コンドルの系譜 第十話(54) 遥かなる虹の民
ビルカパサの連隊兵が参集している場所をアンドレスが探し当てたとき、そこは砦の倉庫内の一角だった。見ると、数十名の兵たちが、数十個ほどの大きな麻袋と格闘している。彼らは、どこから運んできたのか、それらの重たそうな麻袋の中身を慎重な手つきで確認しつつ、その中身ごとに袋を仕分けしているようだった。(……一体、何やってんだ?)その場の事態がつかめず、倉庫の入り口に立ったまま、アンドレスは瞳を瞬(しばたた)かせる。そんな彼の目に、一人の青年の姿が映った。青年は、倉庫の真ん中に立って、何やら大声を上げながら、あっちこっち忙しく指さしている。「あっ、違う、違う!!こっちはインゲンの種を集めてんだ。その袋って、中はキヌサヤの種だろ?だったら、あっちに積んどいてくれ!おおっと、そっちのロコト(唐辛子)の種は、むこうに頼む!!」その様子を倉庫の扉越しに眺めながら、アンドレスは、思わずニヤリと苦笑する。(アイツ、相変わらず仕切り屋だな)そんな彼の視線を素早く察知したようで、青年が、パッと、こちらを振り向いた。野性的な黒い顔の中で、生き生きと光る瞳が、アンドレスの姿をとらえて大きく見開く。黒人青年ジェロニモ――かつてスペイン人の元で奴隷とされていたが、脱走して、トゥパク・アマル率いる反乱軍に加わってきた経緯を持つ。この時代、このペルー副王領で、白人たちの甚(はなは)だしい圧政に苦しんでいたのは、決してインカ族の者だけではない。遠いアフリカの祖国から引き離され、遥々南米の地まで連れてこられた黒人たちは、インカ族の者たち以上に過酷な境遇に置かれていたと言っていい。そのため、人種の壁を越えて、全ての人々の解放を求めて戦ってきたトゥパク・アマル軍には、ジェロニモのような黒人の者たちも多数参戦している。そして、そんなジェロニモは、スペイン人の元から脱走したときにコイユールが力を貸したこともあって、コイユールと共に義勇兵として参戦してきた。その頃からなのか、いつ頃からなのか、それは定かではないが――ジェロニモ自身は明言を避けてはいるものの――彼がコイユールを密かに想っていることを、アンドレスは察していた。そう……あれは、かつて、反乱が幕を開けた当初――。義勇兵として反乱軍に加わってきたコイユールと数年ぶりの再会を果たしたアンドレスが、成長した彼女を女性として意識するあまり、かえってコイユールを避けていた頃のこと。そのような彼に、身分や立場を越えて、鋭く進言してきたのが、このジェロニモであったのだ。(はじめっから、おせっかいなヤツだった……。だけど、ジェロニモ、あの時の君のおかげで――)あの月夜の晩、全てを振り切るように、一人、剣の練習に没頭していたアンドレスの元に、前触れもなく現れた黒人兵。あの日のことが不意に瞼(まぶた)の奥をよぎり、アンドレスは、思わず目を伏せる。『そなた、義勇兵の者か?顔を上げよ。なぜ、ここに来た?俺に何か用なのか?』『いきなりこのような所まで押しかけて、申し訳ございません。どうしても、アンドレス様と二人で話をしたかったので』『俺と二人で話を?何のことだ?人違いでは?俺は君に会ったこともないと思うのだが……。――それで、何の話だ?』『恐れながら、コイユールのことでございます』『!!』『わたしは、ビルカパサ様の連隊にコイユールと共に参戦している義勇兵です。突然、このようなことを申し上げて驚かれるかもしれませんが……。アンドレス様は、なぜ、コイユールにお声のひとつもおかけにならないのですか?コイユールが、どれほどアンドレス様の身を案じて…というか、どれほどアンドレス様を深く慕っているか、よく知っておられるはずなのに!』『――――!!おっ……おまえには、関係の無いことだろう!!』『誤魔化さずにお答えください。なぜなのです?なぜ、これほどに長い間、コイユールを放っておくのですか?コイユールが、貧しい農民の娘だからですか?それとも、トゥパク・アマル様の目を恐れているのですか!?』