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カテゴリ:LIFE
私の自我が芽生えた小学校上級生のころ、飼っていた鶏を前に私は「自分が鶏でないこと」と考えていました。「どうして私は鶏じゃないんだろう?」「なぜ毎日悩む人間なんだろう。鶏のように何も考えないで生きられたらいいのに…」。
究極には、「私ってなに?」「死んだら私の意識ってどうなるの?」とも考えていました。遺書まで書くほど「死」に興味があったのです。 今考えると、小学生の癖に、哲学的なことを考えていたものだ~と感心します。 そのころの興味といえば、地面を掘っていくとどうなっているのか、おもちゃの中はどうなっているのか…とにかく「中」を確認することばかりしていました。 そして20歳のころ、自己啓発の本を読みまくっては、ちっぽけな自分の中身に、落ち込んだ日々を過ごしていました。 しかし、最近は、そんな哲学的な思考を忘れ、ビジネスライクなテクニック関連の本を読み漁っていたのです。 けれどなぜか最近、自分の周りに、神や愛の情報があふれていますw まず、ER先生に紹介された本がこちら。 ![]() 傷つくならば、それは「愛」ではない 最初、男女間のパートナーシップの話かと思って読んでいたら、どうも神とつながる究極の愛を表しているものだと気がつきました。 かといって、毛嫌いするほど宗教がかっているものではなく、とても考えさせられるテーマが、366日分掲載されています。 次に読んだのが、ハピサク道のシークレットコラムで紹介されていた、こちら。 ![]() 神との対話 筆者が体験した神との会話をそのまま収録されている本です。 禅問答のようで、全体像は堂々巡りを繰り返し、とてもぼやけた印象です。 でも、心に何か引っかかります。そして、その引っ掛かりをとても考えることになります。 日常生活において、この人の行(言)動は、愛からなのか、不安からなのか…そんな視点で見ることができます。 何回も繰り返し読んで、神との対話を深く掘り下げたいと思った1冊です。 これらの本と「今」出会った事に、たぶん何かのメッセージがあるのでしょう。 いえ、「メッセージ」はわかっています。正面切って対峙することはつらそうで、目を背けているだけです。 しかし、目を背けるのをやめ、メッセージに対峙したとき、私は生まれ変わります。(なんか宗教的で怪しいですねw) そして、私は生まれ変わりたいと考えています。 そんな私に、以前、母が送ってくれた日めくりカレンダーの言葉が、心に響きました。 ************** ここは 孤独なところ 自分が 自分になる ところ (相田みつを) ************** この詩の意味は、「神との対話」を読んで、ようやくわかりました。 だから私は、私の人生で、「自分になる」ことを決心します。v(^-^) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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