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∞ My Life As A Nomad ∞

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Jun 15, 2013
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カテゴリ:トルコについて♪




ビールと蕎麦が美味しい季節になりましたね~★

takaoyama.jpg


トルコでまさかのデモが始まってから、早2週間。
政府の息のかかったメディアは何も放送しないけれど、Facebookは大忙し。
色々な友達のリアルタイムのデモ状況がリアルタイムでどんどん更新されてました。

アーチストの友達は、またもや早速こんな曲 ↓ を作っていた・・・(-_-;)相変わらずです。。
「Chapuller」 Dinar Bandosu

https://www.facebook.com/photo.php?v=519101298143692

chalpuling.jpg

まあ、これだけの騒動になるとは、寝耳に水だったわけですが。
別に突然のことではなく、起こるべくして起こった国民のフラストレーションの爆発です。
貧困・不公平とは別の理由の。思想信仰の自由が迫害されつつあるという危機感から。
今の政権のイスラミックな価値観の押しつけが、数々の政策にて表面化されてきたのです。
今に始まったことじゃないとはいえ・・それでも誰もの堪忍袋の緒が切れる寸前でした。

2002年に、AKPが政権を握ってから10年近く。
もちろん、様々なマイナス面に目をつぶっても、彼らの政策が全て間違っていたとは言えないし、
良い業績も沢山残していることは認めましょう。
ただ、彼らの価値観は市場経済主義とイスラムの教えに偏り過ぎてしまいました。
確かに、物質は豊かになり、人々は小奇麗になり、町はクリーンになりました。
安定した政治、経済的ポテンシャルから、多くの外資がマーケットに注目するようになりました。
しかし、その発展は、私にとっては失望と落胆の過程でした。
毎回足を運ぶ度、私の愛したトルコはどんどん消えてなくなってゆく。
市場経済主義やコマーシャリズムに汚染されたクリーンで小ざっぱりしたトルコは、別の国のようでした。
少なくとも私の愛した、純粋と混沌、愛と憎悪、エネルギーと退廃、民族と宗教とイデオロギーのカオスでありながらも、一杯のウサギの血の色をしたチャイを交わせばすべてが融合される・・・。そんな自由で何千年もの歴史の息吹を感じられるトルコは、どんどん古き良き時代に葬られてゆきました。
この失望たるや・・瞳のキラキラした多才で優しいあらゆる可能性を秘めた少年が、大人になってドブネズミ色のスーツに身を固め、お金のあるものに頭を下げ嘘をつきながら、あくせくと市場経済の奴隷になってゆく現実を見てしまった時に感じる、何とも言えない哀しみと似ています。
もちろん、私ですらそうなのだから、トルコの国民達が感じる喪失感と怒りは相当なものでしょう。

そんな中、人々の怒りに火を注ぐように、あの首相は少々でしゃばり過ぎました。
「これは俺様の国。国土をどう使うかは俺様が決める。倫理も道徳も俺様が決める。」
そんな日本のどこかの市長みたいな、傲慢で鼻もちならない態度で国民を挑発していたのです。
最近はトルコ航空の女性のスチュワーデスの制服を変え(ひざ下スカートに胸元をしっかり隠したもの)、夜間アルコール販売禁止令などの法案を可決したりと、ずいぶんやりたい放題でした。

忘れてはなりません。AKPの支持率が50%なのも、国民の半分が支持しているってわけじゃないのです。
政治への夢も希望も諦めたボイコット票の30%は、自由に慣れ親しみ、文化・文明が何であるかを知っているリベラリストなのです。そんな多くの国民が、教養も文化のかけらもない、ただ金とイスラムだけを崇拝し、戒律・規律をうるさく押し付ける政府の暴挙に耐えられるはずがありません。

今回のデモは公園の樹を切るとか切らないとかいう下らないことがきっかけですが、
全国的に拡大しました。民族や宗教、世代を越えた「打倒政権」の大同小異運動です。
ただ、残念ながら、これは一時的なもので何かを変える力は持たないだろうというのが私の見解です。
なぜなら、どこでも共通するように、リベラリストの弱点は「組織力」がないことなのです。
集まっている群衆の中には、ただお祭り好きなもの、暴力好きなもの、略奪や喧嘩目当てでやってくるものもいます。それらのどうしようもない族をコントロールすることさえできません。
もはやデモの群衆が、お互いにお互いを嫌悪しはじめています。
そんな中でいくら「打倒政権」を叫んだところで・・何が変わるでしょうか。

これは日本の反原発運動にも言えます。

去年一年色々参加し、実際に活動にも加わって思ったことは、「このやり方じゃだめだ」でした。
何か別の方法を見つけなければ、いくら人が集まって、いくら叫んだところで、何も変わらない。
どうやって組織化してゆくか。できるのか。どのようなツールを使えばいいのか。

もしかすると今後のトルコでの動向に、色々なヒントが出てくるかもしれません。
私達日本も、人ごとではない事態ですよ・・。まじめに。


最後にデモの喧騒とは隔離された空間なう、紫陽花の美しき・・・★

kamakura.jpg







最終更新日  Jun 15, 2013 08:44:44 PM
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May 19, 2013

4月中に実母と決別してまもなく、5月1日に愛する友人が亡くなった。
私は10日後にそれを知った。
自殺だった。

kiritappu.jpg

ゴールデンウイーク中の道東旅行で、
なぜかふとその友人のことが気になったり、
なぜか崖を見ては胸騒ぎがし、気分が悪くなったのも虫の知らせかもしれない。

なにはともあれ、
事実を知った時の私は
まずショックで茫然とし、それから怒りが沸き起こり、んでもって喪失感に泣いた。
それからちょっと自己嫌悪した。
なんだ、結局は自分のことばかり考えて悲しんでいるんじゃないか。と。
人が死んだ時に悲しいと思う感情ほど不謹慎なものはない。
もう会えないこと、同じことに怒ったり、同じことに感動したり、
そういう感情を分かち合える貴重な友達が私の世界からいなくなったこと、
楽しい時間を過ごせないこと、優しい言葉をかけてもらえないこと、
彼の作り出したもの、彼のやっていることに刺激を受けてパワーをもらうこと、
そういうことがもう二度とできない=悲しい
という公式は、人の死にすら自己憐憫を感じている。
すなわち筋金入りのエゴイストではないか?!

彼はひたすら苦しみ、悩み、ボロボロになって死を選択した。
良かったねと言ってあげるべきなのではないか。
私に何故相談してくれなかったのか・・・なんて綺麗事は言いたくない。
仮にそういう分かち合えない苦しみや悩みに悶々とした人間に頼られたところで、
きっと、うざいと思って距離を置いただろう。
いつものように物理的に側にいたり、家にかくまってあげたとしても、
精神的に支えになるほどの献身的な優しさを与えられなかったろう、私は。
それに、根本的に相談するとか分かち合えば何とかなるという問題ではないのだ。
彼の中の繊細過ぎる魂は。おおよそ凡人には理解不能な複雑さ。
彼はもう慢性的に、こういう社会にも生きることにもうんざりし、
はっきり言っていつ死んだっておかしくなかった。
「じゃ、また明日ね♪」と言ったが矢先、
あっという間にビルの屋上から飛び降りてしまうような危なっかしさがあった。
それもとても軽く。愉快に。爽快に。
つまりは、あまり生に執着していなかった。
いつだって死ねる今この瞬間に。というフットワークの良さ。

mashu.jpg

嗚呼友よ・・・摩周湖の水のように濁りなくどこまでも透明な友よ・・・。
さよならも言わずに逝っちゃうだなんて酷いじゃないか。さびしいじゃあないか。
そもそもあなたは実在していたのだろうか?
闇に舞う蝶のように、ふわりふわりと宙を舞い降りてきては、
キラキラ輝く優しさを金粉のようにあたりに振りまき、
触れ合う人の心を温かくしたと思ったら、次の瞬間もう消えている。
次にいつ現れるかも分からない。
何も知らない少年のようにひたすら正義を信じ、
絶対に嘘をつけず、作り笑いができず、ゆえに要領よく生きられず、
スマートに折り合いをつけられず、バランス感覚も狂いまくりで、
そのあまりもの純粋さを、私達はずいぶん笑いからかったけれど、
本当は羨ましかったんだ。その生きざまが格好良くて・・・。そして好きだった。

