000000 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

∞ My Life As A Nomad ∞

PR

X

全58件 (58件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

日々思うこと・・・

May 19, 2013
XML

4月中に実母と決別してまもなく、5月1日に愛する友人が亡くなった。
私は10日後にそれを知った。
自殺だった。

kiritappu.jpg

ゴールデンウイーク中の道東旅行で、
なぜかふとその友人のことが気になったり、
なぜか崖を見ては胸騒ぎがし、気分が悪くなったのも虫の知らせかもしれない。

なにはともあれ、
事実を知った時の私は
まずショックで茫然とし、それから怒りが沸き起こり、んでもって喪失感に泣いた。
それからちょっと自己嫌悪した。
なんだ、結局は自分のことばかり考えて悲しんでいるんじゃないか。と。
人が死んだ時に悲しいと思う感情ほど不謹慎なものはない。
もう会えないこと、同じことに怒ったり、同じことに感動したり、
そういう感情を分かち合える貴重な友達が私の世界からいなくなったこと、
楽しい時間を過ごせないこと、優しい言葉をかけてもらえないこと、
彼の作り出したもの、彼のやっていることに刺激を受けてパワーをもらうこと、
そういうことがもう二度とできない=悲しい
という公式は、人の死にすら自己憐憫を感じている。
すなわち筋金入りのエゴイストではないか?!

彼はひたすら苦しみ、悩み、ボロボロになって死を選択した。
良かったねと言ってあげるべきなのではないか。
私に何故相談してくれなかったのか・・・なんて綺麗事は言いたくない。
仮にそういう分かち合えない苦しみや悩みに悶々とした人間に頼られたところで、
きっと、うざいと思って距離を置いただろう。
いつものように物理的に側にいたり、家にかくまってあげたとしても、
精神的に支えになるほどの献身的な優しさを与えられなかったろう、私は。
それに、根本的に相談するとか分かち合えば何とかなるという問題ではないのだ。
彼の中の繊細過ぎる魂は。おおよそ凡人には理解不能な複雑さ。
彼はもう慢性的に、こういう社会にも生きることにもうんざりし、
はっきり言っていつ死んだっておかしくなかった。
「じゃ、また明日ね♪」と言ったが矢先、
あっという間にビルの屋上から飛び降りてしまうような危なっかしさがあった。
それもとても軽く。愉快に。爽快に。
つまりは、あまり生に執着していなかった。
いつだって死ねる今この瞬間に。というフットワークの良さ。

mashu.jpg

嗚呼友よ・・・摩周湖の水のように濁りなくどこまでも透明な友よ・・・。
さよならも言わずに逝っちゃうだなんて酷いじゃないか。さびしいじゃあないか。
そもそもあなたは実在していたのだろうか?
闇に舞う蝶のように、ふわりふわりと宙を舞い降りてきては、
キラキラ輝く優しさを金粉のようにあたりに振りまき、
触れ合う人の心を温かくしたと思ったら、次の瞬間もう消えている。
次にいつ現れるかも分からない。
何も知らない少年のようにひたすら正義を信じ、
絶対に嘘をつけず、作り笑いができず、ゆえに要領よく生きられず、
スマートに折り合いをつけられず、バランス感覚も狂いまくりで、
そのあまりもの純粋さを、私達はずいぶん笑いからかったけれど、
本当は羨ましかったんだ。その生きざまが格好良くて・・・。そして好きだった。

誰も立ち止まらない、目をとめない、
スポットライトの当たらない日蔭の弱い命を決して見逃さず、
それを守るために、人生をかけていた。
いつも静かに打ちひしがれた強さを持つものの味方だった。
そこに美しさを見出し、価値を与え、こよなく愛し、命をかけて守ろうとした。

物欲も名誉欲もなく、だからこそ何も持たず、どこにも属さず、
孤独を愛しながらもさびしがり屋で、ナルシストでありながらも隣人を愛し、
そこに困っている人がいたら、自分の持っているものを全て分け与え、
そこに悩んでいる人がいたら、自分の時間を全て注いだ。

なぜ、一体なぜ私達はあなたのように生きられなかったのだろうか。

nezumuseum.jpg

ご冥福を。

死後の世界も、天国も地獄も信じていないけど。
何か強いスピリットは信じている。精神的な。伝わってくる。
別れや人の死に対して少し強くなった私は、悲しまない。
悲しむ代わりに感謝しよう。
故人が私に残してくれた思い出に。
ありがとう。
一生懸命で、純粋で、楽しかった。


 

 **********
聖書の言葉

もし自分に子どもがいなくても、
徳を持っていればよい。
徳こそ不滅のものだからだ。
神も人も徳を喜ぶ。
そこに徳を見出すと、
人は真似ようとする。
徳が欠けていれば、それを
欲しがる。だから、悪い人に
どれだけ多くの子孫がいても
何にもならない。
徳がないからだ。
生きた年の数で
人を計ってはならない。
正しかったか、徳があったか、
愛があったか、が喜ばれる。
そういう人の霊魂が
神に喜ばれる。

知恵の書 第4章
フェデリコ・バルバロ訳『聖書』に準拠(
白取春彦氏)






最終更新日  May 19, 2013 03:23:57 PM
コメント(0) | コメントを書く


Mar 31, 2013

yaku1.jpg

最近マイケル・サンデルの本をいくつか読んでいる。
この人の良いところは、主義主張の押し売りをしないところだ。
ただ実例を淡々と羅列し、読者に考えさせる。
嫌、感じさせると言ったほうがいい。
それは彼自身が明確な答えをまだ模索している段階だからだと思う。
彼自身、賛否両論を認め、議論が交わせる場を欲しているのだろう。
論理的に正しい、正しくないということよりも、
倫理的もしくは生物学的に沸き起こる善悪の感覚を大切にしたい。

