2013/08/04(日)17:11
なぜ?慰安婦像設置
慰安婦像 沈黙は後退 ワシントン・古森義久
2013.8.3
米国グレンデール市での慰安婦像の設置
意味がわからん。何をしたいの、何が欲しいの?
はっきりしているのはこういうこと。
”やはり米国での発言は欠かせない。黙っていれば、後退があるだけなのだ。”
日本人だけで理解できる判断基準は国外では通用しないと言うこと。
偽り、誤解を持ったまま、外へ発言する者に対しては、それを打ち消すようにしっかり正しいことを同じように外へ言わなければならない。
「百の説法、屁一つから」というが、一つの真実を百の偽りで隠すことができる。
高潔な人種は「真実は黙っていても、いずれ分かってもらえる」と信じていても、歴史というものは書き換えることができるのだから。
そして、海外を経験するともっと分かることがある。黙っていてはバカを見るだけ、ということ。
これに関してこんなこともある。
”姉妹都市の大阪府東大阪市が設置に賛同したかのような虚偽の記述があるとして、東大阪市がグ市に抗議文を送っていたことが1日、分かった。
東大阪市の野田義和市長は「一方的な行為で、はなはだ遺憾」とし、グ市が適切な対応を取らない場合は姉妹都市提携の解消も視野に検討する考えを示した。”
これなんかも、「対応を採らない場合は・・・」などと受け身で言えるのは国内だけのこと。
海外相手には、直ぐに目に見えるように、こちらが動かなければならない。
せめて、東大阪市に姉妹都市として名前を掲示しているなら、それを紙で覆い隠すくらいのことをやるべきではないか。タイミングが大事だ。
こちらの資料はぜひ見て欲しい。
従軍慰安婦の真実
言葉は少なく、資料だけを並べているのがいい。
oyajiは個人が悪いとは思いたくない。国の政策やグループになると個人の思惑と違う行動をしてしまうことがあるとは思っている。
なぜ?ということを、言葉は悪いし、穿った見方をすれば、
ユスリ、タカリと同じに見えてしまう。
そういう人たちは、たとえ本人が身に覚えのないことでも、謝っても謝っても許すことはない、結局何が欲しいのかというとそれは***、しかもそれはいつまでも続く。
「遠交近攻」と言うのは昔の中国の手法だそうだが、今日本が取るべき道はこれかもしれない。
我が家の周りのお隣さん、運が悪ければ、嫌な人が住むかもしれない。お隣だけに、悪いところが見えたりする、聞きたくもない話や音が耳に入ったり、目にしたり。
そんな時は、お互い表面で愛想笑いするしかないではないか。
それだけならまだいいが、お隣さんが隣町まで行って、我が家のあることないことを言いだしたらどうするか。