誰も立ち止まらない、目をとめない、
スポットライトの当たらない日蔭の弱い命を決して見逃さず、
それを守るために、人生をかけていた。
いつも静かに打ちひしがれた強さを持つものの味方だった。
そこに美しさを見出し、価値を与え、こよなく愛し、命をかけて守ろうとした。

物欲も名誉欲もなく、だからこそ何も持たず、どこにも属さず、
孤独を愛しながらもさびしがり屋で、ナルシストでありながらも隣人を愛し、
そこに困っている人がいたら、自分の持っているものを全て分け与え、
そこに悩んでいる人がいたら、自分の時間を全て注いだ。

なぜ、一体なぜ私達はあなたのように生きられなかったのだろうか。

nezumuseum.jpg

ご冥福を。

死後の世界も、天国も地獄も信じていないけど。
何か強いスピリットは信じている。精神的な。伝わってくる。
別れや人の死に対して少し強くなった私は、悲しまない。
悲しむ代わりに感謝しよう。
故人が私に残してくれた思い出に。
ありがとう。
一生懸命で、純粋で、楽しかった。


 

 **********
聖書の言葉

もし自分に子どもがいなくても、
徳を持っていればよい。
徳こそ不滅のものだからだ。
神も人も徳を喜ぶ。
そこに徳を見出すと、
人は真似ようとする。
徳が欠けていれば、それを
欲しがる。だから、悪い人に
どれだけ多くの子孫がいても
何にもならない。
徳がないからだ。
生きた年の数で
人を計ってはならない。
正しかったか、徳があったか、
愛があったか、が喜ばれる。
そういう人の霊魂が
神に喜ばれる。

知恵の書 第4章
フェデリコ・バルバロ訳『聖書』に準拠(
白取春彦氏)






最終更新日  May 19, 2013 03:23:57 PM
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Mar 31, 2013

yaku1.jpg

最近マイケル・サンデルの本をいくつか読んでいる。
この人の良いところは、主義主張の押し売りをしないところだ。
ただ実例を淡々と羅列し、読者に考えさせる。
嫌、感じさせると言ったほうがいい。
それは彼自身が明確な答えをまだ模索している段階だからだと思う。
彼自身、賛否両論を認め、議論が交わせる場を欲しているのだろう。
論理的に正しい、正しくないということよりも、
倫理的もしくは生物学的に沸き起こる善悪の感覚を大切にしたい。

年をとるとともに、私の潔癖症は度を増すばかりだ。
潔癖症っていっても、不潔なところが嫌だとかいうんじゃなくって。
物理的な汚なさにははっきり言っておかまいなしだけど、
精神的に醜い思考や言動を目撃した際に、
身体の奥底から、とんでもない拒絶反応が生まれてしまう。
アナフィラキー・ショックでばたりと倒れぶくぶくと泡を吐いてしまうくらい。

マイケル・サンデルがアメリカの市場主義社会に杞憂するように、
私はポスト人間化した日本の管理社会を杞憂している。
私を打撃し、吐き気を誘発させるのは、日本社会でもてはやされる真面目な人々だ。
本当の意味での真面目ではなく、管理者にとって都合の良い真面目な人々。
自らの頭で考えることなく、与えられた任務をそつなく果たし、
上が黒と言えば黒を、白と言えば白だと言う。
表面的には紳士淑女であり、決して場を乱さないけれど、
組織のためにという大義名分で、お互いを管理し、密告し合い、排除し合い、
陰でやっていることっていったら、節操や道徳心のかけらもない。
戦時中、天皇のために多くの人を殺し、自らの子供すら戦地に送り出した人達も
こういった馬鹿真面目さを持ち合わせていたのだろうと思い、時々怖くなる。

真面目であるということ。
それはただ単に言われたことを従順に行い、集団の中の規則を守ることではない。
自分の頭で考え、悩み、社会の為に真剣に生きることだと思う。
また知的であるということも。
知的=アカデミック・バックグラウンドではない。断じて。
何のための知か知ること、そして知ることに責任を持つこと。
自己満足だけに終わらない、知をアウトプットさせ新たな知と融合させること。
つい数日前、久々に人間らしい真面目で知的な人に出会ったが、
それは自動車解体業をしている高等教育も受けていないおじさんだった。
夢と志を持った70歳近くもなる、そのおじさんは、
世間体からは一見真面目で知的に見えるかもしれない(ように見せかけている)
腐りきった私達に随分と生きる力を与えてくれ、大いに反省させてくれたのだった。。。

とゆーことで。
明日から新年度です。
色々考えさせられる1年でしたが、
今年度もブレることなく、自分を信じて強く生きてゆきたいです。
しかし、いつになっても自然の感覚、人間的な感覚を忘れたくないですね。

で、たまには自然だけと向き合いたくなります。
年末年始に行った屋久島の写真・・心洗われる・・↓

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今思い起してみても、
屋久島は、とにかく樹と水と苔がすごかった・・・・!!!

ホント、木霊っているもんだと感じたものです。

あの旅行で、自然の脅威と美しさにハマりました。
シーズンオフで人が少なかったことと、観光ズレしていないところがまた良かった。
日常を遠く離れた別世界。。。。









最終更新日  Apr 1, 2013 07:46:54 AM
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Feb 5, 2013

久しぶりのブログ。
帰国してから1年が経つのが信じられない。
この一年一体何をしたかというと、実に何もしていない。
私は濁流の中に投げ込まれた小石で、
たまたま、通りすがりの船の船底の板の隙間に引っかかって止まり、
どこに向かっているのか定かではないまま身を任せているような、
そんなふぬけた、手ごたえのない、とらえどころのない一年だった。
流れの速い川はひっきりなしに私を挑発しながら、
あっという間にするりと横を遮ってどんどん下流へと流れてゆく・・。

帰国してまもなく、仕事の関係で新しい土地に引越しをし、今、そこに住んでいる。
森に囲まれた、自然環境に恵まれた土地だ。
私はしばし、全てを忘れ、自然を楽しむことに没頭した。
夏はとれたての新鮮な野菜が手に入り、
いつでも道端で小さな野花を摘んで部屋に飾ることができ、嬉しかった。
暑い日は森の中で寝転びながら、本を読んで涼んだ。
森の中は初めて聞くような、懐かしいような色々な音がし、
色々な生物が生きづいているのに驚かされた。
冬はマイナス二桁の世界。しかし樹氷が煌めく大地は幻想のようで、目を奪われた。
早朝、クロスカントリースキーをはいて森の中を冒険した。
心が落ち着かない時は、集中してピアノが弾ける練習室に閉じこもった。
高名な腕の良い鍼灸師さんがいて、時間がある時、教授してもらえることになり、
ちょっとした希望が見えてきた。
週末には、できるだけ足を延ばして、山や湖に遊びに行った。
友達も良く訪ねてきた。私もたまには、友達を訪ね関東や関西に出かけた。
そうやって、この一年、私は、失われた何かを取り戻すように、
ひたすら、貪欲に、日本の四季を満喫することにのみ集中した。

