昨年から、僕の専属運転手であった、アシュラフ、本日が最終日でした。
バハレーンのディスコへ連れて行けば、
スリッパ履きで入場拒否されるわ、
お菓子を、あげても、
ありがとうは、言わないわ、
食事をご馳走しても、勿論
ありがとうの、一言もないわ、
UAEには、問題なく入国出来るってんで、それをまともに
信用して、車飛ばして9時間も走り、ようやくUAEかよー! と思ったら、
イミグレで2時間も待った挙句、入国拒否されるわ、
海老ばっかり食ってるから、
車は、海老臭いわ、
運転手の癖に、道が分からなくなると、
どっちに行くんだー! などと聞いてくるわ、
地図書いてやっても、それを見ようとせずに、
どっちに行くんだー! などと聞いてくるわ、
遅刻して来れば、パンクしたー! などと、
バレバレの、嘘を平気で言うわ、
(インド人、嘘つかない、ってのは、嘘と判明)
三角形の2辺の和は、他の1辺より長いと言うのを、
何度、説明しても、分からないわ、
(一旦、道覚えたら、近道をさらに探すことをしないのです。)
靴下買ってやろうと思ったら、靴も持ってなく、
いつ穿くんだー? などと聞かれるわ、
シャツ買ってやるぞって、ショップへ連れて行けば、
迷いに迷って、決めるのに、2時間近くもかかるわ、
シュラフ買えば、キャンプもしないのに、
家に持って帰るわ、
あれ? そう言えば、シュラフ、結局、貰ったと、思ってんだなー。
返してくれなかったです。
そんなこんなで、まぁ、それは、色々とありました、アシュラフ君でありました。
本日までなので、家の前で記念撮影です。
![01 CIMG4718.jpg](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/25/0000526325/52/img8b5c45b1zikbzj.jpeg)
日本中の人たちが見る、インターネットに載せるぞ、って言ったら、
喜んでおりました。
日本語、教えたら、かなり、早く覚えましたから、頭は悪くないのでしょう。
記憶力など、僕よりも、ずっと優れていました。
16歳で、故郷のインドから単身、サウジへやって来て、10年以上も
この過酷な地で、生きて来ました。きちんと教育受ければ、あの貫禄
ですし、機転も利くから、きっとりっぱな仕事も出来た事でしょう。
(運転手がりっぱな仕事でない、と言う意味ではありませんよ。
もっと、給料の高い仕事に就けたであろうと、言う意味です。)
安月給なのに、故郷へ仕送りし、弟に教育を受けさせたのです。
今や、その弟はアブダビで、一人前に仕事をしております。
何と、りっぱな兄でありましょうや。
そう言うことで、言いたい文句も沢山ありますが、無事故無違反で、
毎日、朝から晩まで、運転してくれたので、感謝もしております。
それを形に表す為に、アシュラフが一番喜ぶ、現金をあげました。
彼の給料の10%程度ですから、大した額ではありませんが、気持ちです。
ありがとう、の言葉を言わないアシュラフから、最後にありがとう、などと
言われるのは、真っ平ゴメンなので、封筒に入れて、ばっちり糊付けして
車を降りる時に、何も言わずに渡しました。
そしたら、車を降りて、握手を求めて来て、
「いたらない面もあったと思うが、申し訳なかった。」
などと、殊勝に、そんな事を言っておりましたです、ハイ。
はてさて、若干、感傷的になってってしまいましたが、
代わりの
運転手さんは、
フセイン君です。
サダム・フセインではありません。ただの、フセインです。
まだ、性格も全く分かりません。
が、
35歳、独身だと言うことです。