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華々日記~心と身体に良い生活~

華々日記~心と身体に良い生活~

NZ旅行記 -その1

購入した車を使って、友人とニュージーランド1周二人旅に繰り出しました。
その時の色々なハプニングや出会った人々、美しかった風景などを
友人に知らせる為にメールした時の内容です。



こんにちは。
今回からは自分の旅行記を兼ねてニュージーランド(ほとんど南島)の紹介をしていきたいと思います。

前回のメールでも言ったように、私は1ヶ月くらいかけて車で旅行をしていました。
一応旅行中は殆ど毎日日記を書いていたのだけれど、年をだんだんとっているせいか記憶力がかなり薄れてしまい、
夜寝る前に日記を書くときは、その日の出来事すら結構忘れていたりします。

まぁ、あいまいな記憶の中で書いているので、ちょっとずれていたりもするけれど、
読んでもらってニュージーランドって結構楽しそうとか、
ちょっと旅行に行ったような疑似体験をしてもらえると嬉しいなぁと思います。


2月4日 Christchurch→Akaroa
ホーステティ最後の日でもあり、今までお世話になったボブ(ホストファーザー)とパット(ホストマザー)とお別れの日です。
一応ハグ(抱擁)をしてお別れだったのだが、彼らは息子夫婦と海にサーフィンをしに行くということで、
私が丁度出て行くときは息子夫婦たちが来ていて、感傷に浸っているという感じではなかった。

その後友人(Saori)を迎えに空港に行った。
ニュージーランド航空の旅客降り口で待っていたのだが、全然彼女らしき人がやってこない、
と、突然携帯の着信音がなったので、でて見ると彼女だ。
なんと彼女はカンタスニュージー(オーストラリアの航空会社)に乗ってきていたそうだ。
なんとか会うことが出来、近くのスーパーで買い物を済ませいよいよ出発。
老いぼれ車に鞭打っているため、不安も大きいが期待も大きい。
体は小さいけれどね。

友達に話では聞いていたのだが、Akaroaに行く道はかなりの坂道があり、
私の車だと結構危ないかもと言われていたが、坂道ではサードやセカンドに落とすことによりなんとか着くことが出来た。

ここはイギリス人よりもフランス人が先に入植した港町であり、
チャーチから車で2時間ぐらい離れたバンクス半島にある小さい町だ。
周りを山々に囲まれているために海というよりも湖といった印象を受ける。

建物や通りの名前などにフランスの名残を感じたりもする。
ニュージーランドの人に言わせると、とってもラブリーな町らしいのだけれど、
私には別に・・・・といった感じである。
と言うのは、着いた日の夕方、Saoriと散策も兼ねて歩いていたら、
足にちょっと痛みを感じた後に非常に痒みを感じ始め、
「何だこれは?」
と思ったら、サンドフライ(蝿と蚊のような虫であり、刺された後の痒みは強烈、1週間ぐらい痒みはひきません)に刺されており、
しかも3箇所ぐらいやられてしまっていた。

幸いSaoriが中国人の友人から貰った虫刺されの薬を持っており、1つ譲ってもらった。
パッケージは虎の絵が書いてあり、匂いはタイガーバームそのものであった。
おそらくバッタモノのあろうと思われるが、流石、中国3千年の歴史!!
これがなかなか効力があった。

その後夕飯を作っていたら、そこのバックパッカーズで働いている女の人が話し掛けて来た。
てっきり現地の人だと思っていたら、オランダからの旅人であった。

彼女はレストランの経営者なのだが、旅がするのが好きで今は他の人にレストランを任せて旅行に来ていると言う事だ。
なんとも羨ましい限りだ。
私は仕事を辞めて来てしまったので、勿論戻ったら仕事を探さないとならない。
しかし、そのことを考えると白髪になりそうなので、考えないように気をつけている。

友人Saoriは免許を持っているのだが、彼女の免許がAT限定にも係わらずMTにチャレンジすると言い出した。
で特訓をしたのだが・・・結果は想像の通り。
やはりMTを運転したことが無い人が運転するのは、想像する以上に大変そうだ。
でも教えるほうもすごっく大変だった。
でも私は助手席ではらはらするよりもずっと運転していてへとへとになるほうが精神的に楽だと思い、
自分がずっと運転することを選んだ。


2月5日 Akaroa→Nelson
これはかなりの長距離運転だった。
NelsonにつくまでにHanmer Spring近くで昼ご飯を兼ねて休憩した。
ここNelsonは南島の北端に位置する街で、日照時間の多さと温暖な気候を持つためこの地域では果物、野菜の栽培が盛んに行なわれている。
そしてNelson周辺には3つの国立公園がある。
もっとも私が行ったのは一つだけだけれど、一番有名な国立公園です!!

