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2019/08/12(月)19:31

エイフマン・バレエ「ロダン」

バレエ(海外バレエ団)(120)

 エイフマン・バレエ  ロダン 〜魂を捧げた幻想(全2幕)  台本・振付・演出:ボリス・エイフマン     音楽:モーリス・ラヴェル、        カミーユ・サン=サーンス、     ジュール・マスネ、     クロード・ドビュッシー、     エリック・サティ  舞台装置:ジノーヴィ・マルゴーリン  衣装:オリガ・シャイシメラシヴィリ  照明:グレプ・フィリシチンスキー、     ボリス・エイフマン  世界初演:2011年11月22日  東京文化会館 大ホール  開演19:00  <キャスト>  ロダン…………………オレグ・ガブィシェフ  カミーユ………………リュボーフィ・アンドレーエワ  ローズ・ブーレ………リリア・リシュク        他   エイフマン・バレエ ★エイフマン・バレエ 日本公演2019「ロダン」 https://www.japanarts.co.jp/eifman2019/rodin.html  こ劇の鑑賞仲間Y田さんと「マシュー・ボーンの白鳥の湖」を観たのち、渋谷から上野へ移動。昨夜職場で酷い下●をしたのでスープ屋さんの温かいお粥で鑑賞前の腹ごしらえを。昨晩と今朝は絶食(OS-1のみ)家を出る前にお粥を軽く食べただけ。身体がフワ〜として地に足が着いてない感じがするけど、心は元気ですよん  身長「男性184cm 女性174cm」以上が入団条件とあって、ひとりのダンサーが立つだけで存在感がありますねぇ。群舞だと舞台が狭く感じます。映画「カミーユ・クローデル」で刷り込まれた ロダンは芸術家としては天才でも一人の男としてはクソ…な印象のまま観て、やっぱりクソでしたね  心を病んだカミーユが精神病院で暮らす場面から始まる。白塗り、白ドレス、無垢な少女のようなカミーユ。面会に訪れたロダンの過去を回想するようにストーリーが進む。  アトリエに弟子入りしたカミーユにロダンは心を奪われる。初めは作品のモデル、そして瑞々しい才能に惹かれていく。ロダンとカミーユのお互いをリスペクトしインスピレーションを与えあう関係は、創造という一種の闘いの同志としては最高なのかもしれない。ロダンには創作活動の戦場と家で自分を待つ凡庸な妻のローズという居場所があった。しかしカミーユとローズには、ロダンが全てだった。    ロダンは愛人と妻の板挟みになりつつも、彼の心が求めてやまないのは己の才能だとわかる。才能の具現化である彫像の前にはカミーユの若さも才能も霞む。カミーユは創作活動の源、ローズは癒し(食事)の提供者として存在するだけ……両者の健気さに泣けてくる。映画でも思ったけれど、なぜ凡庸な女性を妻に?と疑問だったが、謎がとけた。ローズもかつてはロダンのミューズだったのだ。作品が売れず貧しかった時代を支えてくれた恩があるゆえに捨てられないのだろう。  彫塑台の上に立ったモデル役のダンサーをロダン役のオレグ・ガブィシェフが「捏ね」ると、ダンサーの身体が無機質で変幻自在な物体に変わる。本当に粘土を捏ねて造形を生み出すようだった。高身長のダンサーたちの柔軟性と可動域の広さが素晴らしい。そして完成した『うずくまる女』『カレーの市民』『永遠の偶像』……美しい。生きる彫刻に見惚れた。  アトリエを飛び出し放蕩な生活を送るカミーユ。再びロダンの元へ戻ることを希望するが、ロダンは受け入れなかった。ロダンに捨てられ、自らの作品も世間の酷評に晒され、ついに精神を破綻させてしまう。カミーユの病んだ心の内で渦巻く狂気。ゾンビのような女たちがワラワラと現れ(ここ超怖かった)舞台後方の四角い額縁をよじ登り、『地獄の門』となり、カミーユもその一部となる。世紀の大傑作は、人間の狂おしいほどの感情から成り立っているのか。そしてカミーユと女たちは闇(病室)へと消えてゆく。どこからともなく響くノミの音が哀しく聞こえた。  短時間(休憩25分間込み120分とバレエ公演にしたら短め)でスピーディーな場面展開と、スーパーモデル級の見目麗しいダンサーたちのアスレチックなリフトやアクロバティックな動きに、あっという間に時間が経ちました。良かったです。ロシアのバレエといえばボリショイ、マリインスキーを代表とするクラシックの大御所ですが、エイフマンも数年おきに来日してほしいです。人間の業、それも苦悩とか狂気とかの「負」の部分を題材にした”大人”な演目が大好きなので! にほんブログ村

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