だんだんわかってくるさ/八万八千億の扉

2011/06/30(木)09:38

しづやしづ 賤のおだまき 繰り返し

写真(随想・雑感)(58)

 先日、バーネットの『秘密の花園』を文庫版で読んでましたら、庭にオダマキが咲いているという描写がありました。イギリスの庭でも、この花は古くからのおなじみさんだったのですね~。写真は、西洋オダマキです。  日本のミヤマオダマキには、まだ会えずじまい・・・でも、気を取り直して・・・亡き義経を偲んでうたった静御前の和歌を引用してみました。 しづやしづ 賤(しづ)のおだまき 繰り返し 昔を今に なすよしもがな このころ、賤(しづ)という布を織るためのハタ織の道具(糸を繰り、それを機にまわして布を織る)に、苧環=オダマキと呼ばれる物があったそうです。この道具と形が似ているところから、花名が苧環になったらしいです。 花言葉を聞いて、なんだか しんみりいたしました。『勝利への決意』・・・だそうです。   当時、白拍子N0.1だった静御前は、今で言うとトップアイドルなのかな? (歌を詠むには教養が必須ですから、聡明な女性だったと推測されています) 義経とはぐれた静は、重要参考人として鎌倉に召し出されておりました。    和歌は、鎌倉に呼ばれた静御前が源頼朝の前で舞いながら歌ったものです。 この歌を聞いた頼朝は、ものすごく激怒しました。なぜなら、こんな意味だから・・・「白拍子とさげすまれる私だけれど、義経さま恋しや、ああ、むかしに戻れたらよいものを」天下の頼朝が罪人とする義経恋しと、堂々と歌ったとは!静御前のshizuに掛かかる‘しづ’という布は身分低い者の服布で、賤しき自分という文脈です。さらに、この歌には下敷きとなる本歌が2首もあるのでしたから、 静の頭脳の明晰さは、並外れていたと考えられます。 (下に取り上げたのは古今集の1首、頼朝も承知の歌です↓) いにしへの しずのおだまき いやしきも よきも さかえは ありしものなり ~古今集 静御前って、つわものですね・・・。これって、超シビアーな皮肉 ↓ が込もった和歌ですよ。「賤しき者も貴き者も、それなりに栄えることがあるでしょうよ」 (今は栄えていても、流人だったくせに! いつまた、どうなるか分かりませんわ!)このように本歌取りのテクによって、歌や漢詩はダブル(トリプル)メーッセージを持つのです。  ここで、もっと驚くのは、そばにいた妻の政子(これまた頼朝の上手を行くご婦人)の反応です。 「人の心とは、そういうものです。いちいちご立腹召されるな」・・と、ピリピリ切れてる頼朝をいなしてしまったという話です。*゜.*゜.*゜.*゜.*゜ 長く人質だった頼朝は、いわば“トラウマの塊り”だったのでしょう。暴君ネロ、独裁者ヒットラー、はたまたSFスターウォーズのダースベイダー・・などと同じパターンがあったかもしれませんね?歴史の悲劇もようは、所どころで同じ顔を覗かせる…。  <(_ _)>  お付き合いいただき、ありがとうございました。   にほんブログ村ポチありがとうございます   ☆ 黄色の方はキバナオナガオダマキと呼ばれると思います ★★ 文庫版『秘密の花園』は、以前こちらで紹介していたものと同じです ☆ とげのない薔薇 ☆   ※・・ その後のエピソード ・・※身ごもっていた静御前が産み落とした義経の子は、男児でした。 頼朝の命で、川に投げ込まれたと伝わっています。これはまた、流人時代に頼朝が味わったのと そのまま同じ残酷劇。静御前も、覚悟の上で、あの歌を詠み、舞ったのでした。

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