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一語楽天・美は乱調の蟻

不確実性の意味

量子論の中心概念の一つに不確定性原理(uncertainty principle)というのがある、時に「原理」を付けずに不確定性関係とか単に不確定性というように使われる。1927年に書かれたヴェルナー・ハイゼンベルクの論文がその出所なので、ハイゼンベルクの不確定性原理と呼ばれることが多い。

ハイゼンベルクの不確定性はおおむね次のように説明される。「不確定性原理は、ミクロの世界は一定以上の精度で測れないとしてきた。電子など粒子の位置を知るには光を当てる必要があるが、光の影響で電子の運動量(速度)の測定誤差が大きくなる。正確な位置と運動量を同時に知ることは不可能との立場だ」(オンライン日本経済新聞2012/1/16より)。光の波長と同程度のサイズの世界の話なので、測定の為に光を当てると、どうしても擾乱が起き測定精度が落ちる、ということのようだ。

ところが、最近の量子論解説書を読むと、測定精度の限界であるハイゼンベルクの不確定性の概念と現代物理学者の考える不確定性とは、どうもその意味、というか不確定性が生じる原因が違うようなのだ。いくつか、その違いに触れた部分を引用してみよう。
(1)本当は位置や運動量が確定しているのに観測が不完全なせいで測定誤差がついてくるだけ、という意味ではなく、(引用者注:現代物理学での不確定性では)本当に位置や運動量そのものの値がぼやけてしまうというから不思議で仕方だない。(村田次郎「余剰次元と逆二乗則の破れ」、講談社ブルーバックス)
(2)不確定性というのは観測する前の状態ですでに存在している(前野昌弘「よくわかる量子力学」東京図書)
(3)この二つ(引用者注:ハイゼンベルクの不確定性と現代物理学者の不確定性)はよく似ているので、しばしば混同されますが、違う話です(大栗博司「重力とは何か」、幻冬舎新書)

不確定性は測定の精度の問題ではなく存在している、と言っている。ということは、現代物理学者のいう不確定性は、なにに起因するのか。素人の当て推量で考えてみた。僕の結論は、電子、陽子、中性子といったいわゆる素粒子を粒子と考えるか波と考えるかの違い、ということだ。ハイゼンベルクは粒子と見ていたが、現代では波が粒子状になっていると捉えている、ようだ。

1927年頃のハイゼンベルクは、電子などミクロ世界の構成要素が<粒子>であることを疑っていなかったと思う。だから、光をぶつけて粒子を測定するという行為のイメージから、衝突した時に起きる運動量の不連続的な変化が不確実性をもたらす、と結論したのだろう。もちろん1927年には、電子や光子が粒子と波動の二面性を持っていることを受け入れていた。だがハイゼンベルクは、それが不確定性の原因だとは考えていなかったようだ。

これに対して現代の物理学者たちの多くは、粒子とは波の重ね合わせが<粒子的な>まとまりをもったものと考えている。外側との間にはっきりとした境界線を持つパチンコ玉のような<粒子>は、現代素粒子物理学ではもはや通用しない。素粒子という用語自体が死語になりつつあると言える。彼らにとっての不確定性をイメージとしてわかりやすく説明したものが、吉田伸夫「量子論はなぜわかりにくいのか」(技術評論社)にあるので紹介する。

波の重なりに他ならない粒子的なものがA点からB点に移動するとき、作用量の一番少ない経路だけではなく、無限に拡がる経路を通るとされる。しかし、その時、最少経路から遠く離れた経路は波の干渉により打ち消されてしまい、打ち消され度の少ない波が残り、経路は拡がりを持つ。これはちょうど波動光学でいう光の伝わり方と同じようなものと考えられる。下に掲載した図(吉田の本の図5-3)の太線が作用量の一番少ない、古典力学で考えられる経路。干渉で弱まっているものの寄与度が残っている経路の拡がりが不確定性を表す。この不確定性は、観測・測定しようがしまいが、そこに存在する根本的なものと考えられる。

つまり、粒子を前提にした観点からは、測定精度の限界というハイゼンベルクの不確定性が出てくる。他方、粒子性とは波の重なりのある状態であるという観点からすると、物理量(たとえば位置とか運動量)はぼんやりと広がった確率の雲、つまり根本的な不確定性になる。と、こんなところが、僕の現時点での理解である。

歴史的背景として興味深いのは、不確定性原理をハイゼンベルクが発表した1927年頃、彼はいわば学説的な覇権争いをしていた。1925年から1926年にかけて、ハイゼンベルクは、マックス・ボルンとパスクアル・ヨルダンとともに、<行列力学>という量子力学の方法論を体系化した。それに対して、1926年にオーストリアのエルヴィン・シュレディンガーが<波動力学>を発表していた。悪戦苦闘の末行列力学に到達したハイゼンベルクが、エレガントで計算の容易なシュレディンガーの方法を快く思っていなかったことは間違いない。潜在的な競争意識が、ハイゼンベルクを粒子的の考え方の方に押しやったのかもしれない。ちなみに、行列力学と波動力学は、その後の研究で数学的に同義であるとされている。(2017.7.16)


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