年をとるとともに、私の潔癖症は度を増すばかりだ。
潔癖症っていっても、不潔なところが嫌だとかいうんじゃなくって。
物理的な汚なさにははっきり言っておかまいなしだけど、
精神的に醜い思考や言動を目撃した際に、
身体の奥底から、とんでもない拒絶反応が生まれてしまう。
アナフィラキー・ショックでばたりと倒れぶくぶくと泡を吐いてしまうくらい。

マイケル・サンデルがアメリカの市場主義社会に杞憂するように、
私はポスト人間化した日本の管理社会を杞憂している。
私を打撃し、吐き気を誘発させるのは、日本社会でもてはやされる真面目な人々だ。
本当の意味での真面目ではなく、管理者にとって都合の良い真面目な人々。
自らの頭で考えることなく、与えられた任務をそつなく果たし、
上が黒と言えば黒を、白と言えば白だと言う。
表面的には紳士淑女であり、決して場を乱さないけれど、
組織のためにという大義名分で、お互いを管理し、密告し合い、排除し合い、
陰でやっていることっていったら、節操や道徳心のかけらもない。
戦時中、天皇のために多くの人を殺し、自らの子供すら戦地に送り出した人達も
こういった馬鹿真面目さを持ち合わせていたのだろうと思い、時々怖くなる。

真面目であるということ。
それはただ単に言われたことを従順に行い、集団の中の規則を守ることではない。
自分の頭で考え、悩み、社会の為に真剣に生きることだと思う。
また知的であるということも。
知的=アカデミック・バックグラウンドではない。断じて。
何のための知か知ること、そして知ることに責任を持つこと。
自己満足だけに終わらない、知をアウトプットさせ新たな知と融合させること。
つい数日前、久々に人間らしい真面目で知的な人に出会ったが、
それは自動車解体業をしている高等教育も受けていないおじさんだった。
夢と志を持った70歳近くもなる、そのおじさんは、
世間体からは一見真面目で知的に見えるかもしれない(ように見せかけている)
腐りきった私達に随分と生きる力を与えてくれ、大いに反省させてくれたのだった。。。

とゆーことで。
明日から新年度です。
色々考えさせられる1年でしたが、
今年度もブレることなく、自分を信じて強く生きてゆきたいです。
しかし、いつになっても自然の感覚、人間的な感覚を忘れたくないですね。

で、たまには自然だけと向き合いたくなります。
年末年始に行った屋久島の写真・・心洗われる・・↓

yaku3.jpg



yaku4.jpg

yaku5.jpg

yaku6.jpg

yaku7.jpg


yaku8.jpg

yaku9.jpg

yaku10.jpg

今思い起してみても、
屋久島は、とにかく樹と水と苔がすごかった・・・・!!!

ホント、木霊っているもんだと感じたものです。

あの旅行で、自然の脅威と美しさにハマりました。
シーズンオフで人が少なかったことと、観光ズレしていないところがまた良かった。
日常を遠く離れた別世界。。。。









最終更新日  Apr 1, 2013 07:46:54 AM
コメント(0) | コメントを書く
Feb 5, 2013

久しぶりのブログ。
帰国してから1年が経つのが信じられない。
この一年一体何をしたかというと、実に何もしていない。
私は濁流の中に投げ込まれた小石で、
たまたま、通りすがりの船の船底の板の隙間に引っかかって止まり、
どこに向かっているのか定かではないまま身を任せているような、
そんなふぬけた、手ごたえのない、とらえどころのない一年だった。
流れの速い川はひっきりなしに私を挑発しながら、
あっという間にするりと横を遮ってどんどん下流へと流れてゆく・・。

帰国してまもなく、仕事の関係で新しい土地に引越しをし、今、そこに住んでいる。
森に囲まれた、自然環境に恵まれた土地だ。
私はしばし、全てを忘れ、自然を楽しむことに没頭した。
夏はとれたての新鮮な野菜が手に入り、
いつでも道端で小さな野花を摘んで部屋に飾ることができ、嬉しかった。
暑い日は森の中で寝転びながら、本を読んで涼んだ。
森の中は初めて聞くような、懐かしいような色々な音がし、
色々な生物が生きづいているのに驚かされた。
冬はマイナス二桁の世界。しかし樹氷が煌めく大地は幻想のようで、目を奪われた。
早朝、クロスカントリースキーをはいて森の中を冒険した。
心が落ち着かない時は、集中してピアノが弾ける練習室に閉じこもった。
高名な腕の良い鍼灸師さんがいて、時間がある時、教授してもらえることになり、
ちょっとした希望が見えてきた。
週末には、できるだけ足を延ばして、山や湖に遊びに行った。
友達も良く訪ねてきた。私もたまには、友達を訪ね関東や関西に出かけた。
そうやって、この一年、私は、失われた何かを取り戻すように、
ひたすら、貪欲に、日本の四季を満喫することにのみ集中した。

