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2022.03.20
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テーマ:本日の1冊(3649)
カテゴリ:カテゴリ未分類
深川でテニス会に参加する予定で前日夜北国から東京に戻ってきた、にもかかわらず雨で流れた。まるで誰かが嫌がらせをしているとしか言いようのないタイミングで、会の始まる2時間前にそれまで泣きそうになりながらも堪えていた空がとうとう二筋三筋零しだした。泣くなら泣くでちゃんと泣いてくれよ、じゃないと諦めがつかないだろ、こちとらテニスの後は雨になるのはほぼ確実、それなら自転車で帰るのにテニス用具が濡れては困ると先を読み、100円ショップで雨合羽とバッグカバーを買ってきたのだぞ、たいした出費ではないにしても、すべてを無駄にしてくれるとはいい度胸してるじゃないか。と脅してみたところで仕方がない。雨粒は取り返しのつかないほどに落ちてきた。

深川に行くときは永代橋を渡っていくことが多い。橋を東に渡り切ったところで大横川沿いの細い道に入る。永代通りを行った方が距離的には近いのだろうが、門前仲町の人通りの多い歩道を避けるために小道を走ることにしている。川沿いを数分行くと突き当たるので、左折して北上すれば深川テニス場にすぐ着く。テニス場の裏には深川不動堂が、向かいには数年前に宮司の家督問題に起因する殺人事件のあった富岡八幡宮がある。

100年ほど前、永井荷風が何処へ行くという当てもなく四谷見附から築地両国行の電車に乗った時のことを書いている。地方出身の車掌が「スントミ町」と発音する新富町を過ぎ茅場町の手前で、当時はよくあったのだろうか停電の所為らしく、先の見えないほどの数の電車が立ち往生していた。深川行きの乗換切符を車掌から渡され、そのつもりはなかったが「自分は浅ましいこの都会の中心から一飛びに深川へ行こうーー深川へ逃げていこうと云う押えられぬ欲望に迫(せ)められ」、電車を乗換え永代橋を渡った。

短編「深川の唄」の荷風は、ここで深川の思い出に浸る。アメリカやフランスを訪れる前の荷風には、深川は存在を癒してくれる場所だった。「水の深川は久しい間、あらゆる自分の趣味、恍惚、悲しみ、悦びの感激を満足させてくれた処であった。」まだ深川行きの電車はなく、永代橋は工事中、小さな蒸気船や櫓船(ろぶね)で行くしかない。深川不動の賑わい、根下りの銀杏返し(銀杏返しの一変形だろうか?)や印半纏(しるしばんてん)の頭、水に映る人々の衣服や玩具や提灯の色など絵画的な眺め。洲崎(すさき)の遊郭に夜おそく船で通ったころ(深川の一部、今の東陽町あたりだろうか、吉原と共に東京の二大遊郭として有名だった)、料理屋の二階から聞こえる芸者の唄、酒に酔って喧嘩している裸の船頭、水に映る月、男と酒を飲んでいる女、それらの景色に美しく悲しい詩情を感じていた。尾崎紅葉たち硯友社の江戸情緒あふれる芸術に溺れていた。「音波の動揺、色彩の濃淡、空気の軽重」といった西欧の芸術には心を惹かれなかった。

荷風は永代橋の向こう岸で電車を降り、深川の通りを歩き(今の門前仲町あたりだろうか)、とある横町に幟(のぼり)のようにつるされた紺と黒と柿色の手拭に目を惹かれた。深川不動の社だと気付きその方向に曲がった。不動尊の入り口には「内陣 新吉原講」と金字で書かれた鉄門がある。(写真を売っているサイトのようなのでコピーをすることは控えるが、ここで鉄門の写真を見ることができる。洲崎の遊郭の主人たちが寄進したものだろうか。)

堂に上がる石段の下には易者の机や露店が二三出ていた。その傍に人だかりができていて覗いてみると、坊主頭の老人が阿呆陀羅経(あほだらきょう)をやっている(江戸時代末期から現れた大道芸人のような物乞い、木魚をたたきながら経文まがいの文句と節で語る)。となりには盲目(めくら)の男が三味線を抱えてしゃがんでいた。やがて男がチントンシャンと弾き出した。荷風は、その男の歌沢節(端唄をもとにした俗曲の一つ)に引込まれた、声は枯れているし、三味線の一の糸には聞くべきものもないが(荷風は「少しのさわりもない」と書いている)、その節回しと拍子の間取りが山の手の芸者にはない確かなものだった。