2012japan5.jpg
春はしっとり靖国神社の夜桜能を観賞・・・


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花より団子・・・お花見弁当のレベルの高さにもびっくり・・☆


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地味だけれど清楚できりりと美しい蝦夷桜・・

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初夏・・昔良く行った湖畔のロッジ。変わらずに私を癒してくれる風景・・


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夏の鎌倉・逗子。セミの声、じわっと肌ににじむ湿度・・年少時代の思い出


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美しい和歌山城の日本庭園・・・みんみん蝉がつくつくぼうしに変わる頃
 

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高い空・・澄みきった空気・・なにもない原っぱ・・地平線

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秋は地元の湖でカヤックをしたり、温泉に行ったり。


2012japan8.jpg
ゆっくりと秋が幕を閉じ・・

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一面雪色に染まる・・・

日本の自然は美しく、高級な日本酒をちびりちびり飲んでいるかのように、
じわじわと五臓六腑に沁み渡った。
今でも、私はすべての瞬間を、その彩りや香りを、肌に触れた空気の粒子を、
鳥や虫の声を、静けさや安らぎを、五感の全てで覚えている。
これほどまで自然に夢中になれたのは久しぶりだった。
そしてそれ以外のことは、たいがいどうでもよくなった。
だいたいが、日本という社会が、すべて忘れてしまいたいほど、
どうしようもない時代に突入していることは明らかだった。
そしてそれは流れだと言うことも知っていた。
主流に身を任せてしまう怠惰な私達。流れをせき止めることもできない。
どこかで助けを求める声が聞こえていながら、
そこにピンポイントで辿り着けないようなもどかしさ。
問題の本質に、手の行きとどかないことに対する苛立ち。
そんな自分が情けなく、安泰すらも自らの手で壊したくなる衝動に駆られる。
ロラン・バルト的表現を使いて言えば
「大蛇の舌の上で安住しながらも、その大蛇を撃ち殺そうとする」ものかもしれない。

自然は、そんな失望すら忘れさせてくれるレメディ。
ただし、忘れてはいけない。諦めてもいけない。
私の物事の焦点や関心は、もはや自分自身ではなく社会に向けられている。
穏やかな気持ちになりながらも、
私の心の中はいつになく研ぎ澄まされて覚醒されている。







最終更新日  Feb 6, 2013 08:25:15 AM
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May 6, 2012

 

日本に戻ってくるといつも物が溢れていて豊かに見える。
特にあまり物資の豊富ではない、選択肢のない国から戻ると余計そう思える。
最初は感動する。だけど暫くすると、実際いくら選択肢があったって、
自分が選ぶものは大抵一つだけなんだよなあということにも気づく。

例えばカフェにドリンクメニューが100種類あったって、
飲むものはきまってブレンドコーヒー。

もちろん100種類の味を全部試したい人には日本って国は良い国なんだろうけど、
私なんかにとっては、必要のない無駄なものが大量に溢れているような感じもしないでもない。
物や情報がオーバーフローしている気もして、時々疲れる。


なるほど、こういった社会では恐ろしいほどの無駄なエネルギーが必要なんだな、
ということがあからさまに見て取れる。
これじゃ、原発が必要だというのももっともな話だ。

エネルギーを最大限に利用し大量生産された商品は、
売れ残れば、またエネルギーを最大限に利用し大量廃棄されてゆく。

街はコンクリートで埋め尽くされ、エアコンなしでは過ごせなくなり、
そのエアコンの排熱が更に都市部を熱帯化させ、ますます電力に依存せざるをえなくなる。

政府は雇用を促進し経済活動を活発にするために、
無駄な事業を増やしてゆき、それが無駄である事実を隠すために、
更に無駄な仕事を増やしてゆく。
無駄な物品を購入し、無駄なサービスに紙幣をばらまき、
そこに組み込まれた人々を手慣らしすっかり依存させてゆく。
彼らは与えられた無駄な仕事にあくせくと時間と労力を費やしながら、
その忙しさの意味に疑問を持つことすら諦めている。
すべては一部の利権者達のために都合の良いようにお膳立てされた経済を回すためだ。
こんな経済社会を維持するには、原発くらいのエネルギー源がなくてはならない。
そもそも原発自体が一つの産業クラスターでもある。
これがなければ多くの関連産業が停滞し沢山の人の職が失われ、
死活問題にも関わってくる。

こういう社会では無駄が淘汰されてしまうと経済活動が営めなくなってしまう・・・。
どうすればこんな悪循環を考え付けるのだろうか。
まるで麻薬の売人のような日本の官僚達にはある意味畏敬の念を抱かざるを得ない。

なんでこんなことになっているんだろうとぼんやりと考えてみる時、
結局、すべては生存本能に回帰する。
いきつくところは現在社会に生きる人間の生存欲に基づくのだと分かってくる。
誰もが日本社会で生き延び、子孫繁栄するための傾向と対策に従っているのだ。
良い学歴を持ち、安定した職場に勤め、決して上司や組織に歯向かわず、
長いものには巻かれ、品行方正であり、社会に荒波をたてず、
老後の安定までしっかり計算しながら、堅実に生きてゆく。これが賢いとされる。
ある意味簡単だ。敷かれたレールに無言で従っていけばいいだけだ。
誰がどのように敷いたレールなのかと言うことには目をつぶり。
空気を読みながら・・そう、空気。
日本社会は空気によって支配されている。
民主主義というよりも空気主義の社会。
個人の思考なんてそれこそ無駄なだけだ。読空術が何よりもの武器。
「仕方がない」それが合言葉だ。「仕方がないじゃないか」がスローガンだ。
そしていかに「仕方がないよ」とさらっと言ってのけ、
周囲を説得させてしまうか否かに、
できる社会人としての美徳が祭られている気がしないでもない。
こうしておかしな価値観に捻じ曲げられた生存本能は人々の視野を狭くさせ、
自分の地位、一組織、一企業の利益だけを優先するあまり、
社会や地球環境というもっと大きな枠組みをすっかり忘れさせてしまう。

大切なのは自分の安定と家族の安泰。
いつ起こるか分からない事故が、土地を殺し、病気や遺伝子異常を引き起こし、
子孫衰退の道をたどりかねない危険にさらされていることには気がつかない。
嫌、見て見ぬふりをする。大丈夫だと人任せにする。考えるのが面倒だからだ。
何かおかしいとは思っていても、「仕方ない」と甘んじてしまう怠慢。
これが日本社会がうまく回っていたように見えた原因だろう。

しかし、3.11後、福島の事故を一つの教訓にしようとする動きが、
珍しく日本の民間から沸き起こったことに正直驚いた。
ここまで普通の日本国民が目覚めるとは期待していなかったから。
反原発といえども様々な人がいて、
中には政治家や一般の東電職員を中傷して喜ぶだけで、
自分では何もしないような、それこそ卑屈極まりない馬鹿もいる。
というか、そういう人達が多いイメージだ。
だけど、今回は普通のまともな、今まで社会に組み込まれていたような人達も、
ある程度覚悟を決めて反原発の声を上げていた。
まあ私なんかは失うものがない分、好きな意見を好きな時に言えるんだけど、
そうじゃなくって、自分の意見を主張することで地位を脅かされる種の人達からも、