2012japan5.jpg
春はしっとり靖国神社の夜桜能を観賞・・・


2012japan10.jpg
花より団子・・・お花見弁当のレベルの高さにもびっくり・・☆


2012japan3.jpg
地味だけれど清楚できりりと美しい蝦夷桜・・

2012japan11.jpg
初夏・・昔良く行った湖畔のロッジ。変わらずに私を癒してくれる風景・・


2012japan4.jpg
夏の鎌倉・逗子。セミの声、じわっと肌ににじむ湿度・・年少時代の思い出


2012japan9.jpg
美しい和歌山城の日本庭園・・・みんみん蝉がつくつくぼうしに変わる頃
 

2012japan12.jpg
高い空・・澄みきった空気・・なにもない原っぱ・・地平線

2012japan7.jpg
秋は地元の湖でカヤックをしたり、温泉に行ったり。


2012japan8.jpg
ゆっくりと秋が幕を閉じ・・

2012japan2.jpg
一面雪色に染まる・・・

日本の自然は美しく、高級な日本酒をちびりちびり飲んでいるかのように、
じわじわと五臓六腑に沁み渡った。
今でも、私はすべての瞬間を、その彩りや香りを、肌に触れた空気の粒子を、
鳥や虫の声を、静けさや安らぎを、五感の全てで覚えている。
これほどまで自然に夢中になれたのは久しぶりだった。
そしてそれ以外のことは、たいがいどうでもよくなった。
だいたいが、日本という社会が、すべて忘れてしまいたいほど、
どうしようもない時代に突入していることは明らかだった。
そしてそれは流れだと言うことも知っていた。
主流に身を任せてしまう怠惰な私達。流れをせき止めることもできない。
どこかで助けを求める声が聞こえていながら、
そこにピンポイントで辿り着けないようなもどかしさ。
問題の本質に、手の行きとどかないことに対する苛立ち。
そんな自分が情けなく、安泰すらも自らの手で壊したくなる衝動に駆られる。
ロラン・バルト的表現を使いて言えば
「大蛇の舌の上で安住しながらも、その大蛇を撃ち殺そうとする」ものかもしれない。

自然は、そんな失望すら忘れさせてくれるレメディ。
ただし、忘れてはいけない。諦めてもいけない。
私の物事の焦点や関心は、もはや自分自身ではなく社会に向けられている。
穏やかな気持ちになりながらも、
私の心の中はいつになく研ぎ澄まされて覚醒されている。







最終更新日  Feb 6, 2013 08:25:15 AM
コメント(0) | コメントを書く
May 6, 2012

 

日本に戻ってくるといつも物が溢れていて豊かに見える。
特にあまり物資の豊富ではない、選択肢のない国から戻ると余計そう思える。
最初は感動する。だけど暫くすると、実際いくら選択肢があったって、
自分が選ぶものは大抵一つだけなんだよなあということにも気づく。

例えばカフェにドリンクメニューが100種類あったって、
飲むものはきまってブレンドコーヒー。

もちろん100種類の味を全部試したい人には日本って国は良い国なんだろうけど、
私なんかにとっては、必要のない無駄なものが大量に溢れているような感じもしないでもない。
物や情報がオーバーフローしている気もして、時々疲れる。


なるほど、こういった社会では恐ろしいほどの無駄なエネルギーが必要なんだな、
ということがあからさまに見て取れる。
これじゃ、原発が必要だというのももっともな話だ。

エネルギーを最大限に利用し大量生産された商品は、
売れ残れば、またエネルギーを最大限に利用し大量廃棄されてゆく。

街はコンクリートで埋め尽くされ、エアコンなしでは過ごせなくなり、
そのエアコンの排熱が更に都市部を熱帯化させ、ますます電力に依存せざるをえなくなる。

政府は雇用を促進し経済活動を活発にするために、
無駄な事業を増やしてゆき、それが無駄である事実を隠すために、
更に無駄な仕事を増やしてゆく。
無駄な物品を購入し、無駄なサービスに紙幣をばらまき、
そこに組み込まれた人々を手慣らしすっかり依存させてゆく。
彼らは与えられた無駄な仕事にあくせくと時間と労力を費やしながら、
その忙しさの意味に疑問を持つことすら諦めている。
すべては一部の利権者達のために都合の良いようにお膳立てされた経済を回すためだ。
こんな経済社会を維持するには、原発くらいのエネルギー源がなくてはならない。
そもそも原発自体が一つの産業クラスターでもある。
これがなければ多くの関連産業が停滞し沢山の人の職が失われ、
死活問題にも関わってくる。

こういう社会では無駄が淘汰されてしまうと経済活動が営めなくなってしまう・・・。
どうすればこんな悪循環を考え付けるのだろうか。
まるで麻薬の売人のような日本の官僚達にはある意味畏敬の念を抱かざるを得ない。

なんでこんなことになっているんだろうとぼんやりと考えてみる時、
結局、すべては生存本能に回帰する。
いきつくところは現在社会に生きる人間の生存欲に基づくのだと分かってくる。
誰もが日本社会で生き延び、子孫繁栄するための傾向と対策に従っているのだ。
良い学歴を持ち、安定した職場に勤め、決して上司や組織に歯向かわず、
長いものには巻かれ、品行方正であり、社会に荒波をたてず、
老後の安定までしっかり計算しながら、堅実に生きてゆく。これが賢いとされる。
ある意味簡単だ。敷かれたレールに無言で従っていけばいいだけだ。
誰がどのように敷いたレールなのかと言うことには目をつぶり。
空気を読みながら・・そう、空気。
日本社会は空気によって支配されている。
民主主義というよりも空気主義の社会。
個人の思考なんてそれこそ無駄なだけだ。読空術が何よりもの武器。
「仕方がない」それが合言葉だ。「仕方がないじゃないか」がスローガンだ。
そしていかに「仕方がないよ」とさらっと言ってのけ、
周囲を説得させてしまうか否かに、
できる社会人としての美徳が祭られている気がしないでもない。
こうしておかしな価値観に捻じ曲げられた生存本能は人々の視野を狭くさせ、
自分の地位、一組織、一企業の利益だけを優先するあまり、
社会や地球環境というもっと大きな枠組みをすっかり忘れさせてしまう。

大切なのは自分の安定と家族の安泰。
いつ起こるか分からない事故が、土地を殺し、病気や遺伝子異常を引き起こし、
子孫衰退の道をたどりかねない危険にさらされていることには気がつかない。
嫌、見て見ぬふりをする。大丈夫だと人任せにする。考えるのが面倒だからだ。
何かおかしいとは思っていても、「仕方ない」と甘んじてしまう怠慢。
これが日本社会がうまく回っていたように見えた原因だろう。

