2019/08/06(火)21:12
コンドルの系譜 第九話(939) 碧海の彼方
アンドレスの返答に、トゥパク・アマルは研ぎ澄まされた面差しを思慮深くさせて、「そうか」と、短く答える。
「だが、恐らく、アレッチェ殿は、この砦から脱してはおるまい。
この砦を見捨てて、一人、逃走するような男ではない」
そうしている間にも、二人の腕は、絶え間なく敵勢と戦い続けている。
眼前で、また一人、己の手に掛かって床に崩れゆく敵兵の姿を目の端に捉えながら、アンドレスは、不意に、如何ともしがたい強い不安が突き上げてくるのを感じていた。
彼は、剣を手にしたまま、トゥパク・アマルの顔を見上げた。
長身のアンドレスよりも、トゥパク・アマルは、さらに頭一つ分は軽く身の丈がある。
「トゥパク・アマル様、くれぐれもお気を付けください。
こうして、アレッチェが、俺たちをここまで砦内でやりたい放題に野放しにしておいたのは、トゥパク・アマル様を砦内に誘(おび)き寄せるための罠だったのかもしれません…!」
突如、己の身内に沸き起こった不安を止めることができず、そのままを言葉にしながら、アンドレスは、不吉な予感に背筋が寒くなるのを覚えていた。
他方、トゥパク・アマルは、激しく剣を振いながらも、まだ平静な息遣いを保ったまま、物思わし気に答える。
「いや、そなたが申すように、アレッチェ殿がわたしを砦に呼び寄せるための罠にしては、あまりにスペイン兵の犠牲を出しすぎている。
これほど多勢のインカ側の援軍が砦に雪崩れ込めば、砦が危機に瀕することは、あの者とて承知していたはず。
彼に打つ手があったのならば、我らを砦に到達させぬための防衛策を、もっと早々に実行していたはずだ」
「では、アレッチェも、此度は為す術も無く、どこかに身を潜めて静観するしかなかったと?」
絞り出すようなアンドレスの言葉に、トゥパク・アマルも、「あの者が考えることは、わたしにも計り知れぬ。油断できぬことだけは確かだが」と、眉根を寄せた。
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
若くして剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。◆◇◆◇◆ホームページ(本館)へのご案内◆◇◆◇◆ ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)