尊敬の念さえ感じながら、荷風はその男の生い立ちに想像を巡らせた。生まれついての盲目ではないだろう、ある程度の教育があったに違いない。しかし江戸伝来の趣味性と「明治」という時代がうまく嚙み合わず、不運にもやがて家産を失い盲目になった。不運だが不幸ではない、眼は光を失ったが、却って電車や電線や薄っぺらな西洋づくりを打ち仰ぐ不幸は知らないのだから。たとえ不幸と感じるときがあったとしても、江戸の人は我ら近代人のように嫌悪憤怒を感じることもなく煩悶に苦しむような執着心もない、やがて諦めて自分で自分を冷笑する心の余裕がある。

夕日がこの盲目の男の横顔を照らしている。ふと振り返ると西の空に紺色の夕雲が棚引き沈む夕日が生血の滴るように燃えている。荷風は一種の悲壮感を感じた、夕日の沈む西の方向には早稲田の森があり本郷の岡がある、そこは日本の学問の中心、東洋のカルチェラタンだ。ここはなんと遠く離れているのだろう。

荷風は端唄を聴きながら、江戸の情緒から離れたくないという感覚の世界と、それに比べてどれだけ安っぽく薄っぺらに思えようとも、知と美の最先端を行く西洋の文化をもっと吸収しなければならない、という義務感に引き裂かれていた。永代橋は東と西の狭間、荷風自身の象徴かもしれない。家の書斎ではワグナーとニーチェが待っている、と荷風は結ぶ。

荷風が「深川の唄」を発表したのは1909年2月(30歳)、アメリカに渡ったのが1903年9月、フランスは1907年7月とある。洲崎遊郭に通っていたのはそれ以前、1902、03年頃のようだ。

盲目の男の唄った端唄の句を、作品の中で荷風はちらりと見せてくれている。歌いだしの「秋の夜は~」と三味線の三の糸が頻りに響く「おとするものは~鐘ばかり」という部分だ。今の時代、これだけあれば検索できる。案の定、「秋の夜」という端唄に行き着いた。桃山晴衣(ももやまはるえ)の弾き唄いをここで聴くことができる。もとは「月見ぬ」だったのを桃山晴衣は「月見る」と変えて歌っているそうだ。
秋の夜は長いものとは
まんまるな月見る人の心かも
更けて待てども来ぬ人の
訪(おと)ずるものは鐘ばかり
数(かぞ)うる指も寝つ起きつ
わしゃ照らされているわいな
普通に読めば男を待つ女の心情だが、別の読みもあるそうで、佐渡金山に流された男が指を折って月日を数えながら、赦免の船を待ち月光に照らされている、とか。荷風はどちらの読みでこの端唄に感動していたのだろう。






最終更新日  2022.03.20 09:45:27
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Re:深川の唄(03/20)   ranran50 さん
北国の方にいらっしゃってたんですね。無事に帰ってこれて良かったけど、楽しみにしていらっしゃったテニスの会が流れてしまったのは残念でしたね~。

わたしは、東京に馴染みはないのですが、父親の影響で時代小説が好きなので深川とか富岡八幡宮(残念な怖ろしい事件でしたね)とか聞くと、北原亞以子先生の作品を思い出しますね~。

深川澪通り木戸番小屋のシリーズは、まさに深川が舞台ですしね~。

永井荷風さんは、お名前は国語の授業で習ったので存じ上げていますが、読んだことないです。外国にも行かれて、いろいろな体験をしたのですね。

江戸時代の人は、諦めることを知って、潔かったんですね~。現代は、いろんな選択がありすぎて、なかなか諦めるのが難しくて執着して苦しくなってしまいます。

(2022.03.20 17:28:34)

