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2016/12/21
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テーマ:サヨク悲報(9)
カテゴリ:ニュース

「日本死ね」流行語大賞に国民77%反対で批判殺到。俵万智さんツイッターで弁明も火に油。


   

 2016年の「ユーキャン新語・流行語大賞」で「保育園落ちた日本死ね」がトップテン入りしたことについて、審査員の1人だった歌人の俵万智さん(53)がツイッターで選考についての「思い」を明かした。


   俵さんは12月10日、授賞式後初めてツイッターを更新。そこで「死ね」はいい言葉ではないと指摘しつつ、「世の中を動かした。そこには言葉の力がありました」とつづった。
(J-CASTニュース 2016.12.12)


 これに対する市井の反応は割とはっきりしていて、次のアンケートのとおりである。

 なんとどのアンケートでも反対8割。
 幼児を抱える親御さんも、ほとんどが流行語大賞選出に違和感を唱えていたのが印象的だ。

 笑顔で授賞式に登壇した民進党の山尾議員も、弁明ツイッターで火に油を注いだ俵万智氏もなぜこれほど批判されるのかを正確に把握していない様子だ。

 なので、なぜ「保育園落ちた、日本死ね」がいけないのかを、各氏に分かるように書いてみたい。


問題点1 そもそも「日本死ね」は、他人を傷つける言葉である

 まず、大前提として、山尾議員や俵氏が理解していないのは、この言葉によって、日本人を自覚する多くの人が非常に傷ついたという事実だ。
 いわゆるサヨクと呼ばれる人種は個人主義だからこのあたりの感覚に疎い。
 (私はサヨクを「こじらせた個人主義者」と理解している。)

 どうしてもその感覚が分からないのなら、沖縄のヘリパッド移設を妨害していた活動家に対し、警官が「土人」と発したことを思い浮かべればいい。
 この土人発言は、差別用語ではないとされたものの、明らかに適切でない。
 しかし、沖縄の米軍基地問題に焦点を当てるきっかけになっただとか、差別問題を考えるきっかけにはなっただろう。
 では、この「土人」を流行語大賞にしてもよいのか?・・・つまりはそういうことなのだ。

 「日本」という言葉は、単に国土を指すだけでなく、国土とともにある日本人全体を含んだ概念だ。
 つまり、「日本はすばらしい」というとき「日本人はすばらしい」という意味になるし、「日本死ね」といったときには「日本人は死ね」という意味になる。

 この言葉を発した人の素性は良く分からない。
 しかし、仮に事実として発言者が不幸な目にあったとして、大多数の無辜の日本人に対し「お前ら死んでしまえ!」と言っていいわけがない。
 不特定多数に向けて呪いの言葉を吐きたい不遇には誰しもが遭遇している。しかし、ほとんどの人はそれでも他人をいわれなく傷つけてはいけないとグッとこらえている。
 
 それでも、個人が個人の責任で「日本、死ね」というつぶやきをしたこと自体は、言論の自由の範疇であり、呪いの言葉を発したことに対する正当な批判は甘んじて受けるべきではあるものの、社会的制裁を受けるほどのことではない。

 問題は「日本」というこの国の人100%に対して発せられた呪いの言葉を肯定したユーキャンの流行語大賞であり、それを大喜びした公人である山尾議員である。
 
 タレントのつるの剛士さんが、「死ね」の流行語大賞受賞に「悲しい」とつぶやいた。
 流行語大賞の委員や笑顔の山尾議員は、この言葉が「わたしこじんに」向けられ、日本人100%に向けられ、日本人のだれもが悲しみ、傷つき、怒ったという点について、あまりに無頓着で無関心だ。

 逆に山尾議員は「憎き安倍政権を批判する絶好の材料ができた」と嬉々としていたようだ。だから、自分のカードであった「日本死ね」が評価されて大喜びしていた。
 それでも、国会では安倍首相に「民主党政権時代より待機児童問題は改善しているし、保育園も増やしている」と反論されてしまったあたりに、この議員の絶望的なセンスのなさが垣間見えた。

問題点2 俵万智の弁解は「結果は過程を正当化する」というテロリストの思考回路


 俵万智氏は「日本死ね」を「いい言葉とは思わない」「毒」と明確に断じた。
 その一方で「世の中を動かした。そこには言葉の力がありました」と説明した。
 
 要するに「悪い言葉だけど、世の中にいい影響を及ぼしたのだから評価する」と言っているわけだ。

 これも、偏向的個人主義者であるサヨクによくみられがちな思考回路だ。
 つまり、彼らは
 悪いことでも、目的や結果がよければそれは正しい。
 と考える傾向があるということだ。
 
 言い換えれば
 目的は手段を正当化する。
 結果は過程を正当化する。

 と考えるということである。

 分かりやすく言うと、テロリストの思考回路そのものである。

 2・26事件を起こした将校も、満州事変を起こした石原莞爾も、ユダヤ人を殺したナチスも、日本赤軍も、最近ではイスラム国も、みな殺人は良くないとか、戦争は良くないとか、社会混乱はよくないとか、その程度の認識はあるものの「しかし、正しい目的のためには、手段は選べないのだ」と言い訳をしてクーデターやテロを起こしている。

 法治国家においては、いかに立派な目的であれ、正しくない手段や過程は決して許されない。

 「俵万智の言うことはおかしい」と批判している人々は「目的が手段を正当化するという考えは間違っている!」と説いているわけである。

 テロとかそんな大げさな・・・いや、決して大げさな話ではない。
 テロリストと良識ある市民の分岐点は「目的の為に手段が正当化されるか否か」という一点に限られると考えてほぼ間違いない。
 そうした思考回路をもつ人々が、なにか極限状態に陥ったとき、目的のために犯罪を犯すのである。
 
 もちろん、俵万智や山尾議員はテロを起こしたわけではない。これからも起こさないだろう。
 ただ、自身が良識ある市民とは違う思考回路にあることに無自覚なだけである。
 その無自覚を非難されていることにすら気づかないので
 「国民に問題を提起するきっかけになったのだから、ちょっとぐらい他人を傷つける言葉だっていいじゃない!なぜ、みんなこんなに怒っているのかしら??
 と首をかしげているのだ。

 両者がそれなりに社会的影響のある人だという点で、非常にこっけいでもある。










最終更新日  2016/12/28 02:29:33 PM
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