しかし、3.11後、福島の事故を一つの教訓にしようとする動きが、
珍しく日本の民間から沸き起こったことに正直驚いた。
ここまで普通の日本国民が目覚めるとは期待していなかったから。
反原発といえども様々な人がいて、
中には政治家や一般の東電職員を中傷して喜ぶだけで、
自分では何もしないような、それこそ卑屈極まりない馬鹿もいる。
というか、そういう人達が多いイメージだ。
だけど、今回は普通のまともな、今まで社会に組み込まれていたような人達も、
ある程度覚悟を決めて反原発の声を上げていた。
まあ私なんかは失うものがない分、好きな意見を好きな時に言えるんだけど、
そうじゃなくって、自分の意見を主張することで地位を脅かされる種の人達からも、

これで会社を首になっても、社会的に排除されてもいいんだという潔さが窺えた。
なんとなく、日本社会が変わってゆく空気を今リアルタイムで体感している気分。

とはいえ、もちろん、これからが大変だ。
化石燃料は世界で減ってゆく一方で、資源のない日本はどうするのか。
原発推進派はそんなこと無理だと言う。
皮肉な話、福島原発の稼動を被災者が一番望んでいたって話もある。
職がなくなる、収入源がなくなるのは困ると。
欧米だったら、あっさり「他に職を探してね」というスタンスをとれるだろう。
だけど、日本はある意味、まだ優しい。それゆえに人をダメにしてきたように、ウエットだ。
なかなか人を切ることが出来ない。可哀想だと思い人に無駄な仕事を与えてしまう。
ま、個人的にはそういう日本っぽいウエットさは好きだし、
それをなくして欧米的合理主義に進んでしまえば日本も終わりだと思うけど、
悪循環を断ち切るには無駄をなくさなければならない。
なにも、末端や現場で働く人々を切ればいいというのではない。
むしろその優しさ、精神論、ウエットさを利用して、
持てる者が持てないものにシェアしてゆくという美徳を作り上げればいいのに。
もう十分持ったものは、静かに身を引き、全部社会に還元すればいいのだ。
そもそも問題はこの社会の上層部の執念に似た強欲さにあるのだから。

まあ、それを変えるのは難しいだろう。
じゃあ、それを変えるまでもなく、自分達が変わればいい。
エネルギーを消費しなければいい。
無駄なものを購買しなければいい。
利便性を追求しなければいい。
そんなことしたら、文明が退化するといわれるかもしれない。
だけど、エネルギー消費の効率性を追求するのも文明だし、
生き方の代替案を考えるのも立派な文明じゃないか。
かつては
原発がなくてもやっていけた時代はあった。
クーラーなしでも生きていけたし、人は梅干しと御飯だけでも元気に働いていた

皆、独自の気候風土から生まれた様々な知恵や工夫を駆使して、生活していた。

科学は進化しても、人間は本質的に古代からほとんど変わらない。
一人の人間として見た時、昔の人間と今の人間は同等か、
もしくは今はちょっと退化しているんじゃないだろうか。
昔の人々の文学・芸術作品や偉業の中に、
到底今の人にはまねできない精神世界や哲学があるのを確認すると、そう思う。
環境は便利で合理的になったけど、
まわりは選択肢でいっぱいになったけど、
人間性は退化の道をたどっている気がする。
国際的競争力が弱るとかいうけれど、
一体どんな土俵で誰と競争して、どんな評価を得たいと思っているのだろう。
いいじゃないか。先進国じゃなくても。経済的に弱化しても。
どのみち国際的発言力なんてないんだから。
それに本当の日本の競争力は別に経済力なんかじゃない。
いにしえからの職人の魂を受け継いだものづくりの正確さや精密さ、
決して妥協しない完璧への追求が他の国にはなかなか真似のできない日本の競争力だ。
それを違う土俵で競争しようとするから、馬鹿にされる。

エネルギーが足りないという条件で、いかに豊かに生きるか。
これが今後の日本が世界に誇れる競争力となるんじゃないだろうか。
そんなことを、今の危機迫った日本の状況は改めて教えてくれる。
分からない人にはわからないだろう。
だけど、特徴的なのは、分かってしまった人がかなりいるってことだ。
そして、もはや空気や外圧に屈するほどのヤワでもないってことだ。
いつしか、そういう人がメインの空気になっていけば、そうじゃない人も黙るだろう。
そういう面で、空気主義の日本は実はとっても合理的な国なのかもしれない。


国内の原発が全其停止し、そして再稼働も難しい空気の中、
なぜか胸が高まり、こんな日本をそれほど悲観していない自分に気がついた。
むしろ、日本はこれからだという気がしてきた。








最終更新日  May 7, 2012 12:47:10 PM
コメント(2) | コメントを書く
Sep 17, 2011


ちょっと遡りますが、夏の終わりにバルト諸国と北欧に遊びに行きました~♪
駆け足ながらも、友人と再会したり、展示会やコンサートを楽しんだり、
充実した旅行となりました!大満足(○^-^○)

今回の収穫は
★ ストックホルムでロバート・メープルソープの展示会に行けた♪
★ ヘルシンキのデザイン博物館でカイ・フランク展が見れた♪
★ ヘルシンキ・ミュージック・ホールのOpeningコンサートでシベリウスを聴けた♪
ということでルンルンです。

しかし日程をほんの一日ずらせば
・パティ・スミスのコンサート
・ヘルシンキ・フェスティバルにてヴィム・ヴェンダーズ監督の「PINA」先行上映
に行くことも可能だったのです。これは大ショック。
大きな魚を逃してしまったことが今でも悔やまれます・・・


