2019.04.04

新しい「元号」は現在の日本社会を反映している

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 自民党の有力議員、石破茂元幹事長でさえ「令和」に「違和感がある」と語ったという。「『令』の字の意味について国民が納得してもらえるよう説明する努力をしなければならない」と語っているようだが、この字に問題があることは間違いない。

 東京大学史料編纂所の本郷和人教授も「令」を問題にする。(AbemaTV/『けやきヒルズ)

 第1に、「『令』は上から下に何か『命令』する時に使う字。国民一人ひとりが自発的に活躍するという説明の趣旨とは異なるのではないか」という点。

 第2に、「巧言令色鮮し仁」という故事を引き合いに出している。「巧言令色」は儒教で最も大切な概念である仁(現在の愛に相当)の欠けた行為だということだ。これを連想させるという。

 その上で本郷教授は「令和」を「中世の人に読ませると『人に命令して仲良くさせる』とな」り、「どうも自発的な感覚ではなくなってしまう」と指摘している。

 最終案には「令和」のほか、「英弘」、「広至」、「万和」「万保」「久化」が残っていたという。「令和」を選んだ場合に「令」が問題になることは予想できたであろう。それにもかかわらず「令和」を選んだ・・・・・のではなく、「令」を入れることがあらかじめ決まっていた可能性もある。

 どのような過程を経て選ばれたのかは不明だが、「令」が安倍晋三を象徴する漢字だとは言える。安倍政権は嘘をつき、議論を避け、強引に新自由主義的な政策を推進してきた。話し合いではなく命令で物事を決めてきたと言える。庶民を主権者だと考えているとは思えない。

 なぜ安倍政権はそうした強引な政権運営ができるのか。この政権には逆らえない強さがあると言う人もいるが、総理大臣という地位がそうした力を生み出しているわけではない。鳩山由紀夫政権を見れば、その脆弱さは明らかだろう。安倍自身にそうした力があるようには思えず、彼の背後に強大な権力が存在していると考えるのが自然だ。

 本ブログでは繰り返し書いてきたが、安倍の祖父に当たる岸信介は第2次世界大戦で日本が敗北する前からウォール街の大物と昵懇にしていた。その祖父を尊敬しているという安倍が岸と同じ道を歩こうとしても不思議ではない。

 安倍政権は戦争の準備を着々と進めているが、その一方で日本経済を破壊した。数字を見る限り、日本はアメリカに次ぐ貧富の差の激しい国になっている。

 その一方、日本をアメリカの戦争マシーンへ組み込んできた。そうした政策の推進を宣言するような​講演を彼は2013年9月にハドソン研究所で行っている​。このときに彼は日本を「積極的平和主義の国」にすると語っているが、これは「令和」に通じるだろう。

 ハドソン研究所はネオコン系シンクタンクとして有名。2013年の講演はハーマン・カーン賞の受賞を記念してのものだが、演壇に登る前に記念品を渡したのはネオコンの大物でポール・ウォルフォウィッツの教え子であるI・ルイス・リビー。この研究所の上級副所長だ。安倍がハドソン研究所で講演したのはこのときだけではない。

 1992年2月、ウォルフォウィッツがジョージ・H・W・ブッシュ政権で国防次官を務めていたとき、DPG草案という形で世界制覇プランを作成した。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンだが、その作成にリビーも協力している。

 このグループの下で安倍のような日本人を操っているのがジョセフ・ナイ、リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーン、パトリック・クローニンたちだ。

 安倍はこの支配システムの末端にいるのだが、そのことで強大な権力を持っているように見える。が、実際の権力は海の彼方に存在する。その権力者は世界を支配し、富を独占しようとしている。

 マクス・ウェーバーによると、宗教改革の際に魂の救済は神が予め定めているとする教えが広がった。善行は無駄だということでもある。

 キリスト教世界で最も影響力を持っている文書はヨハネの黙示録だと言われている。しかも原著者でなく、後に加筆した人物の記述。田川健三によると、その加筆した人物は狂信的なユダヤ民族主義者で、ユダヤ民族以外はすべて殺しつくさるべしと繰り返し、世界中の異邦人が滅ぼしつくされ、殺しつくされ、ユダヤ人、あるいはユダヤ主義キリスト信者のみ救われることを願っている。(田川健三訳著『新約聖書 訳と註 第七巻』作品社、2017年)実際、キリスト教の影響下にある欧米諸国は侵略、破壊、殺戮、略奪を繰り返してきた。

 新自由主義の根底にはそうした価値観があり、それは世界に広がった。日本も例外ではなく、社会に浸透している。2月18日に警視庁が逮捕(東京地検は不起訴)した大林組に務める男性社員は就職活動をしていた女子大学生に猥褻な行為をしたという。3月26日に逮捕された住友商事の「元」社員は女子大生の宿泊先であるホテルにおいて猥褻な行為をしたのだという。

 いずれも​就職活動をしているという弱みにつけ込んでの行為​で、ある種の「特権」を社員は持っていた。弱い立場の人間には何をしてもかまわない、「役得」だと考えていたのかもしれないが、それは新自由主義の基本原理だ。

 昨年(2018年)12月8日にAKS傘下の「アイドルグループ」NGT48でメンバーがオートロックのマンション内にある自室へ入ろうとした時に男性ふたりに襲われ、顔をつかまれ、押し倒されそうになったという事件があった。

 AKSは一貫してこの事件をもみ消そうとしている。その背景にはメンバーの弱みにつけ込み、あるいは弱みを握り、自分たちの様々な欲望を満たそうとしていた疑いがあるのだが、就職活動の際に不適切な行為を迫られる学生とメンバーは似た状況におかれていると言えるだろう。

 NGT48のケースは被害者がインターネットで告発したことで発覚した。人によっては「波風を起こした」と被害者を批判する。勿論、事件があった以上「正常な状態」ではないのだが、表面的に静かなら「正常」だと考える人がいることも確か。波風が立ったら早く「収束」させろとも言う。こうした指示を「もみ消せ」と解釈する人がいても不思議ではない。

 これが逆の立場だったら、つまり権力を握っている人びとにとって都合の悪い人物が相手なら、やってもいない事件をでっち上げて抹殺するだろう。実際、そうしたことはある。

 「令和」という「元号」はそうした現在の日本社会を反映しているように見える。






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最終更新日  2019.04.04 00:00:22