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テーマ:映画館で観た映画(8343)
カテゴリ:洋画(た行)
原題: TOKYO 監督・脚本 : ミシェル・ゴンドリー 、 レオス・カラックス 、 ポン・ジュノ 出演 : 藤谷文子 、 加瀬亮 、 妻夫木聡、ドゥニ・ラヴァン 、 ジャン=フランソワ・バルメ 、嶋田久作、 香川照之 、 蒼井優、 竹中直人 公式サイトはこちら。 <Story> 駆け出しの映画監督アキラ(加瀬亮)と共に上京してきたヒロコ(藤谷文子)。部屋探し、就職…、物事が上手くいかない中で、ヒロコは自分の居場所が次第になくなっていくのを感じる。(「インテリア・デザイン」) 東京の下水道から出没する謎の怪人「メルド」(ドゥニ・ラヴァン)。人々が恐れる中、ついに大きな事件が起こり…。(「メルド」) 10年間引きこもりの生活を続けている一人の男(香川照之)。ある日、配達に来た美しい少女(蒼井優)と目が合い…。(「シェイキング東京」) TOKYO! - goo 映画 <感想> ミシェル・ゴンドリー(「インテリア・デザイン」)、レオス・カラックス(「メルド」)、ポン・ジュノ(「シェイキング東京」)の3名の外国人監督が、TOKYOをテーマに30分づつオムニバスを作り、集めた作品。 自分も東京生まれ東京育ちなだけに、こうして故郷を扱っている作品は大変興味がありますし、俳優陣も魅力的なものがあり、是非ともと拝見してきました。 もともとこうした、外国人監督が日本を描くパターンの映画はかなり評価が分かれがちなだけに、どんなものが出て来ても致し方ないかなとは考えてはいたので、3人3様の描き方をじっくりと見つめることができました。 <「インテリア・デザイン」 ミシェル・ゴンドリー監督> 何故か最近スクリーンでお目にかかる頻度が高い加瀬亮クンと、藤谷文子ちゃんとのカップル。 存在意義っていうものをみんな探していて、それは何も世間の規範に添っていなくたっていいじゃないだろうか。自分と言う存在が誰かに喜んでもらえるなら・・・。 そんなメッセージを感じました。 ゴンドリー作品は『恋愛睡眠のすすめ』が自分としてはどうにもわからなかった世界だけに、これは正直かなり心配でしたが、今回は彼の主張は納得いきました。 他者との関わりを密接に求めたいわけじゃなく、自分達がそこそこ成功して暮らしていけさえすればそれでいいって思っている人が、「透明な自分」にもしもなってしまったら・・・。 現実の世界では居場所がなくても、架空の自分で受け入れてもらえるのならそれはそれで十分、そういう割り切りの世界もこれからは多く出てくるのでは。 大森南朋さん好きなんで、まったりと一緒にいられるなんて素敵♪ なんて思いながら観てました。。
<「メルド」 レオス・カラックス監督> 個人的にはこれが最も3作品の中で最も難解でした。 他者に対しての歪んだ感情が全て集約されたかのような「メルド」。 蓄積されたものが一気に噴き出していく様子は、秋葉原の事件などを取ってみてもわかる。しかしこれが制作されたのは昨年なのでまだこの事件の前。 カラックス監督はそんな空気を東京にも感じ取っていたのだろうか。 「誰でもよかった」と必ず言う。そしてその理由として理解不能な言葉を述べていく。東京以外の他国の都市でもこの現象は発生していると思うけど、不気味さが近くにくる可能性がますます高まっていると思うと、恐ろしいものを感じる。 <「シェイキング東京」 ポン・ジュノ監督> 3作品のなかで、唯一「東京」をイメージして作ったという脚本。 お隣の国韓国の監督なだけに、恐らくかなり東京を研究して来られたのではないかと想像しました。 完璧にルーティーン通りに過ぎていく、男の引きこもりライフ。 整然と並べられた室内の空き箱、トイレットペーパーの芯は、次の日にも必ず次のものがそこにやってくるなどという保証はどこにもないのにも関わらず、次の日は絶対に今日の続きであると信じて疑わない男。それは自分だけの世界に入り込んでいるから通用すること。 しかし他者と11年ぶりに目を合わせたことから始まる、規則性の崩壊。 他者とのコミュニケーションなのだから、相手が次にどのように出てくるかなんて予測不可能だし、自分も次にどうなるのかなんてわかるわけがない。 規則性が壊れてしまった男は、久しぶりに相手への1歩を踏み出すが、相手がその通りに動くとは限らないのもまた事実。 自分だけが絶対という観念を覆すための「シェイキング」、すなわち地震。
香川さんに射す光の加減や、役柄などを観て思い出すのはやっぱり『ゆれる』。ポン・ジュノ監督はもしかしてこの作品を観ているの? っていうくらい。蒼井優ちゃんへの想いなんて、まるで『ゆれる』の早川稔な雰囲気でした(笑 サイキックな人物を演じさせたら安心して観ていられる香川さんだけに、これは面白かったです。 地震と『ゆれる』、これも妙なつながりだなと思いました。どちらも、ゆれることによって崩れていく過去なんです。 外国人監督が日本を描く映画ということで、どうしても比較対象になるのは『Lost In Translation』なんだろうなとは感じていました。これは個人的にはとても好きな映画です。 ところどころ、回想シーンや空想シーンなどが入って、ロケ地も京都などに飛んでしまう『Lost In Translation』。あちらはどちらかというと「外国人が感じる、日本の中の孤独」をテーマにしていますが、この映画はあくまでも、TOKYOに対してのトリビュート的要素を含んでいると思う。 ミシェル・ゴンドリー監督曰く、「僕が撮りたいのは『ロスト・イン・トランスレーション』じゃないんだ」と。日本の、東京の今を感じて、それを3人3様に表現しているということはうなずけた。 3つのオムニバスだから当然エンドロールも半端じゃなく長い。その長いエンドロール中にかかっていたのが、HASYMOの「Tokyo Town Pages」。 道理でインストゥルメンタルなのに妙に心に残るんだなと、珍しく最後の最後に感動してしまう。 このエンドロールを観ながら、自分にとってのTOKYOって一体何だろう?と考えさせてくれるような効果がありました。
今日の評価 : ★★★★ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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