<ストックホルム>
01.jpg

スウェーデン、フィンランドはこじんまりとした福祉国家らしく、落ち着いていて機能的。
環境意識が強くて、特にフィンランドはどこもかしこも非常にクリーン。
ヨーロッパ諸国も南・中・東・西と色々行きましたが、北欧は今回が初めてで、
なんとなーく、一番日本に近いという感じがしました。
というか、北海道にかな?ノルディックな近代建築とか家の作りとか北方圏の自然との調和とか。
もしかしたら、日本が真似したのかもしれませんね。
真似っこして、本物より本物らしいものを作ってしまう・・これがザ・日本の得意技です。
北欧デザインとか雑貨や家具などがもてはやされているけど、
今は日本の青山や代官山のデザイナーショップのほうがずっとお洒落で独創的だったりする。
まあ、確かにそうはいっても、やっぱり現地で本場北欧ゴシックやアールヌーボ的な建築物と
シャープでいながら温かいデザインが溢れる街を歩くのはそれなりの面白みがありました。

<ストックホルム 駅前広場 街に溢れるデザインが格好良い>
05.jpg
 
 <ストックホルムのダウンタウン 東京でいえば渋谷・原宿っぽい雰囲気> 
14.jpg

<ストックホルム 国立図書館 グンナー・アスプルンド設計>
03.jpg

<ストックホルム 国立図書館 約80年前に建設されたとは思えないほど斬新でお洒落!>
04.jpg

<ストックホルムからヘルシンキまではフェリーで移動。
バルト海の半島や島々を眺めながらの航海は圧巻でした・・・!!>
06.jpg
 
<バルト海の夕暮れ・・すっかり脳内BGMはシベリウスのフィンランディア一色(????)??>
07.jpg

<翌朝ヘルシンキに入港・・!古いヨットにドキドキ♪>
08.jpg

<フィンランド ヘルシンキ・スメオリンナ島 北欧っぽい風景>
09.jpg

<フィンランド 現代美術館”Kiasma” この計算し尽くされた設計も中の展示もサイコー!>
10.jpg

<そのお向かいには生まれたてのMusic Hall。音響デザインは日本人の豊田泰久氏とのこと。>
11.jpg

<ラッキーなことに翌日Openingコンサートに行くことができました♪♪♪
フィンランドでシベリウスを聴くことができ感無量!>
21.jpg


<ヘルシンキ
大聖堂 フィンランドのイメージカラーは清潔な白ですな>
13.jpg

<岩の教会。光と影、音と静けさ、自然の石と金属が絶妙なコントラスト
15.jpg


<日曜はマーケット周辺の屋台が大賑わい。温かくて懐かしい雰囲気・・>
20.jpg


スウェーデンには親友がいます。
彼とは8年ほど前、出張で数日滞在したハンガリーで偶然出会った不思議な縁ですが、
驚くほどの感性の一致から以来長年のソウルメイトとなり、
スカイプで話し込んだり、トルコや日本に遊びに来た時に会ったりする仲になりました。
出会った頃はまだ学生で、精神科医の卵だった彼ですが、
今はすっかり一人前に自立して立派なオフィスを構えており、
しかしその間に結婚・離婚を経験し、
ちょっとした自律神経障害を患い、寛解・再発のサイクルの中で
自らも軽い鬱になりつつ、他人の病気を診ているというパラドックスの中にいました。
でも超本人はあまり思い悩んでいるふうでもありません。
「ここでは結婚したカップルの50%は離婚するんだ。人生こういうことだってあるさ。」
「僕の鬱は気候条件に起因しているだけ。なにしろ冬季は太陽が足りないから。」
「病気が酷くなったら無理をせず仕事を中断する。
仕事をしなくても補助金があるから、生活には困らないし、
健康を害してまで頑張る必要なんてないからね。
その時は1カ月ほどタイや地中海などの温かいところに行って休むんだ。」

いいですねえ・・社会制度がしっかりしているって。
社会が自分の身を守ってくれるという安心感が、生きる上での自信を生むのだと思います。
人間が人間として尊厳を与えられている。これが北欧社会。
これは一見理想的に映りますが、それが良いのか悪いのかと判断するのは、
それぞれの価値観に委ねられると思います。

この国では富裕税というものがあり、資産があるとその分税金を納めなければいけません。
だから、金持ちになるよりも、むしろあまり働かず、稼がない方がが得なのです。
斬新なイノベーションや大企業もほとんどなく(あっても税の安い国へ出てゆく)
これは競争性の低い共産主義国に極めて近い社会になってゆくことを意味します。
案の定、その社会システムを上手く利用して、何もせず生活保護を受ける低所得者も大勢いて、
中産階級が彼らのために働き税金を納めてゆかなければならない現状です。
このため、移民や出稼ぎ外国人への憎悪感情や差別意識も生まれています。
先進国の例にもれず人々の間の関係が希薄なので、
物質的には恵まれていても精神的に病んでいる人が多い・・
と、精神科医の友人は言います。

<スウェーデンでは大学まで学費無料、医療費もほとんど無料です>
23.jpg

「不幸でもないし、満足していないわけでもない。社会制度にも環境にも感謝している
でも、時々どうしようもない閉塞感を感じる。これは絶望に近い。
突然パッションが欲しくなる。何もかも捨ててドラマチックな人生を歩んでみたくなる。
贅沢な悩み?まあね。でも、ここにいると精神的におじいさんになってゆくんだ。
我々もともとは自由で勇敢、アグレッシブなヴァイキングを祖先に持つから、
多分その血が騒いでいるのかな?」

確かに、彼の言うことは120%よく分かります。
同様に、私も人生に浪漫を求めてしまうタイプですから。

「結局、今現在、目に見えていることというのは、結論づけられないよね。
どんなにユートピアに見えても、必ず問題があって、それがどう展開してゆくか分からない。」
「それを日本では塞翁が馬っていうんだよ。」
「そうだね。だから結局自分の心に正直にならないとね。どこで生きるかじゃなくて、
どういう生き方がしたいのか・・ってことを考えるべきだよね。」
「大賛成!」
夜更けまで話した結果、そんな結論に達しました。