この日は宿に着いたのが6時半位だった為、特に何も出来なかったが、
ここに来る途中でなんと私はヒッチハイカーを拾ってしまった。
Saoriには私はそういうのは賛成しないと怒られた。
しかし重い荷物を置いて、暑い最中親指を立てながら立っている彼らを見て誰がほっとくことができるだろうか?!
私の脳裏には猿岩石、ドロンズと蘇ってきてしまった。

そういえば、子供の頃によく捨てられている猫や犬を拾ってきて両親に怒られたが、
これもこのシチュエーションって少し似ているような気がする・・・・
まぁ、とにかく私が拾ったのはフランス人の男の子で、以前はオーストラリアに居てオリンピックを手伝っていたそうだ。
この彼を拾ったのは1回だけだったけれど、その後いく先々で彼を数回見た。
多分ヒッチハイクが上手くいっていたのだろう。


2月6日 Nelson (Abel Tasman National Park)
ここはNZ最小の国立公園でありながらも、訪問者は最大といわれている。
特にシーカヤックやトレッキングが主なアクティビティである。

Marahauというところまで車で行って、そこからはWater Taxiといわれるモーターボートに乗ってAnchorage Hutまで行った。
そこに行くまでの間に運転手のおじさんが見所などを案内してくれるが、
モーター音と私の聴解力不足のため何を言っていたかが聞き取れず、
とりあえずこれを説明しているのかなぁと思いながら、前面に見える光景を見ていた。

また、海が信じられないほど青く透き通っていた。
ここで見た景色はNZで見た中でも本当に1,2に入るぐらいの素晴らしさだ。
これをライブでお届けできないのが本当に残念です。

私はここではトレッキングで3時間ぐらい歩き回った。
干潮時と満潮時でトレッキングのコースが違うのだけれど、
そのときは調度干潮時だったので潮がひいていて、
本来であれば海であるところを渡っていった。

最初はビーチサンダルで歩いていたけれど靴擦れをおこしてしまい、
その後裸足になったが貝殻がかなり沢山あるため、足の裏にささり、
それも痛いので再び靴を履いて歩いていった。

NZの人やヨーロッパの人は本当に歩くのが好きで、
トレッキングのコースには4,5日間かけて歩くようなコースも沢山ある。

歩いた人にいわせると、とてもラブリーであり美しいそうなのだが、
私には絶対出来ません。もう3時間歩けば十分おなか一杯と言う感じ。
でも荷物を背負わなくて良くて、快適な宿泊施設に泊まれるならやってもいいかなとも思う。
でも、そんなことをする人は最低限の生活で我慢できる人なのかもしれない。

帰りの迎えは船がやはり来てくれるのだが、そこには思ったよりも大勢の人が船待ちをしており、
船が迎えに来たときは、まるで獲物に群がるハイエナの如く、船の周りに群がっていた。
後から他の船が迎えにすぐやってくると言っているのに、
「私はこの船に乗るんだ!!」
とばかりに鼻息を荒くした人が(特に女性)乗り込もうとしていた。

日本人である私達はちょっと圧倒されており、遠くでその光景を見ているだけだった。
やはりあれぐらいの図々しさがないと海外ではやっていけないのだろうか?
とSaoriと顔を合わせて問いかけあったりした。

そして、船に乗り込んだのはいいが、帰りは往きの時よりもかなり波が荒く、
船は波に乗るたびに飛び上がり、まるで遊園地のジェットコースターかなにかのアトラクションに乗っているかのようだった。
特に私は一番前の席に座っていたので波の衝撃を直接に感じていた。
Saoriは一番後ろの席に座っていたのだけれど、
彼女の横に座っていた男の人(ドイツ人だと思う)は異常なくらいその衝撃にはしゃいでいて、
船が飛び上がるたびに「イェーィ、ウヒョー」と奇声を発していた。
彼女と目が合ったときに
「君も面白いと思うだろ、最高だよね」
と眼で話し掛けられ、
「そうね、私もそう思うわ」
と返事をしたそうだ。


2月7日 Nelson→Westport→Punakaiki→Greymouth
この日もかなりのロングドライブをしてしまった。
Westportまでは内陸を走ってきたが、ここからはWest Coastを走っていく。

