「そなたの身柄と引き換えに、捕虜として囚われているインカ軍の兵たちの解放を、副王に願い出るつもりだ」
「な…に……?
このわたしを、あの虫けら同然の捕虜どもと交換だと?
……ッざけるな!!
わたしの命は、そんなに安いのか!?」
猛然と怒声を張ったアレッチェの形相は、包帯に覆われていながらも、その額にメリメリと青筋が立っているのが見えるかのようである。
瞬時に沸点まで達して猛烈に激昂しているアレッチェだが、しかし、対するトゥパク・アマルの方も、にわかに眉を吊り上げ、ピシャリと言い放つ。
「インカ族、混血児、黒人、クリオーリョなど、インカ軍に加わって戦いに臨んだ多くの者たちが、スペイン軍に囚われ、長期間に渡り、過酷な環境下で捕虜とされ続けている。
捕虜とされた人々の中には、義勇兵として加わっていた女性たちや高齢な者も少なくない。
いや、わたしなどよりも、そなた自身の方が、よほど捕えた兵たちの実態を詳細に知っていよう。
彼らは、戦場で傷つきながらも、まともな治療も施されず、命を落とす者も後を絶たぬという。
それどころか、囚われの者たちは、今も血生臭い暗黒の獄中で拷問の責め苦に苛(さいな)まれているのだ。
その者たちの命を軽んずるような発言は、今のそなたとて、断じて聞き捨てならぬ」
「ククク…なるほど、そういうことか――」
「何がおかしい?」
「いや、なに、やっと謎が解けたと思ってな」
「謎?」
やや困惑気味に己を見つめるトゥパク・アマルの視線の先で、アレッチェは包帯下の口端を歪め、呪わし気な冷笑を続けている。
「クク……だって、そうであろう?
おまえも、従軍医も、あの小娘も、敵(かたき)であるはずのわたしを妙に熱心に回復させようとしているのが、不審でならなかったのだ。
だが、これで、よく分かった。
おまえが副王に捕虜どもの解放を要求するにしても、その交換条件として差し出したいわたしが、身動きひとつままならぬ上、このような目も当てられぬ姿形では、さぞや不都合であろうからな。
もはや、なんの使い物にもならぬわたしなどでは、副王とて、捕虜の交換になぞ応じてはくれまい。
だから、おまえたちは、あれこれとずいぶん手をこまねいて、わたしを治そうとしてきたわけだ」
この上無いほど皮相な口ぶりで、そう豪語したかと見るや、アレッチェはゴロリと大きく寝返りを打ち、そのまま全身ごと壁に向き直った。
そんな相手の包帯巻きの背を、トゥパク・アマルは、ハッと息詰めて見つめる。
「そうではないのだ、アレッチェ殿。
確かに、そなたの言うような意図が全く無いとは言えないが、そなたに回復してほしい真の理由はそのようなことではないのだ。
いや、そもそも、そなたの回復を願う気持ちに理由など必要あろうか?
そなたが、そなた本来の健康で強靭な肉体と晴れやかな心を取り戻してほしいと、ただ、純粋にそう願っているだけだ。
それは、わたしだけでなく、従軍医も、コイユールも、同じであろうと思う」
しかし、完全に背を向けてしまったアレッチェと、己との間には、いよいよ分厚い鉄壁が立ちはだかってしまったかのようで、トゥパク・アマルもそれ以上は言葉を呑まざるを得なかった。
これまで以上に、さらに距離が遠く隔たってしまったかのような冷え冷えとした心持ちで、トゥパク・アマルは唇を噛み締める。
それから、悲しげな面持ちで、静かに席を立った。
「長居して、誠にすまなかった。
また話そう。
おやすみ、アレッチェ殿」
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。
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