ま、それでも基本的な人権が守られているということは
やはりエッセンシャルですよね・・・
それだけでも北欧は先進国として優れていると思ったのでした・・・。








最終更新日  Sep 18, 2011 03:55:34 PM
コメント(0) | コメントを書く
Sep 11, 2011

BBCでは一日中9.11追悼式のことばかり流れている。
頭痛と微熱の中でぼんやりと画面を眺めながら、
取り返しのつかない速度で10年が過ぎてしまったと思う。
私は今でも鮮明にあの日のことを覚えている。まるで昨日のことのように。
多分この2011年9月11日は誰にとっても記憶に残る日であることに違いない。

あの日、16時過ぎだった。イスタンブルのオフィスにて早めの帰り支度をしていた。
親しくしていただいた新聞社の在住特派員の方が近く帰国するため、
好きな家具をお譲り下さるということで、
その方のオフィス件自宅を訪問することになっていたのだ。
ふとTurk.netのインターネット・ニュースの横の動画に目を止めた。
飛行機がビルに衝突し炎を上げている画面。
映画の宣伝だと思って気にせず仕事の片付けに入った。
しかしなぜか胸騒ぎがした。事故か、テロか?テロップが目に入り
間もなくそれがツインタワーであることが分かった。
そのうち2機目がタワーに突っ込んだ様子が画面に映し出された。
何が何だか分からなくなった。

考える暇もなく特派員の方から電話があった。
「NYのツインタワーの件聞きましたか?!
あいにく、うちのスタッフ今日出てしまってて・・
とりあえず情報を分析したいのでできれば早く来てくれないかな?」
それから早めにオフィスを出てタクシーを捕まえその人のところに飛んで行った。

そこは色々な通信社からの情報が色々なツールで入ってくるようなシステムがあり、
私はトルコ語のものを見ていたけれど、テロである確立が高いということだけであった。
とにかく前代未聞の大惨事であり、どのニュースも同時進行形でヒステリックに興奮していた。
分析しようにも、どの報道も状況を把握するのに精一杯で何一つクリアじゃなかった。
中には日本の赤軍が企画したテロだという報道局もあった。
私達は二人とも暫くニュースにくぎ付けになっていた。
それから、自体が明白になるまで余計な想像や推測はやめようと決めた。
どちらが言ったわけでもないけど、そう決断した瞬間は同じだった。
私達は顔を見合わせて笑い、少し落ち着いて、思い出したように他愛のない世間話をした。
私はいただく予定の家具を選びだしたけれど、
その方は「この件が落ち着くまでちょっと駐在が長引くかも」と言った。
「トルコも一応イスラム国だからさ、関係ないとは言えないし。」
ということは、その時点で私達はもうイスラム系テロという結論を出していたのかもしれない。
予想通り、その方の任期はその後数カ月長引いた。
それから、ちょっとお腹が空いたのでその人のお勧めのケバブ屋から
アダナ・ケバブのドゥルムを注文し食べた。
何もかもが不自然なほど平和だった。
私達はニュースのことを忘れたように、下らない世間話をしていたと思う。
しかし何を話してもどこか上の空だった。
友人数人から電話があり「早く家に帰って来て!」と言われた。
「今度はペンタゴンが・・・!」誰もがパニックになっていた。
私はケバブを食べ終わると、御礼を言って特派員の家を去り、タクシーで家に向かった。
タクシーの運転手が狂ったような笑みを浮かべて叫んでいた。
「ブラボー!日本の赤軍!!これはあれだろ?ヒロシマの報酬だろ?
俺はアメリカが大嫌いだ。日本人はいつも正しい!!」

その頃私の家にはいつも誰かしら友人がいた。
何か料理を作ったり、ビールを飲んだり、
ドキュメンタリーフィルムや音楽を聴くための溜まり場になtっていた。
案の定家では友人達がCNNに釘付けになって、大騒ぎしていた。
こんなこと、誰にとっても初めてだった。
皆恐怖心を感じていた。これからの世界に対して。
常識を覆す出来事に、誰の目にも何か基本的なものが変わったことは明らかだった。
私達は子供のように身を寄せて震えながらニュースを見ていた。
友人達はああでもない、こうでもないと無駄な推測や議論を交わしていた。
いつもは多少うっとうしいと思える環境も、
この日ばかりは恐怖心を分かち合える温もりに感謝した。
ソファの横では猫が寝息を立てていた。
私は猫を抱きしめた。
ただただ繰り広げられてゆく尋常ではない事態が
心の奥に一つの傷としてじわじわと浸潤していった。
本当に、理解を超える出来事だった。

あれから10年。
世界の中で、憎しみと差別が拡大した10年。
報復というありえない暴力が正当化されて誰も止めることができなかった。
誰がいったい何のために?
国連の力のなさが浮き彫りにされ、肝心のアメリカは落ちぶれる一方だ。
世界に対する失望感が増大してゆく中で、私達はそれぞれの道を選び
それぞれの生活へと拡散していった。
2001年。私は時々あの時代が懐かしくなる。
私を取り巻く環境は変わってしまったけど、私は成長せずあの時のままだ。
いまでもあの映像を見るたびに、恐怖心を覚える。
多分この先ずっと忘れることはないだろう。2001年9月11日。









最終更新日  Sep 12, 2011 06:17:43 AM
コメント(0) | コメントを書く
Sep 25, 2010



言葉というのは面白い。
どんな多言語空間にいても、
大抵はそれぞれの言葉へ置き換えてある概念を伝達することが可能だ。
ただ稀に、他の言語に相当する概念が見つからず、認識の共有ができないこともある。