これで会社を首になっても、社会的に排除されてもいいんだという潔さが窺えた。
なんとなく、日本社会が変わってゆく空気を今リアルタイムで体感している気分。

とはいえ、もちろん、これからが大変だ。
化石燃料は世界で減ってゆく一方で、資源のない日本はどうするのか。
原発推進派はそんなこと無理だと言う。
皮肉な話、福島原発の稼動を被災者が一番望んでいたって話もある。
職がなくなる、収入源がなくなるのは困ると。
欧米だったら、あっさり「他に職を探してね」というスタンスをとれるだろう。
だけど、日本はある意味、まだ優しい。それゆえに人をダメにしてきたように、ウエットだ。
なかなか人を切ることが出来ない。可哀想だと思い人に無駄な仕事を与えてしまう。
ま、個人的にはそういう日本っぽいウエットさは好きだし、
それをなくして欧米的合理主義に進んでしまえば日本も終わりだと思うけど、
悪循環を断ち切るには無駄をなくさなければならない。
なにも、末端や現場で働く人々を切ればいいというのではない。
むしろその優しさ、精神論、ウエットさを利用して、
持てる者が持てないものにシェアしてゆくという美徳を作り上げればいいのに。
もう十分持ったものは、静かに身を引き、全部社会に還元すればいいのだ。
そもそも問題はこの社会の上層部の執念に似た強欲さにあるのだから。

まあ、それを変えるのは難しいだろう。
じゃあ、それを変えるまでもなく、自分達が変わればいい。
エネルギーを消費しなければいい。
無駄なものを購買しなければいい。
利便性を追求しなければいい。
そんなことしたら、文明が退化するといわれるかもしれない。
だけど、エネルギー消費の効率性を追求するのも文明だし、
生き方の代替案を考えるのも立派な文明じゃないか。
かつては
原発がなくてもやっていけた時代はあった。
クーラーなしでも生きていけたし、人は梅干しと御飯だけでも元気に働いていた

皆、独自の気候風土から生まれた様々な知恵や工夫を駆使して、生活していた。

科学は進化しても、人間は本質的に古代からほとんど変わらない。
一人の人間として見た時、昔の人間と今の人間は同等か、
もしくは今はちょっと退化しているんじゃないだろうか。
昔の人々の文学・芸術作品や偉業の中に、
到底今の人にはまねできない精神世界や哲学があるのを確認すると、そう思う。
環境は便利で合理的になったけど、
まわりは選択肢でいっぱいになったけど、
人間性は退化の道をたどっている気がする。
国際的競争力が弱るとかいうけれど、
一体どんな土俵で誰と競争して、どんな評価を得たいと思っているのだろう。
いいじゃないか。先進国じゃなくても。経済的に弱化しても。
どのみち国際的発言力なんてないんだから。
それに本当の日本の競争力は別に経済力なんかじゃない。
いにしえからの職人の魂を受け継いだものづくりの正確さや精密さ、
決して妥協しない完璧への追求が他の国にはなかなか真似のできない日本の競争力だ。
それを違う土俵で競争しようとするから、馬鹿にされる。

エネルギーが足りないという条件で、いかに豊かに生きるか。
これが今後の日本が世界に誇れる競争力となるんじゃないだろうか。
そんなことを、今の危機迫った日本の状況は改めて教えてくれる。
分からない人にはわからないだろう。
だけど、特徴的なのは、分かってしまった人がかなりいるってことだ。
そして、もはや空気や外圧に屈するほどのヤワでもないってことだ。
いつしか、そういう人がメインの空気になっていけば、そうじゃない人も黙るだろう。
そういう面で、空気主義の日本は実はとっても合理的な国なのかもしれない。


国内の原発が全其停止し、そして再稼働も難しい空気の中、
なぜか胸が高まり、こんな日本をそれほど悲観していない自分に気がついた。
むしろ、日本はこれからだという気がしてきた。








最終更新日  May 7, 2012 12:47:10 PM
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Feb 16, 2012

ということで、脱アゼルバイジャンです!
先日2年間の任期が終わり、無事帰国して参りました ~ 飛行機 

歳月人を待たず・・・。常套表現でお粗末ですが、2年間はまさに『あっという間』でした。
人間、年をとると月日の流れが速く感じられるのは、
生活に新しい刺激が少ないせいで、脳が老化していることが原因だといいますが・・・
おかしいですねぇ・・?アゼル生活においては刺激は不可避であり、
それに伴う喜怒哀楽の幅も日本との比じゃないはずなんですが・・・。
今となっては、なぜか全ての記憶がカスピ海の淀んだブルーグレーの色のごとく曖昧で、
バクーの街を吹き下ろす風に吹かれて飛散していったかのよう・・・。
・・ってことは、ただ単に私自身の脳の老化が甚だしいってことですね、ハイ(-_-)

最後の日々はお世話になった人と会ったり、荷物まとめたり、仕事引き継いだりとバタバタで、
名残惜しむとか、別れを哀しむとか情緒に浸っている暇もありゃしませんでした。
最終日は前日の晩ほぼ徹夜で友達と遊び疲れていたので、ゆっくり休もうかと思っていた矢先、
イタリア人の友人がハイテンションでうちにやってきて、
お手製ラザニアとパスタを披露したいとキッチンを占領食事!!
こうなりゃ、もうやけっぱちです。
会いたいと電話をくれた他の友人達を皆うちに呼び、最後のホームパーティですワイングラス
午前1時を過ぎ、皆酔っ払い家も大いにカオスになってきたところで、
そのまま皆で市街のバーに繰り出し、午前4時ごろまでビールを飲み、
結局出発時間の朝6時まで、徹夜で付き合ってくれた友人達にに見送られ、
家をちらかしたまま大急ぎで荷物をまとめ、
朝早くから空港に送りにきてくれた関係者の人達のサプライズに感謝感激しながらも、号泣
あれよあれよと言う間に出国手続きをし、
二度と訪れないかもしれないアゼルを逃げるように後にしたのでありました・・・

ああ・・はっきり言って疲れた・・・('o ‘;))雫

乗り継ぎ先のイスタンブールはイスタンブールで、仮眠を取るため友人の家に行ったはいいものの
ユーロスポーツでジョコビッチとナダルのテニステニスの接戦があったのでついつい観戦してしまい、
熱戦にだんだんこっちもテンションが上がって来て、アドレナリン炸裂・・爆弾
そのまま成田行きの機内でも寝るに寝られず、(この時点で徹夜3日目)
しぶしぶ荷物につっこんだ書籍を取り出し、読み始めました。
それはいつか読もうと思いながらも読まなかったアゼルバイジャン民族史関係の本でした・・。

その時です。私が重大な失錯に気づき"はっ"と我に返ったのは。
オーマイゴッド!なんてことでしょう!!
今更ながら私、まだあの国について知らないことが沢山あるではないですか!!
いつかやろうと思っていたこと、いつか調べようと思っていたこと、いつか読もうと思っていた本、
日常の仕事や雑務に追われ、いつの間にかほったらかしにされてきた数々のペンディング事項。
2年も現地にいたっていうのに、やり残したことだらけ・・
つくづくせっかく現地にいたのに『もったいないことをした』と思います。
これが帰国にあたり、まるで大きな忘れ物をしてきたかのように、後ろ髪を引かれた一瞬でした。

まあ、仕方ありません。これも自分自身のキャパの問題です。
結論から言って、現地ではとても良い勉強と経験を得られましたし、
なんのかんの言って私はアゼルバイジャンが好きだから、
今後もこの国につき深く知り続けるでしょう。
というとアンチ・アゼルバイジャン派のBakuvian達に軽蔑のまなざしを向けられることでしょうが・・