『――お…まえ……さすがに、無礼ではないのか!?言葉に気をつけろ……』『―――』『名は何と言う?』『ジェロニモ…』『ジェロニモ、君こそ、なぜ、ここまでする?……コイユールのことを、好きなのか?』『アンドレス様、誤魔化さず、きちんと俺の質問に応えてください。俺にとって、コイユールは大切な友です。友として、俺は、これ以上、コイユールが苦しむ姿を見ていられない……。それに、コイユールのことは別としても、アンドレス様のお考えを知りたいのです』『俺の考え……?』『はい。俺たち黒人は、もともとインカの人間じゃあない。故郷はアフリカの大地。縁あって、こうしてインカのために戦う運命とはなりましたが。この先、この命、果たして、本当にインカのために投げ出すに値するのか――今、俺は迷っています。これからの戦いは、今まで以上の修羅場になるのでありましょう?完全に命を捨てる覚悟が無ければ、もはや、ここには留まれない。トゥパク・アマル様は、黒人奴隷解放令を出してくださった。だから、そのご恩には報いたいが。ですが、これからはトゥパク・アマル様の片腕でもあり、若き将たるアンドレス様の時代でありましょう。果たして、ついていくに値するお方なのか……、俺にはわからなくなってきた。もしコイユールのことを大切に思われているのなら、たった一人の女性も幸せにできず、いや…、心を深く傷つけさえして、それで国全体を幸福にできるものなのか?ましてや、身分や、上の者の目を気にするようなお方なら、論外です。これは……恐らく、黒人の兵たち、皆の思いでもありましょう』『……――!』『アンドレス様、どうなのですか?それとも、俺が、たかが黒人の義勇兵だから、と軽んじて、お答えにならずに逃げますか?』あの晩の思い切ったジェロニモの言動があったからこそ、コイユールとの絆を取り戻せたと言っても過言ではない。それ以来、この黒人青年は、持ち前の明朗な性格やインカ族を超える高い身体能力で、コイユールのことのみならず、作戦遂行時にも、陰に陽に、アンドレスを援護してくれていた。実際、この断崖上の高いスペイン砦の外壁をよじ登って侵入するという、無謀な策を成し遂げられたのも、行動を共にしてくれたジェロニモの助言があってのことだった。そんなジェロニモ当人は、今、風のような足取りで倉庫の中から元気に飛び出してくると、輝く笑顔でアンドレスの肩を、ガシッ、と握り締める。「あっれぇ、アンドレス様じゃないですかっ!?どうしたんですっ?こんなトコに来るなんて、珍しいじゃないですか!!」◇◆◇◆◇ お 知 ら せ ◇◆◇◆◇いつもご来訪くださいまして、本当にありがとうございます!また、励みになるコメントや応援をくださる読者様には、重ねて深くお礼申し上げます。本来は明日が更新日なのですが、明日の更新ができないため、本日の更新とさせて頂きました。どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)mなお、昨今、様々な災害が続いておりますが、豪雨、地震、台風などにより、被災された皆様ならびにご家族の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。今なお避難されている皆様、復旧作業に従事されている皆様の安全と被災地の一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。今回の台風12号の影響もまだ予断を許さぬ状況であり、さらに、台風の去ったあとは猛暑も戻ってきそうです。(関東の私の住んでいるあたりは、既に厳しい暑さが復活しております……。)皆様、どうかくれぐれもお気を付けてお過ごしください。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。今回のスペイン砦戦では、多くの黒人兵を統率し、アンドレスを補佐して活躍した。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)