細やかな感情や抽象的な概念を表現する時に味わうちょっとした苦しみ・・・

ある音楽家の友人は
「楽しい」とか「ワクワクした高揚」という表現を使わずに、
「ほら「ト長調」みたいな気持ち」というのだった。
恐らくそれは彼にしか分からない、言葉として他にはたとえようのない感情なのだろう。
また彼は、自分の悲愴や孤独感を表現する時は“アリエッタ”だった。
ベートーベンのピアノソナタ ハ短調作品111番第二楽章“アリエッタ”の心情。
難しかった。私は彼の本を翻訳すことはできなかった。
その気持ちにわずかながらに触れることができたとしても、
適切な表現に言い表すことはできなかった。
自分のボキャブラリーの限界に、言語表現の限界に苦悩した。

そんな風に、私にも記号化された独自の概念が存在する。
それは思考にならずに音や光やイメージになってしまう。
言葉そのものがそこまで未発達なのだから、
すべての言語が他の言語に対応する言葉を持つなんてことはありえない。

例えば、トルコ語での“Yavsak”って言葉。とっても嫌な響き。
日本語でも英語でも一言でしっくりくる表現が見つからない。
卑屈で卑怯で媚びへつらいの塊みたいな人がいたら、
ただ一言"Yavsak"という記号が私の口から発せられる。

それからアゼル語の“Yahsi Yolu"という表現。
多分私の一番好きなアゼル語だ。
類似表現としてトルコ語では“Iyi Yoluculuklar"
英語では“Have a nice trip,"
日本語では“道中お気をつけて”“良いご旅行を”
などが一番近いのだろうけど・・・どうもどれもしっくりこない。
私にとって“Yahsi Yolu”は“Yahsi Yolu“なのだ。

アゼルバイジャンの幹線道路で車を走らせていると、
ある行政区から行政区の境目に必ず大きく看板が掲げられているのを目にする。
「Yaxsi Yolu!」
どんなに疲れた帰り道でも、なぜかこの文言を目にすると私の背中が温かくなる。
その響きのせいなのかもしれないけれど、なぜか心に染みる言葉。
温かい思いやりに満ちた表現だと思う“ヤフシュ・ヨル”って・・・。

「悲しみ」はどうだろう?
言葉に表せない「悲しみ」は?
悲しみというよりSorrowといったほうがまだ近い、
いいや、Griefといったほうがまだ近い、
いいや、そんな言葉もどれもその悲しみの極限にたどり着く力を持っていない。
私にとっての“アリエッタ”はまだ対応する言葉を持っていない。

 neko.JPG

9月初旬に、断食明けの休みがあり、ほんの数日のために日本に帰国しました。
そこで私を待ち受けていたのは悲しい現実。
私の最愛の猫がすでに他界していたのです。
誰も私に伝えてくれませんでした。
遠方で悲しむと思って気を使ったのでしょう・・・
ただ私としては、家の鍵を開け、猫の姿を探して、
そしてふとその不在に、違和感に気付いた時のショックの大きさのほうが打撃だった。
まるで自分自身の半分が壊れて機能しなくなるくらいの絶望的な喪失感でした。

たかが猫一匹のために大げさかもしれません。
自分でもどうしてなのか分かりません。
ただ、その猫は10年以上もの間、私と一緒に生きてきた、
自分自身の一部のような存在だったのです。


猫は、ある日突然私の人生に訪れた。
今となっては著名なトルコの女流作家と当時付き合いはじめた友人が、
彼女の気を引くために飼いはじめた猫だった。
まもなく、ひどい振られ方をして捨てられた彼は、猫を連れてうちにやって来た。
「もうこの猫にも意味がないからもらってくれる?」と・・・。
その無責任さに友情は決裂し、しかし放ってもおけず猫は私が引き取ることとなった。
その友人は傷心のままスイスに移住し、それから消息は知らない。
自分から振ったくせに女流作家は彼についての本を書きベストセラーになった。
作品のネタにするために一過性の恋愛をしたのかもしれない。
当時は常識を逸脱した個性的な人達が周囲に多かった。

それから、猫は、私の、私達の人生の一部となった。
あの頃、私は色々大変だったけど、楽しかったし幸せだった。
とても優しい人達に囲まれて笑い、泣き、憤り、
ちっぽけで何一つ持っていないくせに、何一つ卑屈に思うことなく、
仲間達と共に目まぐるしく変化する時代を生自分らしく生きてきた。
猫はいつも私の横にいた。

置いていった日から思い出さなかった日はない。
心配し、胸を痛め、そして自分を責めなかった日はない。
猫がもういないという事実を知った時、
すべての自分の良い思い出が、美しかった日々が、
まるで波にさらわれるように消えてしまうような気がした。
離れ離れになっても、まだいつでも同じように愛情を注いでくれる仲間達も、
猫とともに、もう私の前から姿を消してしまったような気がした。
何もかも前と同じではない。もちろん。人間は所詮独りだ。もちろん分かっている。
しかし実際、思った以上に私は弱く脆い人間らしい。

この悲しみの表現が見つからないまま、
そのまま数日の日本滞在は友人達の善意に身を任せ甘やかされ現実逃避し、
しかしまるで空を飛んでいるような自分自身の実在感のなさを覚え、
ふと目にする猫の餌、猫の玩具等の残骸がいたたまれず、
できる限りのものを捨て、処分しながら、涙を流し、
自分自身の置かれている心理状況を分析していた。
私は感情的でウエットでありながらも、
どこかで自分自身と一線を引き、患者を診察するように自分を吟味している。

しかし、なんだろう、この悲しみの重さは?
時間が経ってもいっこうに立ち去らない。

ao5.jpg

これが私の“アリエッタ”

悲しみを隠そう、忘れようと敢えて努力はしない。
今でも私の心の半分は稼働していないまま。







最終更新日  Sep 26, 2010 07:44:07 AM
コメント(0) | コメントを書く
Jan 1, 2010



気がつけばクリスマスも終わってた・・クリスマスツリー

2009xmas.jpg


そして今日、気がつけば、2010年になっていた・・・!!

