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一語楽天・美は乱調の蟻

2019.03.23
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1930年代から40年代の初め頃、<近代の超克>というムードが一部で拡散して、雑誌「文学界」と「中央公論」で、文芸評論家や学者たちが座談会を開いた。「文学界」の座談会については連載2.で概観した。今度は、「中央公論」の座談会を、というより、座談会に参加した京都学派の思想を、座談会ばかりでなく他の論文も参照しながら見てみよう。

こちらの座談会に参加したのは、京都大学の学者仲間、いわゆる<京都学派>と呼ばれた4人、いや彼らは京都学派の四天王とも呼ばれていた、座談会の初回当時34歳から41歳という脂の乗り切った精鋭達だった。

京都学派アーカイブ>という京都大学大学院文学研究科が運営するサイトによると、誰が京都学派に属するかについては必ずしも確定していないそうで、「西田・田辺という二代の京都帝国大学哲学教室教授のもとに学び、時に対立しながらも互いに影響を与え合った思想家たちの集団」という広めの定義が採用されている。西田とは西田幾多郎(にしだきたろう)、田辺とは田辺元(たなべはじめ)のことだ。このように定義することで、マルクス主義的な考えを持った戸坂潤と三木清も京都学派に含められる。その他どんな学者たちがいたか、興味のある人はこのサイトに行ってみるといい。ちなみに、僕が耳にしたことのある名前は、和辻哲郎、務台理作、久野収、唐木順三などだ。

さて座談会に話を移して、まず<伝記的>事実を見てみよう。真珠湾攻撃の直前、1941年11月26日、京都学派の高坂正顕(こうさかまさあき、哲学、一回目座談会当日41歳)、西谷啓二(にしたにけいじ、仏教学、41歳)、高山岩男(こうやまいわお、文化哲学、36歳)、鈴木成高(すずきしげたか、西洋史、34歳)が、雑誌「中央公論」で「世界史的立場と日本」という座談会を行った。この後、1942年3月4日、同年11月24日、合計3回にわたって開かれ、単行本「世界史的立場と日本」(中央公論社)として1943年3月に出版されている(注1)。

座談会のタイトルに使われている「世界史的」という独特の言葉が、彼らの思想のキータームの一つだ。今なら「グローバルな」とでも言うところか。しかし、グローバルだと単に空間的な世界の拡がりしか指さないのに対して、「世界」と「歴史」を組み合わせた世界史的は、空間と時間、両方の拡がりを含んでいる。この言葉で彼らが何を強調しているかというと、まず一つ、歴史的な認識。確かにヨーロッパはその文化的特色を生かした軍事力、工業力、資本主義的社会経済力で世界を圧倒してきたし、日本も明治維新以来数十年にわたって欧化政策を取ることで追いついてきた、しかし、その時点ではヨーロッパ中心の<世界>であり世界史的とは言えない。そしてもう一つは空間的な認識。今やヨーロッパが文化的に頽落の傾向を見せ始め、日本をリーダーとする東洋の抬頭で世界はもうヨーロッパ中心では進まない、ここに至ってついに世界は本当の意味で世界性をもつようになった。

高山岩男の文章を引いてみよう。
近代世界はヨーロッパの世界への拡張の歴史であった。・・・世界はヨーロッパを中心として統一せられ、ここに統一的な歴史的世界が成立した。歴史は世界史的となった。しかしこの歴史的世界はアジアに自主的な中心を有せぬ故、極めて抽象的な世界たるを免れなかった。・・・アジアがヨーロッパに奴隷的に従属した近代世界は未だ真実の世界ではない。世界が統一的な歴史的世界となり、従って同一の歴史的時代となるにつれ、アジアも近代化を経て漸次自主的中心となろうとする。かくて世界は自主的なアジアを中心としてもつ真実の歴史的世界、すなわち世界史的世界になろうとしている。これが現代であり、現代の転換である。この転換の主導民族がアジアにある我が日本である。(高山岩男、世界史の動学、245頁、1944年、注4)
他の3人も多かれ少なかれ高山の考えを共有している。彼らの基本的な姿勢は、ヨーロッパ中心主義批判と近代化を成し遂げた日本への自信だと言える。確かに、近代化に成功してヨーロッパの大国と肩を並べるまでになった、にもかかわらず白色人種には相変わらず差別される現実がある(たとえば、パリ講和会議で日本の人種差別撤廃案が否決されたケース)、京都学派のように感じても無理はない。1930年代、40年代にもし僕が生きていたとしたら、こういった姿勢に対してそれほど違和感は感じなかったかもしれない。

ところが、彼らの思想の構成要素はこれだけではなく、日本の国体を絶対視し西田哲学に由来する(と思われる)無の主体性という観点から日本の優越性を主張する、というところまで行くと、僕にはついて行けない。引用した高山の文章の最後の方にある、「この転換の主導民族がアジアにある我が日本である」というところに、京都学派の自国中心主義が垣間見える。このあたりの論理的な展開を、次回彼らの文章から探ってみたい。

注1 「中央公論」に掲載されたのは、第1回「世界史的立場と日本」が1942年1月号、第2回「東亜共同圏の倫理性と歴史性」が1942年4月号、第3回「総力戦の哲学」が1942年11月号だった。単行本は初版15,000部、同年8月の第2版は10,000部とある(鈴木貞美「入門 日本近現代文芸史」、平凡社新書、2013年 328頁)。また、「文学界」座談会にも京都学派は3人参加していて、四天王の内、鈴木と西谷、そして「中央公論」座談会には出席していない下村寅太郎(しもむらとらたろう、数理哲学、科学哲学、ルネサンス研究など幅広い、1902年8月17日生)だった。

注2 高山のこの論文は、弘文堂から1944年に刊行された「世界史講座」第1巻「世界史の理論」に収録されていた。先日僕が古本で手にいれた「世界史の理論、京都学派の歴史哲学論考」(燈影社、2000年)は、「世界史の理論」からいくつかの論文を再録している。これらは1943年ごろに書かれたものだろう。京都学派の面々はまだ日本の敗戦を予期していなかったようだ。






最終更新日  2019.03.24 11:38:48
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