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テーマ:最近観た映画。(41498)
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例年のように暮正月を日本の雪国で過ごした、今年は雪こそ積もってはいなかったが寒気が侵入してくる古い日本の家で震えているうちに、免疫力を失うのだろうかあるいは単に日本に蔓延るウイルスに免疫系が慣れていないからだろうか、またもインフルエンザを克服することができず二三日唸っていた。そんな時、BSチャンネルで伊丹十三の映画を連夜放映していた。
伊丹十三の父、伊丹万作のたった一人の弟子が橋本忍である。橋本は、自作のシナリオを伊丹万作のもとに送り、彼の批評を受けることで自分を磨いていったのだが、オリジナルばかりを書いていた。ある時、伊丹に「原作ものには興味がないのかね・・・原作物に手をつける場合には、どんな心構えが必要と思うかね」と訊かれた。 伊丹万作の傑作脚本「無法松の一生」は、岩下俊作の小説を原作としている。伊丹の哲学は、テーマは難解にしてはいけない、短く完結したわかりやすいストーリにする、というものだった。 それに呼応するように、橋本は自分の方法を次のように述べる。原作を一頭の牛に譬える、牛をじっくり観察して急所を捉え一撃で殺す、鋭利な刃物で頚動脈を切りその血を持って帰り仕事をする。(橋本忍「複眼の映像」) 1974年に橋本プロの第一作で松竹と共同で製作された映画「砂の器」は松本清張の同名の推理小説を原作としている。監督は野村芳太郎、撮影に川又昂、脚本の共作者に山田洋次が名を連ねている。企画が最初に上がってから完成するまでに17年を費やしたという。 松本清張の「砂の器」と橋本忍の「砂の器」を較べてみた。一頭の牛の生血だけを採ってくる、という譬えが納得できる。カメダという東北弁の単語を中心に展開される推理の部分を除いては、原作と似ても似つかない作品に仕上がっている。 村井敦志の「脚本家・橋本忍の世界」によると、山田洋次が原作は長く複雑で映画にできそうもないとコメントしたのに対して、橋本は「この作品には一つだけいいところがある」と言って、赤線を引いた原作の一部を見せた。それは「福井県の田舎を去ってからどうやってこの親子二人が島根県までたどり着いたかは、この親子二人にしかわからない」という部分だった。これを映像にしたのが、映画の1時間39分目辺りから始まり40数分にわたる、音楽だけを背景に加藤嘉と春田和秀という子役が無音声で演じる親子の放浪の旅で、それに重ね合わせられる捜査会議での丹波哲郎(今西刑事)の謎解きと埼玉会館で収録した加藤剛(和賀英良)のコンサート、これが映画の核心で、清張の原作にはほとんど存在しないものだ。 清張の作品の中ではほんの数行を占めるに過ぎない、ハンセン氏病を患う父親と一緒に遍路の旅を行く息子の姿から、親と子の宿命というテーマを抜き出し(「抜き出し」というよりも「創り出し」と言ったほうが合ってるかもしれない)映像と音楽に重ね合わせた想像力・構想力、これこそが橋本忍の力量なのだろう。 清張の原作は、東北弁らしき「カメダ」という言葉を被害者があるバーで口にしていた、という聞き込みだけを手掛かりにして展開される。若手の芸術家グループの一人、現代音楽家の和賀英良がこの殺人の犯人で、もう一人同グループの評論家が別の殺人に絡んでいた、そして超音波を使った殺人なども登場している。和賀英良が犯人であるということを除いて、原作の複雑なプロットや細かいトリックは、映画ではほとんどが捨てられている。長さのせいもあるだろうが、橋本の掴みとった一つのテーマに、他の事は余分だったのだろう。 親と子の宿命をテーマにすることで、和賀英良の殺人の動機もより明確になっている。原作では既に死んだ事になっている、和賀英良の父、本浦千代吉が映画ではまだ生存している事になっている。和賀英良に殺害された元巡査の三木健一は何故和賀英良に会いに来たのか、そして何故殺されなければならなかったのか?原作では、この理由付けがかなり弱い。単に自分の前歴が暴露されるから、そのことで現在進行形の自分の栄達や更なる可能性が壊されるから、となっているが、それでは動機に厚みが欠ける。映画では、動機を人間の心の両義性に求めている、愛している父ゆえもう一度会いたい、と同時に生きること自体が苦だった親子の放浪、ハンセン氏病という病気のために受けた社会からの迫害という忌まわしい記憶、そしてそんな社会で成功を勝ち取りつつある自分、錯綜する過去と現在の狭間で突然蘇ってきた究極の善人、三木健一元巡査。 最初にこの映画を観た時、それは多分封切りの時だから僕は25、6歳の頃だと思うが、菅野光亮のテーマ曲が少々歌謡曲的に過ぎる感じがして、そのことをもってこの映画を一蹴してしまったように記憶している。30数年を経てもう一度観て、脚本家の仕事のすごさをたっぷり味わせてもらった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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