もちろん、まだまだ沢山の問題を抱えている国です。
共産主義に裏切られ、突然全てを失い人生のリスタートを切らされ、
20年間、血と混乱と貧困の苦しみを経験してきた人達です。
マフィアが台頭し混乱と治安を収めた典型とも言える国家モデルで、
同胞意識は敵国への憎しみというネガティブな感情を基盤に置くほど薄っぺらく、 
国民は権力を恐れ媚びへつらい、最低限の権利や主張すら諦めています。
嫌、ある程度の不条理や不平等を受け入れても、とにかくこれ以上の混乱は避けたいのです。
そして生きぬいてゆくためには、したたかに生存競争を勝ち抜かなければなりません。
国や社会をどうこうという長期的な展望を抱くには程遠く、
誰もがまずは自分の生活を安定させなければと必死なのです。
そんなメンタリティーを平和ボケした先進国の外国人が理解しようと思ってもまず無理でしょう。
そしてどこか優越感を持っていれば、それはすぐ見抜かれてしまいます。
相手もプライドのある大人なんだから、押しつけて上から教える方法では跳ね返されてしまうのです。

こんな国で仕事をするのだから何事も思うようにいかないのは当たり前です。
しかし、選ばれてここにきたということは、
それでも上手くやってゆくということが前提なのではないでしょうか。
それが嫌なら何事も思うように行く国で仕事をすればいいのです。 
そして、ほとんどの問題は実際は、自分自身の能力に起因しています。
思うような成果を期待するのは自己満足のためではないのか?
本当にこの国の人達のことを理解し、彼らのためを考えているのか?
自分の功を焦っていやしないか?工夫を怠っていやしないか?忍耐を忘れていやしないか?
ちょっと考えれば反省材料はすべて自分に返ってきます。
それを国のせい、環境のせい、人のせいにしてしまうのは自己弁護であって逃げです。
例えそうだとしても、口に出して言う必要があるでしょうか。
誰かに「あなたのせいではない。あなたは頑張っていますよ。」と頭を撫でてほしいのでしょうか。
「あなたはこの国にはもったいない。」とでも言われ、自分の能力を認めて欲しいのでしょうか。
オエッ・・!私はそんな安っぽい慰め合い、傷口のなめ合いが反吐が出そうに大嫌いです。
ですから、私はそんなシチュエーションに居合わせることを極力避けるようにしてきましたし、
やせ我慢ではあれ、この国についての愚痴はなるべく言わないようにしてきました。
というか、自分も昔、外人バーや日本語学校なんかで日本の悪口を言う欧米人と常に対立し、
「そんなら帰っちまえ毛唐め!」とか散々言ってきたわけで・・(^^;)
ただ単に自分がそんな外人になるのはプライドが許さなかったからかもしれませぬ・・・。

それに、アゼルバイジャンという響きが私に連想させるものは、
石油やガスにはびこる汚職、世襲制の独裁政権や腐敗、あらゆるネガティブな出来事ではなく、
ムガーム・ジャズの心地よい音色や心優しき現地の友人達の笑顔なのです。
そういう意味で、素晴らしい現地の芸術を知り得、
何の利害関係もないあらゆる社会層の現地の友人を得たことは、
自らの精神衛生を保つ上でも、ありがたかったなあ・・と思います。

最後にもうひとつ、ポジティブに生活する姿勢の多くはアメリカ人の若者から学びました。
彼はアメリカのピースコープ(平和部隊)のボランティアで(日本の海外青年協力隊みたいなもの)
ちょうど私と同じ時期にバクーに滞在していたのですが、
仕事をバリバリこなす一方、とにかくに積極的に現地にとことん同化し、
たった2年で通訳なしでテレビ・インタビューのやりとりができるほど現地語を習得し、
(わたしみたいにトルコ語からではなく全くのゼロから)
民族楽器を習っては現地人以上に上手に弾きならし、
最後には友人と「Caspian Dreamers」というグループをつくり、
予算5000円程度でバクーをプロモーションするために、
こんなミュージックPVを制作していました。↓

BAKU STATE OF MIND」
http://www.youtube.com/watch?v=f4-U6TGX1T4
 

safe_image.jpg

なんのためでもなく、ただ自分達が楽しむため。
もともとは個人ベースでFacebookなどでシェアしていたのですが、
いつの間にか空前の大ヒットとなり、老若男女から頭の固い政府関係者も大絶賛、
外国人のくせにユーロビジョン・ソングコンテストのアゼルバイジャン代表候補にも選ばれるほどになりました。(惜しくも決勝で落選しましたが・・)

生活というのは与えられるものではなく、自分で作るもの。
そんなことをまだ若い彼らから学び、私はいつも元気づけられていたのでした。
彼らのPV、この「BAKU STATE OF MIND」がいつまでネット上にあるのか分かりませんが、 
ちょうど私が過ごした2010-2012年のバクー、普段着のバクーの顔を垣間見ることができます。
私はこれを観ながら、いつかきっとアゼルバイジャンを、
そこで知り合った全ての友人を懐かしいと思うことでしょう。

ありがとうアゼルバイジャンハート







最終更新日  Feb 19, 2012 02:14:23 AM
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Nov 13, 2011



犠牲祭の連休にチュニジアとイタリアへ行って参りました。
チュニジアは15年程前、数カ月滞在したことがある思い出の地でもあります。
今回は昨年あのアラブの春の火付け役となり、
最近初の民主選挙が実施された当思い出の地の様子を窺いに・・
そして最近チュニジアに赴任した友人に会いに足を伸ばしたわけです。
当地は一年前の革命が信じられないほど静かで落ち着いており、
また誰もが「これからこの国はどんどん良い方向に向かう」
という明るい希望に満ち溢れておりました。
昔は随所にあったベン・アリ大統領の銅像や看板が一掃されていた他は、
15年前から何も変わっていないようでした。

嗚呼!青い空、青い海、太陽・・バケ~ション晴れ晴れ晴れ

tunisia2.jpg

暫くバクーはどんよりした天気が続いていたので、
地中海の太陽の下で身体中の細胞が活性化されてゆくのが分かります。
血中セロトニン濃度が高まります。ラリホー♪

しかしそこで私を待ちうけていた曲者の友人は私を平穏に休ませてはくれませんでした(-_-;)
この人はアゼルバイジャンで知り合ったアメリカ人の英語教師なのですが、
親しくなってからは一緒に旅行に行ったりしたいわゆる気心知れた仲で、
私と同レベルにくだらない面も持ち合わせているので付き合うのが楽な人でした。

しかし、彼はチュニジアに赴任した頃から様子がおかしくなっていました。
1年前は国際政治の話をしてもほとんど何の意見を持っていなかったくせに、
最近はやたらと政治的な話題を好んでするようになり、
超ラディカルな社会批判を独断と偏見に満ちた視点からとくとくと語るようになっていました。
どうやら何か変なものに影響されていることは間違いありませんでした。
もともといい年して迷える羊のようなパーソナリティを持ち合わせていましたから、
良いものにも悪いものにも影響を受けやすいんです。
ま、ある意味おめでたい、ある意味可哀想な人だとも言えます。
なので、あまり気にせずチュニジア行きの予定を立てていたのですが
そんなある日。突然彼から質問が。
「日本にもフリーメーソンの会員はいますか?彼らは何者ですか?」
へえ?今時フリーメーソン??
不思議に思いながらも自分の知っている範囲内で返答してあげました。
それからというもの彼からメーソン関係の変なメッセージが届くようになったのです。
「世界はメーソンに支配されている。福島の原発事故もメーソンの仕業だ。」
とかいうネットに溢れているような根拠のない妄想テオリーを、しきりに私に教えたがるのです。
ついにうざくなったので、
「馬鹿げている。こういうリンクをもう今後私に送らないように!」と警告したところ・・・
暫くしてから一通のメールが・・・
「くあどろさん。私は非常に残念です。あなたの経歴等を考慮したところ、
あなたがメーソンの一員である可能性が高いと判断されました。」
だって・・!!

