「トゥパク・アマル様、もしかして、わざわざ見送りに来てくださったんですか?」
アンドレスが頬を上気させて問いかけている背後では、ジェロニモもペドロも歓喜と緊張の入り交じった表情で居住まいを正し、そして、さすがのヨハンも反射的に姿勢を正していた。
「わたしの頼みで、そなたたちに困難な長旅を強いているのだ。
見送りぐらいさせてもらわなければな」
旅立つ四人に順に視線を送りながら、トゥパク・アマルが微笑んだ。
「困難な旅を強いるだなんて、とんでもありません。
トゥパク・アマル様が我々に任務を言い渡すのは当然です。
それに、陛下のご命令は、インカ軍全体の、いえ、この国全体のことを深くお考えになってのことだってよく分かってますから、そのために役立てることを俺たちは誇りに思っているんです」
凛々しい笑顔で明るく答えたアンドレスの背後では、ジェロニモとペドロも、うんうん!!と、力強く頷いて同意を示している。
そんな面々に向かって、研ぎ澄まされた切れ長の目元を細め、トゥパク・アマルが、真心を込めた口調で応じる。
「ありがとう。
そなたたちを頼りにしているぞ」
「お任せください!」
そう力強く答えて、真っ直ぐトゥパク・アマルの双眸(そうぼう)を見上げたアンドレスの胸中に、不意に、また別の思いがよぎっていく。
(夕べのトゥパク・アマル様とアレッチェの二人だけの話し合い、どうだったんだろう?
ずいぶん、じっくり話し込んでいたみたいだったけど)
アンドレスの脳裏に、昨夜、中庭から目にしたアレッチェの居室の窓明かりが甦る。
とはいえ、表情も態度も、いつもと変わらぬ沈着そのもののトゥパク・アマルの様子からは、何も読み取ることはできなかった。
(まさか、こんな、みんなのいるところで余計なことを聞くわけにはいかないし)
しかし、言葉を交わさずとも、そのようなアンドレスの心の内を見通しているかのように、トゥパク・アマルは相手の瞳の奥深くを見つめて、「アンドレス、頼んだぞ」と、今一度、噛み締めるように言う。
「はっ!!」
トゥパク・アマルの思いを受け取ったような感覚が突き上げ、力いっぱい返事をしたアンドレスに、トゥパク・アマルも「うむ」と深く頷いて、笑みを見せた。
それから、その視線を、ジェロニモとペドロの方に動かしていく。
黒人青年ジェロニモは、昨夜も出会っており既に面識があるためか、すっかり長年の友人かのような人懐こい笑顔をニコニコとこちらに向けている。
インカ族の者たちは、この時代にあっても、トゥパク・アマルを“インカ皇帝”と見なし、それゆえ、深い敬愛は寄せてくれてはいても、実際に接する時には一線を引いた態度であることが殆どである。
それだけに、この屈託のないジェロニモの笑顔は、トゥパク・アマルの心を和ませた。
そして、その隣では、リッラックスしきったジェロニモとは対照的に、インカ兵のペドロがコチコチに緊張して直立不動になりながら、感極まった表情を浮かべた顔を耳まで赤く染めている。
本来はビルカパサ隊の歩兵に属するペドロにとっては、まさかこのようなかたちで、トゥパク・アマルと、これほど近くで直に会うことがあろうとは、夢にも思っていなかったことであろう。
年齢的には20歳をすぎたばかりのアンドレスに対して、ジェロニモが20代半ばで少し年上であり、ペドロはさらに年上の20代後半で郷里には既に妻子もいると聞く。
確かに、このペドロは20代の若さとはいえ一家の主らしい落ち着いた雰囲気の持ち主で、中肉中背のどっしりとした体格も、縁の下の力持ち的な頼もし気な印象を醸し出していた。
その風貌は素朴で、伝統的なインカ族の成人男性らしく直毛の黒髪を背まで垂らし、おかっぱのように切り揃えられた前髪の下では生き生きとした黒い瞳が輝いている。
実直そうで、同時に、内なる闘志も秘めたような、力強い眼差しの持ち主でもある。
そのようなペドロとジェロニモを交互に見つめながら、篤い誠意を宿したトゥパク・アマルの声が言う。
「ジェロニモ、ペドロ、いろいろ苦難も多かろう旅の道行きに巻き込んでしまって、かたじけない。
なれど、この任務は、今後の我らの運命を左右する大事なものなのだ。
しかと頼んだぞ」
「はいっ!」
「ハッ!!」
夜明け間近の微光を帯びた天高く、明るいジェロニモの声と逞しいペドロの声が同時に響き、トゥパク・アマルと、そして、傍で見守るビルカパサも、頼もし気に眦(まなじり)を細めた。
それから、さらに、トゥパク・アマルは、彼らの集団から距離を隔てたところで、ひどく居心地悪そうに馬の手綱を弄(もてあそ)んでいるスペイン兵のヨハンへと視線を向けていく。
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。
≪ビルカパサ≫(インカ軍)
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。
アンドレスの朋友ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。
≪ジェロニモ≫(インカ軍)
義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。
スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。
スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。
身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。
これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。
≪ペドロ≫(インカ軍)
インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。
此度のアンドレスの旅の同行者の一人。
20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。
≪ヨハン≫(スペイン軍)
スペイン軍の歩兵。
偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった(詳細は今後の展開にて)。
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