|
カテゴリ:第10話 遥かなる虹の民
![]() 薄暗い地下室の空気は相変わらずひんやりと肌を包んでいるが、小さな蝋燭の炎は仄かに明るさを増したように感じられる。 アリスメンディは、懐かしい記憶をすくい上げるように、ゆっくり語りはじめた。 「マリオがまだ2歳位の幼子で聖カタリナ修道院の孤児院にいた頃から、わたしはこの辺りの奉仕活動によく来ていたのだよ。 それで、まだ小さかったマリオとの交流もあった。 マリオはわたしによく懐(なつ)いてくれていてね。 時々、孤児院でささやかな催し物をやって、子供たちを楽しませたものだった。 そんなときは、そなたの父が、よくそなたをここに連れてきたのだ。 ティンタに暮らすそなたにとっては遠出ではあったが、植民地下のインカ族とはいえ皇族の家系に生まれ、あまり不自由なく暮らしていたそなたには、生まれも境遇も異なる孤児院の子供たちと交わることは大いなる学びになるだろうと言ってね」 「父上が……!」 アンドレスは胸に手を当てた。 亡き父の面影が、わずかに、しかし確かに、心の奥で揺らめく。 蝋燭の炎がその瞳に反射し、熱を帯びた光を宿す。 そんなアンドレスの隣では、ジェロニモが肩を竦(すく)めながら、ニッと白い歯を見せて言う。 「ナルホド! だから、アンドレス様は黒人奴隷だったオレの失敬なタイドにも、初めから壁が無かったってコトなんですネ」 その言葉に場の空気がいっそう和らぐ中、アリスメンディも頷き、穏やかな口調で語を添えた。 「そなたの父の想いが届いていたようで何よりだ。 まあ、当時はそなたは4歳位でマリオは1歳か2歳位だったから、あの頃は無邪気に遊んでいたそなたたちも、互いに記憶に残るには幼すぎたかもしれないが」 アンドレスとマリオは、思わず互いを見つめ合う。 思い返せば──モソプキオ村で初めて出会った晩、「どこかで会った気がする」と胸の奥がかすかに反応したのは確かだった。 今、その理由が腑(ふ)に落ちて、二人の表情は自然とほころぶ。 「改めて、よろしくな、マリオ!」 「ああ、よろしく!」 マリオも大きな瞳を瞬かせ、嬉しそうに笑った。 地下室の暗がりにあって、その笑顔はまるで陽の光のように眩く温かい。 「さあ、では、わたしはそろそろ…」 アリスメンディが椅子を押し、立ち上がりかけたその瞬間、アンドレスは思い出したように身を乗り出した。 「あっ、最後にもうひとつだけ……!」 呼び止められたアリスメンディは、嫌な顔も見せず、むしろ落ち着いた気配で再び腰を下ろした。 静かな低音が、地下室の空気をすっと澄ませる。 「どのようなことでも」 「ありがとうございます。 実は、俺たちはトゥパク・アマル様の特命で『青き月の谷』に向かっているのですが、場所も特定できていない秘境の地なんです。 その地のことについて、何か聞いたことはないでしょうか? そういう名前の谷があるとか、どんなところとか──」 【登場人物 ≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) ≪アンドレス≫(インカ軍) ≪ジェロニモ≫(インカ軍) ≪ペドロ≫(インカ軍) ≪ヨハン≫(スペイン軍) ≪マリオ≫(インカ側) ≪リリアーナ≫(インカ側) ≪アリスメンディ≫(インカ側) ≪ニコラス:アンドレスの父≫(インカ側) ≪モスコーソ大司教≫(スペイン軍)
目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[第10話 遥かなる虹の民] カテゴリの最新記事
|