバロッサ作戦にほかならない。 ナチに支配されたドイツがバルバロッサ作戦を実行した頃にウィンストン・チャーチル英首相の軍事首席補佐官を務めたヘイスティングス・イスメイ第2次世界大戦後、初代NATO事務総長に就任、NATO創設の目的について、ソ連をヨーロッパから締め出し、アメリカを引き入れ、ドイツを押さえつけることにあるとしていた。ソ連消滅後、NATOはイギリスで19世紀に作られた長期戦略に従い、ロシア征服を目指す。 西側を支配する私的権力の中心はシティとウォール街、つまり米英金融資本だが、その米英金融資本はナチのスポンサーだったことが明らかになっている。彼らは1932年のアメリカ大統領選挙でニューディール派を率いるフランクリン・ルーズベルトが当選すると、ニューディール派を排除するためにクーデターを計画している。この計画の前に立ちはだかり、潰したのはスメドリー・バトラー退役海兵隊少将だ。この金融資本は明治維新以降、日本の政治経済にも大きな影響力を持っている。 バルバロッサ作戦でソ連へ攻め込んだドイツ軍は西側が手薄になっていたのだが、そこでドイツ軍と戦っていたのは事実上、レジスタンスだけ。後にフランス大統領になるシャルル・ド・ゴールはレジスタンスの一員だった。 アメリカの情報機関でCIAの前身であるOSSはイギリスのSOE(特殊作戦執行部)と共同で、レジスタンスを抑え込むためにゲリラ戦部隊のジェドバラを1944年に編成した。なお、SOEは第2次世界大戦後、対外情報機関MI6と一体化する。アメリカでは大戦後、そのメンバーが破壊工作組織OPC(のちにCIAの秘密工作部門)や軍の特殊部隊へ入った。 また、NATO内部に組織された破壊工作部隊ネットワークにもジェドバラ人脈が入っている。そのネットワークの中で最も活発に活動したグラディオはイタリアの組織。NATOが誕生するとネットワークはその中へ入り込み、1951年からCPC(秘密計画委員会)の下で活動するようになる。1957年にはCPCの下部組織としてACC(連合軍秘密委員会)が創設された。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005) 1961年に反ド・ゴール派で組織されたフランスのOAS(秘密軍事機構)もジェドバラ人脈と関係していた。この軍事機構はアルジェリアの独立に反対、フランスの情報機関SDECEや第11ショック・パラシュート大隊と結びついていた。 OASは1961年4月12日にスペインのマドリッドで秘密会議を開き、アルジェリアでのクーデター計画について討議。会議にはCIAの人間も参加していた。その計画とは、アルジェリアの主要都市、アルジェ、オラン、そしてコンスタンチンの支配を宣言した後でパリを制圧するというもの。計画の中心には1960年6月から61年2月まで中央欧州連合軍司令官(CINCENT)を務めていたモーリス・シャレをはじめとする4名の将軍がいた。 1961年4月22日にクーデターは実行に移されるのだが、その直前、アメリカではCIAと軍の好戦派が主導してキューバ侵攻作戦を実行していた。そうした中、ジョン・F・ケネディ大統領はジェームズ・ガビン駐仏大使に対し、必要なあらゆる支援をする用意があるとド・ゴールへ伝えるように命じている。アルジェリアにいるクーデター軍がパリへ侵攻してきたならアメリカ軍を投入するということを意味していると理解された。アメリカの好戦派はケネディ大統領をコントロールできず、クーデターは4日間で崩壊した。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015) フランスの治安機関は1961年から犯罪組織のメンバーをスパイとしてOASへ潜入させ、62年1月にはこの機構の幹部が逮捕され、その5カ月後にOASは休戦を宣言する。(Henrik Kruger, “The Great Heroin Coup (2nd),” Trine Day, 2015) しかし、この決定に従わないグループも存在した。ジャン-マリー・バスチャン-チリー大佐に率いられた一派で、1962年8月22日にパリでド・ゴール大統領の暗殺を試み、失敗。暗殺計画に加わった人間は9月にパリで逮捕され、全員に死刑判決が言い渡されたが、実際に処刑されたのはバスチャン-チリー大佐だけだった。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005) ド・ゴール大統領はポール・グロッシンSDECE長官を解任、第11ショック・パラシュート大隊を解散させたが、グロッシンはOPCの初代局長でアレン・ダレスの側近、つまり破壊工作人脈の中心的な存在だったフランク・ウィズナーと親しい。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015) アレン・ダレスCIA長官を解任したケネディ大統領は1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺された。ド・ゴール大統領暗殺未遂とケネディ暗殺の背後にはパーミンデックスなる会社が存在、ケネディ大統領暗殺を捜査していたニューオリンズのジム・ギャリソンは、同社の理事を務めていたクレイ・ショーを逮捕している。その逮捕に対する反発は凄まじかった。 ド・ゴール大統領は1966年にフランス軍をNATOの軍事機構から離脱させ、翌年にはSHAPE(欧州連合軍最高司令部)をパリから追い出す。SHAPEはベルギーのモンス近郊へ移動した。ド・ゴールはNATOの危険性を認識していた。フランスがNATOへ復帰するのはニコラ・サルコジの時代になってからだ。そのNATOは現在、ロシアと戦争状態にある。 *********************************************** 【櫻井ジャーナル(note)】 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.07.16 02:17:46
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