サブプライム・ローン問題
昨年の春だったか夏だったか帰国して父の家に二三日逗留した時のこと、「アメリカのサブプライム・ローンの焦げ付きはどうなってるんだ」と父から突然訊かれ、「たいした問題じゃないよ、アメリカの国内経済が若干停滞しそれが海外に波及するだろうけど、その程度でしょ」などと高を括っていた。もちろんその後の展開は僕の楽天的な予想を太平洋に突き落とすほどの世界経済の大問題に発展したわけだが、なぜそうなったのか、これがいまだにわからない。サブプライムがターゲットにした消費者の層は非常に限られていて、つまり所得やクレジットの現状が通常のローンを取得できないような人たちを対象にしていたのだから、サブプライム・ローンの総額がそれほど大きいとは思えない。ちょっと調べたろことでは、2007年の第3四半期現在で住宅ローン総残高のわずか6.8%がサブプライムの変動利率ローンだったに過ぎない。2007年3月のサブプライム残高が約1兆3千億ドル、2008年1月までにその約2割が不良債権になったようなので、不良債権額は2千億ドルに過ぎない、やや多めに見積もっても5千億ドルほどではないか。とすると、これはアメリカのGDPの3.5%ほどだ。国内問題としては、少々の経済停滞を引き起こすけれども、世界経済問題になるほどではないように思える。アメリカの住宅ローンは、株や債権と同じような金融商品として扱われる。住宅ローンを貸し出すのは、もちろん通常の銀行も貸し出すのだが、住宅ローン融資を専門としている金融会社や住宅ローンブローカーと呼ばれる人たちで、特にブローカー達にとっては貸し出す時に手数料を稼いで、あとのことはほぼどうでもいい。融資会社や銀行も、住宅ローンの借用書を手に入れるや否や、二次市場で売ってしまう。詳細は知らないが、リスクの高い商品や低い商品を組み合わせて、ひとまとめにして売り捌いているようだ。だが、住宅ローンの金融商品化の状況は別に目新しいことではなく、少なくともここ10数年は存在した。僕の住宅ローンも何度か転売されその度に小切手の支払い先(つまりローンの所有者)を変えたことを覚えている。ただ、住宅ローンの転売がより国際化したことは確かだろう。ヘッジファンドと呼ばれる投資信託会社が住宅ローンを一纏めにしたを金融商品を購入し、いわばその投資信託を買う世界中の人たちがサブプライムの貸付者になる。例えば、北欧の小さな町の退職年金がアメリカの低所得者の住宅購入資金に充てられている、という状況が出現していることは間違いない。そして、ヘッジファンドは、購入した住宅ローンを担保にして銀行などから更に資金を借り入れた(leverage)。ローンの支払不能が頻発し始めて、銀行は資金を引き上げ始め、流動性の危機現象(liquidity crisis)が始まった、というわけだ。総額としてはそれほどではないサブプライムの焦げ付きが世界の資金の流れが滞るほどの状況を生んだのはなぜか。今の僕の理解で、理由は三つ考えられる。一つは、もちろん投資資金のグローバリゼーション、巨大な投資対象国であるアメリカの金融商品をどこの誰の貯金や年金資金が購入しているかもはや追跡することが不可能なほど国際化は進んでいる。二つ目は、この国際資金の流れは、1929年のアメリカの大恐慌の時のように、ちょっとした出来事に過剰に反応し、波及する過剰反応が容易に流動性の危機を引き起こす。ここでキーワードは<過剰>反応だ、その反応の度合に合理性はない、しかしそのインパクトは現実だ。第三に、国際資金のかなりの部分が主権国家(例えば中国やアラブ)によって管理されていて、その部分の動きというのは政治的な道具として使われる可能性があり、経済合理的には動かないだろう。この第三の要因がサブプライムで果たした役割はまだわかっていないが、あるいは何の影響も与えてないかもしれないが、これからの世界経済を見るうえでは、この要因の影響力というのは恐らくとてつもなく大きいだろう。