言葉の通り西海岸であり、タスマン海に面しており、ちょっと荒れた感じのする海岸線だ。
なんかすごく懐かしい、見覚えがあるような感じがすると思ったら、
少し日本海の雰囲気に似ていたりした。

驚いたことにNZのいくつかの地域の風景は日本に似ているところがあったりする。

PunakaikiにはPancake Rocksという自然に出来た造形があり、
ここの海沿いでは石灰質の岩が層を成して重なり、
まさにパンケーキを幾つも重ねたかのように見えることからそう呼ばれている。
潮が吹き上げているところなども見れてなかなか面白い光景だ。

しかし、後日宿で一緒だった人にここの名前を説明でしても、
なかなか分ってもらえず、発音がまだまだ出来ていないと、少し悲しくなってしまった。

Greymouthにはあまり見るところは無いのだが、次の所まで行くには余りにも遠すぎるので
とりあえず一休みのためということで滞在したのだが、どこにでも行けば宿が取れるだろうと、
今回は全く予約をせずに直接出向いたところ、なんとマジックバス(NZ国内の個人旅行者向け周遊バス)
とかち合ってしまい、泊ろうと思っていたばっくぱっカーは満室だった。
その後他の所に行き何とか泊まるところを確保できた。
これを教訓にしてその後からは、次の所に行く前に宿を取る習慣がついた。

一応学習はしているようだ。


2月8日、9日 Greymouth→Franz Josef Glacier
ここFranz Josef Glacierは世界でも大きな氷河になります。
Greymouthからここに来るまでの景色は、場所によって非常に異なっており、
ずっと運転しているのにも係わらず眠くもならなかったし、
今回は幸いなことに思ったよりも長距離ドライブにはならず午後の3時くらいには着くことが出来た。

Saoriは氷河ハイクをするのにやる気満々で幸いにもそこのバッパー(バックパッカーズの略)で予約をすることが出来た。

私はというと、年末年始の旅行のときに既に、Fox GlacierでHeli Hikeを経験しているので今回は遠慮をしておいた。
しかし、このときには次の日に何をするかを全然決めていなく、
あーぁ、明日は何をするべきだろう
とインフォメーションセンターで貰った地図と片手に考え込んでいた。

夕飯を作るときに驚いたことが起きた。
中国人の中年4人組カップルがそこバックパッカーに泊まりにやってきたときのことだ。
大体中国人がそういうところに泊まるのは非常に珍しく、
私自身としては中国人がバッパーに泊まっているのを見たのは、それが最初で最後かもしれない。
大抵はバッパーに泊まる人はそこにある調理器具や台所を使って、自炊をするのだが、
その彼らはなんと炊飯器を持参していたのだ。
それもかなり大きいやつでたぶん、1合炊きぐらいの大きさだった。
中国人が食にうるさいと言うことは知っていたし、
学生の中国人でも中華が食べたくて彼らはフラットに移る(そうすれば、自分で中華が作れるから)
というぐらいだから彼らにしたらあたりまえのことかもしれないけれど、
そんな光景を見たのは初めてだった。

言い換えてたら、キャンプをするときに炊飯器を持って来るみたいな感じである。

ちなみに私たちがご飯を炊くときはいつも鍋を使っていたし、
未だに私は鍋を使っている。
私の住んでいるフラットには炊飯器もあるのだけれど、
使い方を聞くのが面倒くさいので使ったことがありません。

次の日Saoriが氷河ハイクに行っている間に、私は近くのウォーキングコースに行こうと決めた。
車で近くの駐車場まで行き。Duglas Walkという1時間ぐらいのコースに向かった。

このコースの中にはPeter Pool(ペーターの池)という池があり、この池が周りの風景を映し出していた。
調度私のいったときは風も無かったので、本当に鏡のように周りの風景が映っていたのでただただ綺麗だった。

そして、歩いている最中に1組のカップルに会った。
彼らはクライストチャーチに住んでいるのだが、もともとはイギリスからやってきたそうだ。
イギリスのロンドンにはコックニィという言葉(方言みたいなもの)があるそうなので聞いてみたら、教えてくれた。
すごく優しいカップルで、私が一人で歩いていたのでそれじゃ一緒に行こうと、一緒に残りの距離を歩いて行った。

その後バッパーに戻って見たら、実は彼らが泊まっていたのは、
真向かいのモーテル(日本でいうところのモーテルではないよ)であったので、
本当に人の縁というのは奇遇だなぁと思った。


No2に続くきます。


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