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一語楽天・美は乱調の蟻

2004.12.16
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フロレンス、1504年、レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロ・ヴォナローティの二人が、フレスコ壁画の技を競い合った。レオナルド52歳、ミケランジェロ29歳だった。ラファエロ・サンティ(あるいはサンツィオ)は若干21歳、二人の技術を吸収しようと、フロレンスに来た。この時、ルネッサンスの三人の天才が、ひとつの空間を占めたたわけだ。

レオナルドとミケランジェロの壁画プロジェクトの下絵(cartoon)が、サンタ・マリア・ノべッラで公開され、ラファエロはレオナルドの方に強く惹かれた、少なくともこの時点では。レオナルドから学んだことは、全体のバランスとピラミッド状にオブジェクトを配置すること。

1504年ごろの作品と思われる「モナ・リサ」と、ラファエロの1506年の貴婦人の肖像画を較べると、構図の影響が見て取れる。



ラファエロはミスター・ルネッサンスという感じの貴公子だった。行儀がよい、気前がよい、奢らない、優しい、と彼を褒め称える言葉は尽きない。天才という部類の人間には珍しい、対人関係を重んじる人間だったようだ。質素で身だしなみに無関心、人付き合いの悪い気難しがり屋、孤独の好きな根暗人間、ミケランジェロとは好対照だった。

その人付き合いのうまさを巧みに活用して、ラファエロは有力者のネットワークに取り入った。1508年、ラファエロ24歳の時、ローマ教皇ユリウス2世に招かれた。同じウルビーノ(Urbino)の出身で、ヴァチカンお抱えの建築士、ドナート・ブラマンテの口利きだろうか、あるいはそこそこの画家だった亡父・ジョバンニ・サンティの知り合いのコネだったかもしれない。ユリウス2世に気に入られ、後を継いだレオ10世にも寵愛され、12年間をローマで宮廷画家として活躍した。

ユリウス2世は、教皇領の回復と拡大に腐心し卓越した政治的手腕を発揮した、聖職者というよりは、人間臭い教皇だった。ミケランジェロにシスティナ礼拝堂天井画を描かせたのも、この人だ。

アメリカの前大統領、ビル・クリントンが無類の女好きだったことはよく知られている。権力がありチャーミングな男には、女性は惹かれるものだ(これは女性の遺伝子に入っているのだから、我々凡人は指をくわえている他ないのだが)。ラファエロもそうだった。美男子で、社交的で、優しく、その上天才で売れっ子。

そのラファエロの特に愛した女性が、パン屋の娘(fornarina)、マルゲリータ・ルーティということになっている。

パン屋の娘、ラ・フォルナリーナ(La Fornarina)と題された画がある。今月と来月、ニューヨークのフリック・コレクションという、実業家フリック氏の私邸に設けられた美術館で展示されるこの画は、マルゲリータを描いたものだといわれている。不思議なことに、この画が存在したことは、ラファエロの死後75年間、知られていなかった。(この稿続く)






最終更新日  2004.12.17 16:07:41
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