はあ・・?!

なんなんですか、このメールは?!
だいたいこの前まで自分でも何も知らなかったくせに。
しかも女性や無宗教者はメーソンになれないことなんてガキでも知っているんだけど。
ムカつくよりも前に呆れ果て、返事を書く気にもなれず放っておきました。

するとスパムのようなメール攻撃が・・・
「答えないということはやはり"YES"ってことですね?」
「見損ないました。残念です」
「ただ一言私はメーソンではないと"State"してください。」

・・・なんなんだこいつは・・?!

この人、ここまで変な人だったでしょうか?
通常こんな失礼なメールをもらった段階で心のシャッターはガタピシャなのですが、
この時点で少し心配になってきました。
もしかすると本当に気がおかしくなってしまったのかもしれない・・・。
それか何か変なカルトに巻き込まれちゃったとか・・。
もしくはネタかもしれない。そうそう、きっとジョークにちがいない。
そんなふうにちょっとばかり楽観視しており、
で、着いた当日早速電話してきた彼に「はい、メーソンのくあどろですが。」と冗談で返事したところ、
本気でパニクる彼に、やはり狂っちゃった説が有力になりました。

バカバカしい!ここで私の堪忍袋の緒が切れました。
「もういい!疑うなら勝手に疑え!だいたい何を根拠に疑われてるかも分からないし。
あなたのやっていること本当にすっごく失礼極まりないっ!
もう、いいよメーソンでも何でも!もう明日会わない!もう友達やめるっ!!」
頑固でありながらも超~気の弱い友人は、
私を怒らせたことに気づくと急に泣きながら平謝りをしはじめました。
(ここら辺も本当にどうしようもない!)
「すみませんでした。申し訳ございませんでした!
僕ね、最近とっても良い友達がメーソンの一員だと分かってトラウマになってるの。
詳しくは明日会って話すから・・・」

知ったことか・・!!

恐らくその気の毒な友達も勝手に疑われた結果決めつけられたに決まっています。
だいたい友人を値踏みするなんて、自分を何様だと思っているのでしょうか?
しかし反省したかと思い翌日再会したところ、
彼は性懲りもなく、私のためにCDを用意しており
(なんでもメーソンの秘密を録画したインターネットでかき集めた動画の結集だそう。いらねぇ!)
誰かに聞かれては困るからといって誰もいない海岸まで私を連れて行き、
現代社会がいかに破滅にむかっているか、
その陰にはロスチャイルドを起源とするシオニストとメーソンがいること、
彼らは実は悪魔崇拝者で生贄をささげるために戦争を起こす等、
大真面目な面持ちで語り始めました。
どうやら分かったことは、この人デヴィッド・アイクの陰謀論に洗脳されてしまったようです。
しかもアイクのユダヤ人コーカサス起源説を
最初に彼に教えてあげたのは私なんですが・・なんて単純な!
だんだん腹が立ってきました。ああ、私はこんな話をするためにここに来たのではない!
私は太陽と海、何にも考えないプチ・バカンスを楽しみにはるばるここまで来たのである!

「SOO WHAT?!」
私はついに声を荒げました。
「現代社会を杞憂する気持ちは共感するけどね、
そういうどこにでも溢れているオカルトチックな妄想に憑りつかれて、一体どういうつもりなの?!
じゃ、仮にそうだとしても、あなたはその社会を変えるために何か働きかけているの?!
何もしていないんだとしたらね、
今あなたが話していることみんなシーット(クソ)なんだよ!シーット!!
あなたも世界もメーソンも、みんなシーットだシーット!!」

「・・・シーット?」

はっ・・!やばい・・私としたことが言いすぎた。
やはりネイティブに何度もシーットなどと暴言を吐くのはあまりにも失礼過ぎたか・・?
 恐る恐る彼の顔を見上げると、
顔は青ざめ強張っており、その瞳はらんらんと奇妙な光を発していました。
殺気すら感じます。

「今シーットと言いましたね・・?」
「は、はい・・言いましたが・・(汗)」
ああ・・!やばい!怒っている・・!殺されるかも・・!

すると彼は突然日本語になり一言一言ゆっくりと続けました。
「くあどろさん・・。僕、実はね・・。」

緊張感が高まります。

「僕はね・・今、そのシーット、う、うん○がしたいんです・・。」

ええっ!?

思わず耳を疑いました。彼は青ざめ少し震えています。
「あの・・さっきちょっとスパイシーなごはん食べたでしょ?
だから・・お腹が・・。ああ、ちょっと大変です。もう我慢できないかも・・!!出るかも・・!!」

なんてこった・・!!
もう、メーソンもへったくれもない最悪の事態です。
辺りを見回せど、一面海。
馬鹿な友人の長い激論のせいで、
あいにく住宅街からはからずいぶん離れたところまで来てしまっています。
今まで偉そうに世界事情を語っていた人のプライドを考慮した時、
ここで野○○をしろとも言えません。とにかく民家を探さなければ・・!

それから私達は究極の早歩きをし、今来た道を黙々と引き返しました。
やっとのことで最初に目についた建物に転がり込み、
ドアをドンドンとノックして、家の人にトイレを貸してくれと懇願しました。(ありえない・・。)
通常、見知らぬ外国人2人が突然トイレを借りに来るなんて考えられませんが、
さすがチュニジア人は親切で、何の疑いもなく快諾し、
私達を家の中に招き入れ、彼にトイレを使用させてくれました。あああ、救われた・・!
チュニジアの人は本当に親切です。
友人のトイレを待っている間私にお茶を入れてくれ、また食事を温めてくれました。
さすがに私は遠慮しましたが、トイレから出てきた友人は調子に乗って
差し出されるままに食事をいただいていた!!ありえない・・!

その後地元住民に丁寧に御礼を言って、帰路についた私達ですが、
また道の途中で彼が..「あの・・くあどろさん。実は僕、またお腹の調子が・・・」

もう!いいかげんにしてくれ・・!!

本当に馬鹿につける薬はないというのはこのことです・・・・。
しかし一連のシーット騒動の後は、彼はおかしな政治的論議をすっかりやめて、
昔の友達の姿に戻っていたのでした。ホッ・・・。

最後にチュニジアを去る時に彼は私に言いました。
「ねえ、くあどろさん。来てくれて本当にありがとう!僕達本当に良い友達だねぇ。
ええと、英語ではね、僕達みたいなのはKindred Spiritsって言うんだよ。」

え?Kindred Spirits?

調べて見たら 「似たもの同志」・・

や・め・て・く・れ!!


バカンスに来たはずが、この友人のおかげでなんだかどっと疲れてしまいました・・
長く汚いお話の後に、お口直しに美しいチュニジアの写真をいくつか・・。

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うーむ 地中海アラブ♪♪

tunisia3.jpg
美しいカルタゴの遺跡・・・♪

tunisia6.jpg
バルドー博物館のモザイク画は圧巻!