わっしは浦島太郎か!?

さっき、我に返ると、なぜか大通り公園にいて、
友人達とカウントダウンをしていた。
2009年12月31日PM11:59分 → 2010年1月1日AM 00:00分

200912311159.jpg  201001010000.jpg

(0:00がピンボケしてる・・・)
ああ、2010年なんて、ずっと後のことだと思っていましたが・・・・雫
不本意ながら、あけましておめでとうございますしょんぼり

今年の抱負・・・なし。
「時間をくれ」
以上・・・

まあ、なにはともあれ・・・
ちょっと余裕ができたので大晦日の年越しパーティを企画しました。
おせちを意識したクラッカーと北海道食材を使った鍋っすグッド
そして、もちろん北海道産年越し蕎麦っすグッド
ありがたいですね、地産地消ができるってのは・・ピンクハート

20091231osechi.jpg

ゲームあり、ライブありの楽しいひと時で2009年の幕を閉じました。
イベントは参加するより企画するほうが断然好きです。
なぜなら参加しなくても済むから!うははっうっしっし
呼ばれるよりホストでいるほうが実際楽です。気使わなくていいし。
鬼のように仕切りまくりぐー
あー、楽しかったぁ♪♪
だけどこのまったりが終わってほしくなーい雫
お正月が終わってほしくなーい雫
・・・夏休み最後の日の小学生のような駄々をこねたい気分です・・涙ぽろり

まあ、明日は気持ちを入れ替えてスキッと起き上がりましょう。
今までの年月を、2010年にどう繋げられるのかということを
あらゆる場面で試される年になりそうです。
なによりも、健康でいられますように!

皆にとって良い年であるように!









最終更新日  Jan 1, 2010 04:23:59 AM
コメント(2) | コメントを書く
Dec 6, 2009




現実的な山積みのタスク、プログラム、準備などなどあるところに・・。
並行して目下かかわっている翻訳の世界に感情移入しすぎて、
心はまるで別世界に生きているようでもあり・・。
時間だけは正確に確実に過ぎてゆき、
なんだか色々とごちゃごちゃとしてきたので
鎌倉へ・・ 葉


12kamakura.jpg

これぞ、子供の頃見た風景・・・
精神的原点回帰きらきら

12kamakura3.jpg
 

12kamakura4.jpg

葉死中、活有り葉
葉苦中、楽有り葉
葉忙中、閑有り葉 
葉壺中、天有り葉
葉意中、人有り葉
葉腹中、書有り葉

12kamakura7.jpg

まあ、結論として、六中観が基礎ですな青ハート

自分の中に別次元が確立できていれば、
色々なことを並行してやってゆくことは可能だし、
実際そうした各次元が適度に満たされ稼働している状態が
自分の中では一番いいコンディション。

成功するために何もかも捨てて一生懸命っていうのと違うんです。
なぜって、目指す成功の定義が違うから。
私達のめざす成功というのは、
仕事やキャリアというものではなく、
人間性の円熟や、人間としての在り方における成功であって、
まだまだ雲の上にあって見えないゴールだけど、
いつもその場所を見失わないために方位磁石を持ち
終わりのない旅の中、自己研鑽し続けなければならないのです。

忙中閑あり。
いつどういう状況にあっても六中観を失わず、
心や信念がブレませんよーに。







最終更新日  Dec 6, 2009 10:11:20 PM
コメント(0) | コメントを書く
Nov 13, 2009


動物園が嫌いだ・・・。
別に、動物愛護の人じゃないけど。
あの空気。ウォォォォーって叫びたくなる。
養豚場や酪農牛舎に行っても嫌な気分にはならないけど。
どうしても、ペットショップや動物園だけは苦手。

檻の中にいる動物は好きじゃない。可愛いと思わない。
不幸だ。たまらなく不幸に感じる。
私が動物だったら、どうしたって打ち破れない鉄の檻だと知りながらも、
檻に体を打ちつけて、なんとか出ようとあがくだろう。
そして、「ああ、ノイローゼになっちゃったみたいだね。」って注射されて殺されるだろう。
でも殺されたほうがいいと思う。
それなら養豚場や養鶏場にいて、さっさと裁かれるほうがいい。

ま、本人達は幸せなのかもしれないけど。
苦労せず餌は差し出されるし、凍え死ぬことはない。
野生の生活よりはずっと楽かもしれない。


さて、あなたはどちら?

nezumi09a.jpg

ハイ、何も考えてません。
檻は絶対嫌だけど、自由の身でも、どうせ庭くらいしか遊びにいかないし。
あとは、美味しい餌があればどうでもよいニャ・・・。

nezumi09c.jpg

どうなのだろう。
自由を求める力というのは、
どんな動物にも、本能として備わっているような気がする。
言葉や理屈じゃ説明できないけれど、すごく大きな力だ。

ある日、ある友達がとても勇気ある行動に出て。
改めて、自由を求める力のパワーに驚いた。

絶え間ない抑圧と尊厳の略奪に、
人は何もかも捨てて、大きく前進することができるのだと。
そして、自由を奪うものから逃げるための遠心力のほうが、
実は何か好きなものに向かう求心力より、ずっと大きな力を持つということを。
どんなに快適だと思われる環境も、素晴らしい条件も捨てることができる力。
理論、計算といった、前頭葉的な判断を覆した。その力は。

すごいや・・。
多分、自由を奪われなければ、分からないことなんだけど。
人間にはそういう力が備わっていることを思い出し、
そして、私は、
生きることを、自由を、あきらめない人を
心から応援したいと思いました・・・。







最終更新日  Nov 14, 2009 01:41:24 AM
コメント(0) | コメントを書く

全58件 (58件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >


Copyright (c) 1997-2021 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.