Re:深川の唄(03/20)   cozycoach さん
北原亞以子さん、2013年に75歳でお亡くなりになったそうですね。ちょうど僕くらいの年齢です。彼女の作品は残念ながら青空文庫にはありません。機会があったら図書館でさらさらとめくってみましょう。深川は行ってみるといろいろ面白いです。古本屋もいくつかあるし、「のらくろ」を画いた田河水泡が幼年・青年期を近くで過ごしたとかで、高橋のらくろードというのもあります。入ったことはありませんが、深川江戸資料館というのもあります。清澄公園の向かいあたりです。時代物のテレビドラマを最近好きになりまして、池波正太郎の鬼平犯科帳、藤沢周平の三屋清左衛門、佐伯泰英の吉原同心、などを再放送で楽しんでいます。

執着心というのは、もちろん僕も囚われることが多いのですが、ふーっと息を吐くようにして体内から放出させると、不思議と消えていく方法があります。最近は物忘れがひどく、こんな方法を使わなくても執着心は持てなくなりましたが。 (2022.03.20 18:13:04)

Re:深川の唄(03/20)   tom☆ さん
この土日はテニスの為休みを取ってました、土曜日はまず雨予報でしたが 結果朝から晴れててテニス出来ました♪ しかしまた夕方から激しい雨が…………朝は晴れてて、コートをはいて やはりテニス出来ました♪  
 そうは離れてない地域と思われるのに、出来なかったとは残念でしたね。 (2022.03.20 22:59:47)

Re[1]:深川の唄(03/20)   cozycoach さん
tom☆さんへ

コーチが引退したのでサークルも解散したのかと思ってましたが、テニス継続なんですね。そりゃそうですよね、好きなことはそう簡単に止められるもんじゃないです、身体が続く限りは。ところでナダルは今季絶好調で、明日もフリッツを一蹴するんじゃないですか。ジョコが反ヴァクで出場できないですからね。
(2022.03.21 03:08:10)

Re:深川の唄(03/20)   JAWS49 さん
非常に味わいのある記事をありがとうございます。
ディテールを沢山散りばめて頂いたので、ちょっとした小旅行をした気分になりました。水面のさざめきと、三味の音と唄いとが聞こえてくるようです。

漱石は勿論、当時は西洋文明に「対峙せざるを得ない」気持ちの文化人が少なくなかったんでしょうね。

江戸人(と、cozycoachさん)の諦観も天晴れ。
お上と御天道様には逆らえないと諦めてたんですね
(どこかの国の国民の顔が浮かぶ。。。)
息をふーっと抜く術を身に付けてみたいものです。


時代劇をご覧になっているとは意外。
某は勝新ものとかに偏りのある素人ですが、時代劇チャンネルにはいずれ契約しようかなと思ってます。
鬼平はファンが多いようですね。二年くらい前にアニメ版を観ました(スタイリッシュでしたよ。若者にも気付いてもらえればいいのですが。。。)
(2022.04.06 00:58:45)

Re[1]:深川の唄(03/20)   cozycoach さん
JAWS49さんへ

じっくり読んでいただき、感謝します。

創作(どんなに拙いものでも創り出すものですので、こう呼びますが)とは面白いもので、深川でのテニスがこういう形で呼んだこともない永井荷風の短編に繋がり、最後は桃山晴衣の端唄に行き着きました。この方、端唄などの世界ではよく知られた人のようで、インタビューのビデオなどがあります。一度ご覧になってみてください。

僕の場合、端唄「秋の夜」の「数うる指も寝つ起きつ」のような心境をはるかに通りすぎた場所で書いていますが(つまり読者を期待しない地点で書いている)、一人でも二人でも「味わいのある」などと言っていただくと嬉しいです。

>漱石は勿論、当時は西洋文明に「対峙せざるを得ない」気持ちの文化人が少なくなかったんでしょうね。

そのようですね。荷風は漱石以上に和に捉われていたと思われます。僕のような日教組の教育で育ってきた人間は逆に和を否定したような生き方をしてきましたから、今のように若い世代が和も洋も拘りなく混ぜて生きていくのが少々羨ましいです。

息をふーっと抜く術は、年齢とともに自然と身に付くものと思われますので、ご心配なく、やがてわかりますよ。

鬼平は、家内が好きなので見ることになりました。錦之介より吉右衛門の方が好きです。アニメは観たことがありません。勝新の座頭市は、これも家内が好きです。僕は子供の時に、あの杖刀を振り回す真似をしたものです。逆手に持って切り回すのが格好いいですね。 (2022.04.06 05:34:33)

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