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チュニジアと言えば・・やっぱり白い壁と青いドアですよね~

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チュニスのメディナ内







最終更新日  Nov 13, 2011 11:45:01 PM
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Nov 3, 2011


時々、知り合いの弁護士&歴史小説家(!)が企画する
「歴史倶楽部」に参加します。

毎回ゲストを招待し、アゼルバイジャンにまつわる歴史上の一幕を取り上げるコミュニティで、
結構面白くてためになるので、大抵招かれれば他の用事を差し置いて出席します。
参加者は歴史オタクや一癖も二癖もある外国人が多いのですが・・・(私を含め・・・(-_-;))
それぞれ熱心でユニークです。
この前は、ノルウェーの有名な人類学者で探検家のトール・ヘイエルダールの息子さんが
ゲストプレゼンテーターとして「わが父トール・ヘイエルダール」について語りました。

0002.jpg
(↑テーブルの奥で小さく見える白髪頭のおじいさんがヘイエルダールJr.さんです)

コンチキ号の探検記でも有名なヘイエルダールは
現在世界遺産に登録されているバクー近郊のゴブスタンの壁画を調査し、
その線刻画がバイキングが描いたものと酷似していたことから、
スカンジナビア人の祖先はカスピ海沿岸に由来するのではないかという仮説を提唱しました。
よっぽどその考えに取りつかれたのか、
その後2002年に逝去されるまで何度もアゼルバイジャンに来ては研究調査を繰り広げています。

アゼルバイジャンにはかつて古代アルバニア王国が存在し、
(今のアルバニアとは無関係・・どうもアルバンというのは(白い)を意味するラテン語らしい)

コーカサス山脈麓にはその史跡がいたるところに散在します。
その中の一つ、シェキの「古代アルバニア教会」の修復工事も
ノルウェー政府によって実施されました。

0003.jpg
(ノルウェー人の手がかかっているだけに、他の国内史跡と比較すると良い出来です。
遺跡っぽい古さと趣を感じさせながら再現されています。)

また、今回のセミナーでヘイエルダールのご子息さんがご主張なさってた事には、
DNA鑑定でバイキング族と古代コーカサス人とが一致した・・!
(どういう並列でどう一致したかは不明なんですが・・)
とのことでした。

そういわれてみれば、
ガバラというところにも、古代アルバニア帝国の町跡があるのですが、
そこで発見したのが、古代の人骨。
大きいです!身長が2m以上あります!!

0001.jpg

これを見たとき、
やっぱり民族的に現在のアゼルバイジャン人とは違うなあ・・と納得しました。

そのほかにも
北欧民謡の一説がアゼルバイジャン民謡の一説に似ているとか
スカンジナビアの人々にとっては

色々ロマンチックな妄想を掻き立てるのに相応しい材料が沢山あるようです。

そういや昔、友人達と一緒にナショナル・ジオグラフィックの人類の足跡を探るという研究に
頬っぺたの粘膜のDNAサンプルを送って鑑定をしてもらったところ、
私の母方の祖先はハプログループBということが判明しました。
たしか、それはカスピ海のこの辺を通ってさらに西側に進んだグループであったはずです。
そんなことを思い出して、
自分のルーツの根底部分には、この地で生きた人々もいたはずだと考えると、
ちょっと感慨深いものがあり、
なんとなく、北欧の人々が心を揺さぶられる気も分からないでもないと共感できました。

謎の多いコーカサスの歴史ですが、
一つ一つ考えて見ると本当に面白い地に自分はいるんだなぁと、少し光栄に思います。
もらった本を読んでみなきゃ!








最終更新日  Nov 4, 2011 07:05:56 AM
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Sep 17, 2011


ちょっと遡りますが、夏の終わりにバルト諸国と北欧に遊びに行きました~♪
駆け足ながらも、友人と再会したり、展示会やコンサートを楽しんだり、
充実した旅行となりました!大満足(○^-^○)

今回の収穫は
★ ストックホルムでロバート・メープルソープの展示会に行けた♪
★ ヘルシンキのデザイン博物館でカイ・フランク展が見れた♪
★ ヘルシンキ・ミュージック・ホールのOpeningコンサートでシベリウスを聴けた♪
ということでルンルンです。

しかし日程をほんの一日ずらせば
・パティ・スミスのコンサート
・ヘルシンキ・フェスティバルにてヴィム・ヴェンダーズ監督の「PINA」先行上映
に行くことも可能だったのです。これは大ショック。
大きな魚を逃してしまったことが今でも悔やまれます・・・


<ストックホルム>
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スウェーデン、フィンランドはこじんまりとした福祉国家らしく、落ち着いていて機能的。
環境意識が強くて、特にフィンランドはどこもかしこも非常にクリーン。
ヨーロッパ諸国も南・中・東・西と色々行きましたが、北欧は今回が初めてで、
なんとなーく、一番日本に近いという感じがしました。
というか、北海道にかな?ノルディックな近代建築とか家の作りとか北方圏の自然との調和とか。
もしかしたら、日本が真似したのかもしれませんね。
真似っこして、本物より本物らしいものを作ってしまう・・これがザ・日本の得意技です。
北欧デザインとか雑貨や家具などがもてはやされているけど、
今は日本の青山や代官山のデザイナーショップのほうがずっとお洒落で独創的だったりする。
まあ、確かにそうはいっても、やっぱり現地で本場北欧ゴシックやアールヌーボ的な建築物と
シャープでいながら温かいデザインが溢れる街を歩くのはそれなりの面白みがありました。

<ストックホルム 駅前広場 街に溢れるデザインが格好良い>
05.jpg
 
 <ストックホルムのダウンタウン 東京でいえば渋谷・原宿っぽい雰囲気> 
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<ストックホルム 国立図書館 グンナー・アスプルンド設計>
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<ストックホルム 国立図書館 約80年前に建設されたとは思えないほど斬新でお洒落!>
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<ストックホルムからヘルシンキまではフェリーで移動。
バルト海の半島や島々を眺めながらの航海は圧巻でした・・・!!>
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<バルト海の夕暮れ・・すっかり脳内BGMはシベリウスのフィンランディア一色(????)??>
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<翌朝ヘルシンキに入港・・!古いヨットにドキドキ♪>
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<フィンランド ヘルシンキ・スメオリンナ島 北欧っぽい風景>
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<フィンランド 現代美術館”Kiasma” この計算し尽くされた設計も中の展示もサイコー!>
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<そのお向かいには生まれたてのMusic Hall。音響デザインは日本人の豊田泰久氏とのこと。>
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<ラッキーなことに翌日Openingコンサートに行くことができました♪♪♪
フィンランドでシベリウスを聴くことができ感無量!>
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<ヘルシンキ
大聖堂 フィンランドのイメージカラーは清潔な白ですな>
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<岩の教会。光と影、音と静けさ、自然の石と金属が絶妙なコントラスト
15.jpg


<日曜はマーケット周辺の屋台が大賑わい。温かくて懐かしい雰囲気・・>
20.jpg


スウェーデンには親友がいます。
彼とは8年ほど前、出張で数日滞在したハンガリーで偶然出会った不思議な縁ですが、
驚くほどの感性の一致から以来長年のソウルメイトとなり、
スカイプで話し込んだり、トルコや日本に遊びに来た時に会ったりする仲になりました。
出会った頃はまだ学生で、精神科医の卵だった彼ですが、
今はすっかり一人前に自立して立派なオフィスを構えており、
しかしその間に結婚・離婚を経験し、
ちょっとした自律神経障害を患い、寛解・再発のサイクルの中で
自らも軽い鬱になりつつ、他人の病気を診ているというパラドックスの中にいました。
でも超本人はあまり思い悩んでいるふうでもありません。
「ここでは結婚したカップルの50%は離婚するんだ。人生こういうことだってあるさ。」
「僕の鬱は気候条件に起因しているだけ。なにしろ冬季は太陽が足りないから。」
「病気が酷くなったら無理をせず仕事を中断する。
仕事をしなくても補助金があるから、生活には困らないし、
健康を害してまで頑張る必要なんてないからね。
その時は1カ月ほどタイや地中海などの温かいところに行って休むんだ。」

