2019/07/28(日)22:45
コンドルの系譜 第十話(79) 遥かなる虹の民
己の投げかけた話題に、僅かながらも相手が反応を返してきたことに、トゥパク・アマルは目の色を和らげる。
それからすぐに、申し訳なさそうに、まぶたを伏せた。
「すまぬ。
アンドレスの旅の行き先や、その目的については、今は、まだ言えぬのだ。
その他の詳しいことも、まだ伝えられぬ。
頼み事だけしておいて、しかるべき説明をせぬという非礼をどうか許してほしい。
なれど、首尾よくいけば、そなたにとっても益することになるはずだ」
「……どういうことだ?
このわたしにも益することがある、だと?
おまえの言っていることは、まるで分からぬ。
持って回った言い方はやめろ」
怒気を含んだアレッチェの険しい眼光が、再び見開かれたトゥパク・アマルの漆黒の瞳を貫いた。
そんなアレッチェの視線を受け留め、ただ黙って微笑するトゥパク・アマルの面差しは、穏便に相手を宥(なだ)めているようでもあり、その一方で、妙に意味ありげな謎めいたものにも見える。
暫しの静寂の後、トゥパク・アマルが、またゆっくりと口を開いた。
「いずれにしても、もしヨハン殿の同行を許可して頂き、もし彼が無事に辿り着けたならば、かの地を踏みしめる最初のスペイン人となるであろう」
「借り物の兵にもかかわらず、『もし無事に』辿り着けたならなどと……、ぬけぬけとよく言えたものだな」
アレッチェは蔑(さげす)みに満ちた口調で、そう吐き捨て、チッと露骨に舌を鳴らす。
そして、あからさまに目をそむけ、無感情に言い放った。
「ヨハンであろうが、誰であろうが、勝手にしろ。
どうせ、この砦に囲われているスペイン兵は、皆、おまえの捕虜だ」
それに対して、トゥパク・アマルは、今に至っても未だそのような言い方をするのかというように少し眉根を寄せ、それから、静謐(せいひつ)ながらも厳然たる口調で応ずる。
「まずは、ヨハン殿の件、了承して頂き感謝する。
だが、今のそなたの言葉、一言、訂正させてもらいたい。
わたしは砦に運び込まれたスペイン軍の負傷兵たちを捕虜などとは思っていない。
スペイン兵であろと、英国兵であろうと、負傷して武器をとれぬ者たちは、もはや敵ではなく、同朋にも等しきひとりの人間だ。
そうした者たちに治療を施すのは当然であろう?」
「……――クッ、クッ、クッ。
そう息巻くな。
おまえのその言葉は、この反乱期を通して、聞き飽きるほど聞かされてきた。
だからこそ、わたしも、おまえに何度も教えてやっているのだ。
おまえのしていることは、取り返しがつかぬほど手ぬるい上に、致命的なほど愚かしいとな」
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!
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