いいですねえ・・社会制度がしっかりしているって。
社会が自分の身を守ってくれるという安心感が、生きる上での自信を生むのだと思います。
人間が人間として尊厳を与えられている。これが北欧社会。
これは一見理想的に映りますが、それが良いのか悪いのかと判断するのは、
それぞれの価値観に委ねられると思います。

この国では富裕税というものがあり、資産があるとその分税金を納めなければいけません。
だから、金持ちになるよりも、むしろあまり働かず、稼がない方がが得なのです。
斬新なイノベーションや大企業もほとんどなく(あっても税の安い国へ出てゆく)
これは競争性の低い共産主義国に極めて近い社会になってゆくことを意味します。
案の定、その社会システムを上手く利用して、何もせず生活保護を受ける低所得者も大勢いて、
中産階級が彼らのために働き税金を納めてゆかなければならない現状です。
このため、移民や出稼ぎ外国人への憎悪感情や差別意識も生まれています。
先進国の例にもれず人々の間の関係が希薄なので、
物質的には恵まれていても精神的に病んでいる人が多い・・
と、精神科医の友人は言います。

<スウェーデンでは大学まで学費無料、医療費もほとんど無料です>
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「不幸でもないし、満足していないわけでもない。社会制度にも環境にも感謝している
でも、時々どうしようもない閉塞感を感じる。これは絶望に近い。
突然パッションが欲しくなる。何もかも捨ててドラマチックな人生を歩んでみたくなる。
贅沢な悩み?まあね。でも、ここにいると精神的におじいさんになってゆくんだ。
我々もともとは自由で勇敢、アグレッシブなヴァイキングを祖先に持つから、
多分その血が騒いでいるのかな?」

確かに、彼の言うことは120%よく分かります。
同様に、私も人生に浪漫を求めてしまうタイプですから。

「結局、今現在、目に見えていることというのは、結論づけられないよね。
どんなにユートピアに見えても、必ず問題があって、それがどう展開してゆくか分からない。」
「それを日本では塞翁が馬っていうんだよ。」
「そうだね。だから結局自分の心に正直にならないとね。どこで生きるかじゃなくて、
どういう生き方がしたいのか・・ってことを考えるべきだよね。」
「大賛成!」
夜更けまで話した結果、そんな結論に達しました。

ま、それでも基本的な人権が守られているということは
やはりエッセンシャルですよね・・・
それだけでも北欧は先進国として優れていると思ったのでした・・・。








最終更新日  Sep 18, 2011 03:55:34 PM
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Sep 11, 2011

BBCでは一日中9.11追悼式のことばかり流れている。
頭痛と微熱の中でぼんやりと画面を眺めながら、
取り返しのつかない速度で10年が過ぎてしまったと思う。
私は今でも鮮明にあの日のことを覚えている。まるで昨日のことのように。
多分この2011年9月11日は誰にとっても記憶に残る日であることに違いない。

あの日、16時過ぎだった。イスタンブルのオフィスにて早めの帰り支度をしていた。
親しくしていただいた新聞社の在住特派員の方が近く帰国するため、
好きな家具をお譲り下さるということで、
その方のオフィス件自宅を訪問することになっていたのだ。
ふとTurk.netのインターネット・ニュースの横の動画に目を止めた。
飛行機がビルに衝突し炎を上げている画面。
映画の宣伝だと思って気にせず仕事の片付けに入った。
しかしなぜか胸騒ぎがした。事故か、テロか?テロップが目に入り
間もなくそれがツインタワーであることが分かった。
そのうち2機目がタワーに突っ込んだ様子が画面に映し出された。
何が何だか分からなくなった。

考える暇もなく特派員の方から電話があった。
「NYのツインタワーの件聞きましたか?!
あいにく、うちのスタッフ今日出てしまってて・・
とりあえず情報を分析したいのでできれば早く来てくれないかな?」
それから早めにオフィスを出てタクシーを捕まえその人のところに飛んで行った。

そこは色々な通信社からの情報が色々なツールで入ってくるようなシステムがあり、
私はトルコ語のものを見ていたけれど、テロである確立が高いということだけであった。
とにかく前代未聞の大惨事であり、どのニュースも同時進行形でヒステリックに興奮していた。
分析しようにも、どの報道も状況を把握するのに精一杯で何一つクリアじゃなかった。
中には日本の赤軍が企画したテロだという報道局もあった。
私達は二人とも暫くニュースにくぎ付けになっていた。
それから、自体が明白になるまで余計な想像や推測はやめようと決めた。
どちらが言ったわけでもないけど、そう決断した瞬間は同じだった。
私達は顔を見合わせて笑い、少し落ち着いて、思い出したように他愛のない世間話をした。
私はいただく予定の家具を選びだしたけれど、
その方は「この件が落ち着くまでちょっと駐在が長引くかも」と言った。
「トルコも一応イスラム国だからさ、関係ないとは言えないし。」
ということは、その時点で私達はもうイスラム系テロという結論を出していたのかもしれない。
予想通り、その方の任期はその後数カ月長引いた。
それから、ちょっとお腹が空いたのでその人のお勧めのケバブ屋から
アダナ・ケバブのドゥルムを注文し食べた。
何もかもが不自然なほど平和だった。
私達はニュースのことを忘れたように、下らない世間話をしていたと思う。
しかし何を話してもどこか上の空だった。
友人数人から電話があり「早く家に帰って来て!」と言われた。
「今度はペンタゴンが・・・!」誰もがパニックになっていた。
私はケバブを食べ終わると、御礼を言って特派員の家を去り、タクシーで家に向かった。
タクシーの運転手が狂ったような笑みを浮かべて叫んでいた。
「ブラボー!日本の赤軍!!これはあれだろ?ヒロシマの報酬だろ?
俺はアメリカが大嫌いだ。日本人はいつも正しい!!」

その頃私の家にはいつも誰かしら友人がいた。
何か料理を作ったり、ビールを飲んだり、
ドキュメンタリーフィルムや音楽を聴くための溜まり場になtっていた。
案の定家では友人達がCNNに釘付けになって、大騒ぎしていた。
こんなこと、誰にとっても初めてだった。
皆恐怖心を感じていた。これからの世界に対して。
常識を覆す出来事に、誰の目にも何か基本的なものが変わったことは明らかだった。
私達は子供のように身を寄せて震えながらニュースを見ていた。
友人達はああでもない、こうでもないと無駄な推測や議論を交わしていた。
いつもは多少うっとうしいと思える環境も、
この日ばかりは恐怖心を分かち合える温もりに感謝した。
ソファの横では猫が寝息を立てていた。
私は猫を抱きしめた。
ただただ繰り広げられてゆく尋常ではない事態が
心の奥に一つの傷としてじわじわと浸潤していった。
本当に、理解を超える出来事だった。

あれから10年。
世界の中で、憎しみと差別が拡大した10年。
報復というありえない暴力が正当化されて誰も止めることができなかった。
誰がいったい何のために?
国連の力のなさが浮き彫りにされ、肝心のアメリカは落ちぶれる一方だ。
世界に対する失望感が増大してゆく中で、私達はそれぞれの道を選び
それぞれの生活へと拡散していった。
2001年。私は時々あの時代が懐かしくなる。
私を取り巻く環境は変わってしまったけど、私は成長せずあの時のままだ。
いまでもあの映像を見るたびに、恐怖心を覚える。
多分この先ずっと忘れることはないだろう。2001年9月11日。









最終更新日  Sep 12, 2011 06:17:43 AM
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